再会。そして一時の平和
広樹は、エリスをずっと長い間抱きしめていた。
10分くらいたっただろうか。
エリスは、アントンが用意したパンをゆっくりと口に運び始めた。
彼女の手は酷くボロボロで、今までのエリスの面影はなかった。
エリスは広樹に自分の今まで受けてきた仕打ちを話した。
「あの後、私は奴隷として王宮で働かされていたの。
で、王女の召使としてここに付き添ってくれたのよ。
帰れるってわかって、凄くうれしかった。
でも、国が滅ぼされるんじゃないかっていう不安もあったわ。
レーヌは、私を助けてくれた。ありがとう。」
彼女の感謝の気持ちを受けた広樹は、その場でもう一度泣き崩れた。
自分たちが行った行動が間違いではなかったと、エリスが帰ってきたことで証明されたから。
広樹がしばらく泣いた後、アントンがやってきた。
「レーヌさん。もう部隊は解散しておきますか?
取り敢えず、陣地の片づけはしておきました。」
広樹はよろよろと立ち上がりながら言う。
「いや、あなたに指揮を任せてもよいですか?
彼らをこのまま解散させるのはもったいないかと。
私は伯爵様のもとに戻らなければならないので、これで失礼します。」
「了解しました。それでは、また今度。」
アントンに見送られながら、広樹は陣地を後にした。
旅の間、二人はいろいろな話をした。
広樹がもう軍内で実績を上げていること、
エリスも軍に入りたいということを話し合った。
そのような話をしていたらようやく屋敷が見えてきた。
既に陽は昇っており、二人はそれを見上げながら屋敷に戻った。
ローズヒップを取った森の中のリンゴを食べ、二人は少し休んだ。
広樹とエリスはお互いを励ましあいながら、屋敷に到着した。
「ここが屋敷だ。じゃあ、入るぞ。」
そういうと広樹は門をあけ、屋敷の中に入った。
早速、メルからのお出迎えがあった。
まぁ、暴言のだったが。
「おかえり。死ななかったのね。」
「そんなんで死ぬ人間じゃねぇよ。」
「あらそう。ん,,,この娘は?」
そういって、メルはエリスの顔を覗き込む。
「あぁ、こいつはエリスって言って、俺の友達だ。」
「あなたに友達がいるとはね。
しかも、こんなかわいい子が。」
広樹はむすっとしていった。
「うるせぇ。それより、伯爵様は?
お会いしたいのだが。」
メルは、広樹の方に背を向けて言った。
「食堂にいるわ。
たまたま、それも二人分食事があるからそれでも食べてなさい。」
そういと、メルは庭の掃除を始めた。
広樹は、エリスと一緒に食堂に行った。
食堂の扉を開けると、チャールズがいた。
「お久しぶりです。」
チャールズは立ち上がり、広樹の手を握っていった。
「おぉ、久しぶり。
聞いたぞ。たった200人で1000人を壊滅させたそうじゃないか。
君の働きは見事だ。あとで褒美をやろう。」
チャールズは大喜びで広樹の腕を振った。
「さて、そちらの子は?
お知り合いかな?」
広樹は笑顔で言った。
「私の友人、エリスです。
ガリアの捕虜となっていたところを、私が助けた次第ですね。」
エリスはチャールズに会釈をした。
チャールズはエリスの方を見て話しかけた。
「エリス。こんにちは。
これからもレーヌを支えてやってくれ。」
照れくさそうに笑うエリスをしり目に、
広樹はチャールズに話しかけた。
「そういえば、講和の打診は来ましたか?」
チャールズがにっこり笑って言う。
「あぁ、来たぞ。
具体的な内容は、会議で話すとも言っていた。
ただ、おおまかには聞いている。
休戦、ガリアの要求の撤回、ノリマント地方の割譲だな。」
広樹は心の中でにやりと笑った。
そして、伯爵に質問した。
「講和は、どこで行う話になっているのですか?
こちら側で行うなら、私を出席させていただけませんか?」
チャールズはしばらく悩んだが、その後首を大きく縦に振った。
「ここでやるらしい。
日付は、11月30日だ。」
広樹は今日の日付を確認した。
今日は、11月14日だ。
広樹は、今日の日付を見た後にチャールズに話しかけた。
「少し、神聖帝国へ行ってきてもよろしいですか?
ガリアとの講和で、できる限りいい条件で講和したいのです。」
チャールズは、その提案に難色を示した。
「しかし、神聖帝国が条約に応じるかもわからない。
どのような提案を行うのだ?」
広樹は、帝国にする要求をチャールズに言った。
「まず一つ目。
次の対ガリア戦争においてどちらが攻撃を仕掛けようと
互いに協力をするということです。
ただ、我が国はしばらく戦争をする余裕がないという旨も伝えます。
二つ目は、ガリアに関する情報を逐一報告しあうということです。
帝国側だってガリアの情報は欲しいはずです。
三つ目はフランデルタ地方の帝国の領有を認めます。
この地域が火種となり、新たな戦いが起きるでしょう。」
チャールズはまた難色を示した。
「わかったが,,,仮に帝国側が要求を受諾せず、
我が国に攻撃してきた場合はどうするのだ?
最悪の場合王国も便乗してくるのではないか?」
広樹は一笑して見せた。
「そんなことはありませんよ。
ただ、してきたとしても明らかに仲が悪いのは帝国と王国。
王国と講和するまで時間稼ぎができたら、我々はまだ戦えますし、
何より王国が参戦してくることはまずないと。
王が不在のまま戦争なんてできないでしょう。」
広樹のこの一言に、チャールズは納得した。
「わかった。ただし、ジェネリアもつれていけ。
いろいろ勉強させたいしな。」
「承知いたしました。」
そういうと、広樹は席に座り、食事を食べ始めた。
広樹は、その食事がまだ温かいことに気づいた。
首をかしげる広樹に、チャールズがスプーンを置いて言った。
「そういえば、何度もメルが温めていたな。
全く、天邪鬼な奴だよ。」
この話を聞いて、広樹はメルの本心を探ろうと決めた。
翌日、広樹はジェネリアと共に船に乗り神聖帝国に旅立った。
航海の途中、彼女からいろいろな話を聞いた。
「そういえば、残った武器とかから推測した結果、
敵の数は10240人くらいだったわ。
また、こっちの戦力を2000もいないって見てたみたい。
にしても、なんであそこに来ようと思ったのかしらね。」
広樹は、ジェネリアの話を聞いて、とある仮説を立てた。
(多分、相手は敵が少ないと考えられるところに上陸したのではないか?
ドルベーとかの大きな港町なら、敵が多くいると考えたのだろう。
相手の参謀は、かなりのやり手だ。)
広樹はこういう仮説を立てたが、まだ空想の段階に過ぎないと思い
取り敢えず頭の片隅に入れておくことにした。
そんな話をしているうちに、気づけば夜になった。
夜になってしばらくたつと、街の明かりらしきものが見えた。
広樹は、あの明かりが何なのか船員に聞いた。
「すみません。あの明かりは?
見たところかなり大きな町ですが,,,」
「あれですか?あの町は、デ・ハングと言って帝国内で一番大きい港です。
ここからどれくらいだったかな、馬車で1日かけたところに帝国の首都、
ブランデ・ルブルクがあります。
まぁ、ここから行くのは至難の業ですよ。」
広樹は、ブランデ・ルブルクまでの距離をざっと計算した。
(馬の移動速度を30キロ毎時だとすると,,,
大体700キロくらいか。
かなり遠いな。まぁ、流石にブランデ・ルブルクに行くことはないだろう。
船が港に着き、広樹とジェネリアは船から降りた。
船から降りると、誰かが出迎えに来た。
もう60くらいの髭を蓄えた、立派な男性だった。
「初めまして。私は帝国外交官、リープと言います。
ささ、今日はお疲れでしょうからここの宮廷でお眠りください。
明日の朝、会談場所のケルニアへ向かいましょう。」
ケルニア。古代から続く宗教都市であり、
市の中心には大聖堂がそびえたつ。
広樹があこがれていた街だった。
二人が宮廷に着くと、そこでは様々な料理が出された。
まず、キャベツのソテーが出された。
見た目はとてもシンプルだが、塩と胡椒、それとバターがよく合って
何とも言えない絶妙な味わいを引き出していた。
そんなこんなで広樹が食事を楽しんでいると、リープが広樹に話しかけてきた。
「申し訳ございません。レーヌ様。
少しここに残っていただけませんか?
少々お話がございます。」
広樹は、特に断る理由もないので返答をして、食事を続けた。
食事終了後、ジェネリアは風呂に入るため退室した。
広樹は、そのまま部屋で待っていた。
ワインが出されたが、広樹は自分が酒に強いのかわからないため、
手を付けなかった。
しばらくすると、誰かが部屋に入ってきた。
その場にいた全員が頭を下げた。
広樹も、それに合わせて頭を下げた。
「もうよい。下がれ。」
その男は、甲高い声で言った。
その場にいた全員は、厨房の方へ歩いて行った。
広樹が呆気に取られていると、男が広樹に話しかけた。
「貴様がレーヌか。
うわさは聞いておる。」
40代くらいの、いかにも重そうな王冠を被った
威厳のある男だった。
広樹は、直感でその人物がだれかを把握した。
間違いない。神聖帝国皇帝だ。
広樹の肩が緊張で上がる。
「皇帝」は、広樹の対面の席に座ると、
静かに話しかけた。
「なぁに。臆することはない。
貴様だって、相当やり手らしいじゃないか。
ガリアをたった200で撃退して、
更に兵を失わず騎士団一個壊滅させたそうじゃないか。
恐ろしい男だ。」
(間違いない。この男はハインリヒ大王!
分裂していた帝国を統一国家とし、さらには教皇を服従させた男!
中世最大の帝王にして、最強の帝王!)
広樹はじわじわと汗が出てくるのを感じた。
ハインリヒはさらに広樹に言う。
「で、此度はどんな用事で来たのだ?
ガリアの挟み撃ちか?ならいいぞ。乗ってやる。
あいつは気に食わぬからな。」
広樹は、不意に大きな声を上げる。
「本当ですか!?
ガリアを叩くことができるのは、ここから1年くらいです。
だから、ガリア戦の時には両国が共同で戦闘しましょう。
その間に、両国でガリアを弱体化できればと思いまして,,,
それと、ガリアの情報を逐一互いに報告しましょう。
また、フランデルタ一帯の帝国支配を承認、保証します。」
ハインリヒは不敵な笑みを浮かべ、立ち上がって広樹の肩を叩いた。
「なかなか強気な提案だな。
さて、何かあったのか?ガリアのおいぼれが死んだか?」
広樹はつばを飲み込んで言った。
「,,,正解です。
ガリアの跡継ぎともされていた王女も死にました。
なので、これから後継者争いがおこるでしょう。」
ハインリヒは、すべてを理解したようだった。
「わかった。まぁ、お前が殺したのか。
素晴らしいな。うちに来ないか?」
広樹は即答した。
「すみません。私は伯爵に恩があるので、そのようなことはできません。」
「まぁ、そうだろうな。」
そういうと、ハインリヒは席を立って扉の前に立った。
広樹は立って、彼の方に頭を下げた。
別れ際、ハインリヒはある言葉を言い残した。
しかし、広樹にその言葉が届くことはなかった。
翌朝、広樹とジェネリアはケルニアに向かって旅立った。
ケルニアに向かう途中、広樹は帝国の実情を示すものを見た。
破壊された城。飢えた人々。
そのすべてが、帝国が悲惨な状況であることを表していた。
「このころの帝国は繁栄していたはずだが,,,
戦争続きで荒廃したのか?」
ジェネリアが広樹に話す。
「そうね。今の皇帝陛下は戦争は得意だけど、
内政の方はあんまりみたいよ。」
広樹はこの景色を目に焼き付けた。
昼頃、ケルニアに着いた。
会談場所と言われたケルニアの大聖堂は、帝国の繁栄を象徴するかの如く、
高くそびえたっていた。
中に入ると、ステンドグラスは宝石のように輝いており、
彫刻も白く、中央の玉座には宝石がちりばめられていた。
それらは、広樹に帝国の窮乏を忘れさせた。
玉座の手前の椅子には、ハインリヒが座っていた。
「よく来たな。座れ。」
広樹はジェネリアを座らせようとしたが、
彼女はそれを拒んだ。
「あなたが座るべきよ。
この会議の提唱者はあなただもの。」
そう説得され、広樹はおとなしく席に座った。
「さて、これが文書だ。
確認してくれたまえ。」
そういうと、ハインリヒは二つの文書とペンを広樹に渡した。
広樹はその文書に間違いがないか確認すると、
自身の名でサインをした。
(レーヌ、レーヌ,,,名字はどうしよう。)
広樹はしばらく悩んだが、答えをすぐに思い付いた。
(そうだ。アルフレッドにしよう。
レーヌ・アルフレッドっと。)
広樹が文書にサインし終わった後、
もらった一つの文書とペンをハインリヒに返した。
「アルフレッドというのか。
なるほど。懐かしい名だ。」
ハインリヒがそう言い、立ち上がる。
そして、広樹に言った。
「さて、そろそろ昼だな。
飯でも食わないか?」
広樹は一瞬迷ったが、ついていくことにした。
広樹とジェネリアが案内されたところは、またまた宮廷だった。
宮廷について席に座ると、すぐに料理が出てきた。
広樹は、食事中にハインリヒと様々な会話をした。
「陛下。つかぬことをお聞きしますが、
国をよくするためにはどのようなことをすればよいのでしょうか。」
ナイフを止め、ハインリヒは答えた。
「簡単だ。民の心を掴む。
そして、民のための政治を行う。
これが朕の理想とするところだ。」
この返事に、広樹は違和感を覚えた。
「戦いに勝つことが民の心を掴む方法なのですか?」
広樹は、純粋な疑問を投げかけた。
彼は、笑って返した。
「まぁ、そうかもしれぬ。
民が望めば、朕はどんな戦争だって行うし、
どこにだって遠征する。たとえ神の王国であろうとな。」
広樹は彼の考え方に感服した。
また、この国の貧困は皇帝のせいでないと分かった。
広樹はワインを飲みながら、皇帝と旧来の友人のように夜まで語り合った。
翌朝、広樹はベッドの上で目を覚ました。
どうやら、ハインリヒが酔いつぶれた広樹をベッドまで運んでくれたようだった。
広樹はすぐに着替え、部屋から出た。
部屋から出ると、リープが目の前を通りかかった。
広樹はハインリヒにお礼を言おうとしたが、ハインリヒはどこかへ行ったと聞いた。
広樹はリープに告げる。
「何か、変なことを言ってなかったでしょうか?」
リープが答える。
「何も言っておりませんでしたよ。
というか、途中で陛下と飲み比べしておりましたよ。
あなたも、酒には強いようだ。」
「そうですか。ジェネリア様はどこにいるのですか?」
リープは奥の部屋を指さして答えた。
「あそこで寝てらっしゃいます。
そろそろ出発でしょう。起こしてきた方が良いのでは?」
「わかりました。
陛下に、ご迷惑をおかけしましたと伝えてください。」
そういって、広樹は一礼して奥の部屋に行った。
部屋をノックすると、ジェネリアがすぐ出てきた。
ジェネリアはもう着替えており、出発する準備ができていた。
広樹はジェネリアと共に宮廷を後にした。
港に着くと、リープのほかにハインリヒまで出迎えに来てくれた。
「陛下。わざわざすみません。
昨日はいろいろとご迷惑をおかけしました。
酒の席で、何か出過ぎたことを言ってしまったとしたら、申し訳ありません。」
ハインリヒは笑って言う。
「そんな大層なことは言ってなかったぞ。
それと、あの状態でよく自身の部屋に戻れたものだ。
貴様が、朕や帝国を尊敬していることがようわかった。
貴様はこれから朕の友人だ。」
そういうと、ハインリヒは広樹に手を差し出した。
広樹もそれに応じ、二人は握手をした。
「そろそろ出航のお時間です。
では、レーヌ殿、ジェネリア様、お元気で。」
二人は、船に乗り込み、ハインリヒ達が見えなくなるまで手を振った。
ハインリヒ達も、笑顔で手を振り返した。




