我らは救われぬ
「砲撃準備!上に17度、火薬を詰めろ!」
広樹はそう言うと砲弾を前から入れ、火薬を詰め、
火種を付ける準備を行った。
僅か数分でこの準備は完了し、広樹はニヤリと笑った後、大きな声で叫んだ。
「撃ち方、始め!」
彼の声が森に響いた後、大砲の音が森の木々を揺らした。
火薬の匂いが充満してきて、ようやく森のざわめきが収まったころ。
広樹がもう一度「砲撃準備!」と叫んだ。
これを一日中繰り返し、夜になってようやく大砲の音が止むこととなった。
しかし夜の間にも、ブルゴニアや神聖帝国から送られてくる
火薬を受け取るという仕事が残っているのである。
この任務は全て騎兵隊に託し、砲兵たちをしばらく休ませることにした。
ル・ソレイユの街は大混乱に陥っており、
すぐにレーヌがここへ来るだろうと、党員は南部に逃亡し始めた。
人々は親衛隊の功もあってか次第にコミューンに対する不信感が募っており、
既に何度もストライキやデモが起こっていた。
「そうか…つまり、彼らはここの防衛線が弱いことを理解しているんだな。」
ベレーはそう言い、最後の煙草を吸い始める。
「えぇ。煙草もこれが最後です。
既に鉄道の破壊によって補給も尽き、砲弾も一日一個生産できるかどうか…
カレー、ブルゴニアの工業地帯は既に奪われ、
マルセイエーズの工業地域のみしか残っておりません。
しかも鉄道も破壊されていますから…。」
部下たちにそう言われ、ベレーは溜息をついた。
「…もしかしたらこの戦い、我々の負けかもしれないな。
君たち、家族は居るか?」
鷹のような目で、部下たちを見渡す。
部下たちは少しどうすればいいか分からなくなったものの、
防衛軍司令官が口を開いた。
「えぇ、妻と子が。」
「そうか。ならもうお別れだ。
死にゆくのは俺だけでいい。君たちは家族と暮らしなさい。
ここに遺書は書いた。これをレーヌにもっていってくれ。」
彼はコートの中から紙を取り出し、使者にそれを渡した。
ベレーはゆっくりと立ち上がり、コートを脱ぐ。
そして彼の机の棚から兜を取り、それを被った。
「さて、俺も最後の戦いと行くか。
全党員に伝達。首都機能を南にある臨時政府に移せ。
首都はマルセイエーズとする。しかし、私は残ってル・ソレイユを守る。
君たちももう、行きなさい。」
「お待ちください。私も残ります。」
将軍がそう言ったが、ベレーは首を振った。
「これは、最後の総督命令だ。」
彼の必死な目に心を打たれ、将軍たちは涙を流し、荷物をまとめ始めた。
広樹はボロボロになったル・ソレイユの東を見ていた。
あそこに宮殿があって、あそこにはパン屋があったなど、
戦争前のル・ソレイユの街並みを思い起こしながら。
崩れた街の奥に、広樹の住んでいた宮殿が見えた。
この宮殿もいずれこうなるのだろうと、ため息をついた。
「…ひどい有様ですな。」
その声の主の方に、顔をむける。
その声の主は、老兵であった。
彼は広樹のカレー政府時代からいる兵士であり、広樹もよく覚えていた。
「あぁ、君か。
本当に。初めてル・ソレイユ…いや、パ・リーヌを見たときと同じだ。
あの頃も自由ガリアによって町が破壊されつくしてたっけか。」
そう言って広樹は自嘲的に笑う。
そして、しばらく見ているとなんと街に火が放たれ始めたのだ。
恐らく略奪を防ぐための行動であろう。
少なくとも、コミューンの指導者がやったことではない。
彼はこのル・ソレイユ出身であることを広樹は知っていたから、
そう言う判断になったのだ。
火はすぐに広がり、街から何人もの人が逃げているのが見えた。
「…はぁ。なぜ街に火を放つのだろうか。
有名な1812年のノヴォクレムリンだってそうだ。」
広樹は明らかに不快感を示し、老兵は広樹の肩を叩いた。
翌朝もう一度ル・ソレイユを見ると、
既に町は焼け落ちていたが、それでも町は原型をとどめて居た。
広樹は感情を押し殺して砲撃を行うことに決定した。




