為政者の夢
「…いいえ。まだ言うべき時ではない。
本当のことを言うのは、貴方が死んだときよ。」
彼女は広樹の手首をつかみ、そっと離れる。
「約束して。これ以上、私たちの関係に触れないって。」
「あぁ。触れないさ。」
広樹にしては、妙にあっさりした返事だった。
確かに触れないという誓約はした。
では自分から調べ、
それについて『研究』するのはどうだろうか?
『触れる』には値しないのではないか?と思い、この要求を受諾したのだ。
「…じゃあ、そういうことで。」
そういうと彼女は広樹を眠らせ、
頬のあたりに口づけをした後、湖へと落とした。
彼女の顔はリンゴのように赤くなり、しばらく悶えていたという。
草で汚れてしまった彼女の体を自ら手で払い、湖のほとりに座る。
ここは異界であるフリージアのいる世界と広樹の世界を繋ぐために必要ないわば玄関のような場所で、美しいエメラルド色の水でおおわれていた。
真ん中には噴水があり、水のしぶきも相まって宝石箱のような美しさを持っていた。
広樹は重い瞼を開け、目を覚ました。
手に何かが触れている感触がする。
その方を見てみると、ジェネリアが広樹の手を握っていた。
「…ジェネリア。」
広樹は自ら起き上がり、彼女の頬を触った。
「おはよう。よく眠れた?」
彼女の手には沢山の傷跡があった。
広樹は右手を頬から彼女の手にやり、そのまま彼女の手を握った。
「これ…。」
「あぁ、これ?
まだ残党がいたから、始末しただけよ。」
「そうか…何から何まで、すまないな。」
広樹は溜息をつき、またベッドに横になった。
「本当に、あいつらには何から何まですまないな。
勿論おまえも含めてだが…。」
彼女は長い前髪を耳にかけ、広樹の胸に飛び込んできた。
「おい、どうしたんだ?」
広樹だって人間だ。
いきなり抱き着かれたら焦るし、反射的に拒否反応をしてしまう。
「やめてくれ。何か…恥ずかしい。」
そう広樹は言ったが、彼女は止まらなかった。
彼女は広樹に馬乗りになり、広樹と体を合わせる。
広樹もため息をつき、彼女の背後に手を回した。
「こうなったら…もういいよな。」
彼女の顔はとろけ切っており、長い間我慢していたのがはじけたようだった。
広樹は彼女の唇に口づけをすると、彼女は顔を紅潮させる。
陽が沈む頃に、2人の男女がベッドの上で座ってお互い手を重ねる。
そして広樹はボソッと言葉を放った。
「…次は女の子かな。」
「えぇ。私はどっちでもいいわよ。」
2人は顔を見合わせ、笑っていた。
「じゃあ、お見舞いありがとう。
もう暗くなるから、帰った方がいい。」
広樹は外を見ながら言う。
窓際にいる彼女は病室の花をいじりながら、首を振る。
「今日はここにいるわ。貴方と過ごしたいもの。」
少女のような笑顔を見せ、彼女は華のように笑う。
2人はベッドで寝ころび、しばし話していた。
「ねぇ、この前の白髪の女の話なんだけど。」
「…なんだ?」
広樹の目が少し泳ぐ。
「貴方の命を狙っていたみたいだけど…何かあったの?
確かに貴方は総督、いいえ。この世界の最高権力者だけど…」
「さぁな。だから俺が狙われたんだろう。」
そういって彼女に目をやると、彼女も体を震わせていた。
「…やはり怖いか。」
「えぇ。私が死ぬのは怖い、貴方が死ぬのだって怖いわ。」
彼女の目には涙が溢れていた。
「もちろん…ルイが死ぬのだって………
お願い…これは私のわがままだから…いいんだけど………
もう総督なんかやめて…一緒にブリトン島で暮らしましょう?」
「ごめん。それはできない。」
「………。」
広樹は起き上がって彼女を優しく抱擁する。
「俺には夢があるんだ。」
「夢?」
「あぁ、夢だ。」
広樹はそういうと、少年のように笑う。




