月桂樹
広樹が屋敷に戻ると、彼は革命について心を躍らせた。
「革命,,,ねぇ。いいかもしれないけど。
ただ、まずは国家の統一が必要だろう。
ビスマルスのように力強く進めなければな。」
「ビスマルス?」
どこからともなく声が聞こえたので広樹が慌てて振り返ると、そこにはジェネリアがいた。
「いたんですか。私の独り言ですので、気にしないでください。」
広樹がにこやかな笑顔を作って言う。
ただ、多少無理やりではあったと彼自身思っていた。
しかし、ジェネリアはその挙動不審さに気が付かなかった。
「そう,,,もう夕飯だから、食堂にきてね。」
「わかりました。」
そう広樹が会釈すると、ジェネリアはスキップで屋敷に戻っていった。
そのころ、ガリア王国宮殿にて
「陛下、ご報告させていただきます。
この前のブリトン征服作戦の損害について報告させていただきます。
上陸に従事した250人のうち、まず248人が戦死しました。
残りの2人のうち、1人は海峡を渡ってくる途中に怪我がもとで死亡。
今、たった一人の生き残りを連れてまいりました。」
「陛下」と呼ばれた男は大きくうなずき歯ぎしりしながら
「わかった。」といった。
部屋の扉が開き、軍人らしき男が入ってきた。
「よし、ではどのように敗北したか教えろ。
確か敵の守備隊は50人程度と聞いておる。なぜ負けたのだ?」
「陛下」の恐ろしい眼光に、その兵士は畏怖を抱いた。
そして、恭しく経験したことを話した。
「恐れながら申し上げます。
実は、夜襲をかけられました。
夜中、我々の警備が手薄な時に大勢の敵が陣地に押し寄せ、
このような惨事になりました。」
話を黙って聞いていた「陛下」は、怒り心頭の様子で男に対し怒鳴った。
「夜襲された?あれほど警戒しとけと言ったのに!」
そういうと、彼は灰皿を投げた。
しばらくの沈黙が続いたが、怒りが収まったのか落ち着いた口調で言った。
「まぁいい。この失敗はまた今度取り返せ。
そして、教皇様があの部隊が壊滅したことについて相当お怒りのようだ。
一刻も早く指揮官の引き渡しを行うよう奴らに通達せよ」
そういうと、彼は席を立った。
広樹たちが夕食をとっているとそこに兵士がやってきた。
「ご報告申し上げます!
ガリア王国が、我々に敵対する構えを見せています!
なんでも、この前の戦闘において壊滅したことを根に持っているらしく、
指揮官、つまりレーヌ殿を差し出せ、と。」
それを聞いて広樹はナイフを落とした。
そして、その場にいる全員が広樹の方を見た。
当然だ。ガリアに捕まったが最後、広樹は処刑されるのが目に見えているのだから。
広樹は二人の顔を見るが、二人の顔は確固たる自信にあふれていた。
「もちろん、引き渡しはしない。
君の存在は今後父上の夢を果たすために必要だ。
だから、君が不安がる必要はない。安心したまえ。」
チャールズの優しい声を聞いて、広樹は熱い涙を流した。
ジェネリアに介抱されながら部屋に戻ると、広樹は椅子に座ってうつむいた。
(死にたくはない。ただ、俺が死ぬことでチャールズやジェネリアが生きていてくれるのなら
それでいい。よし、明日一人ガリアに旅立とう。)
広樹はそう決心し、そのまま眠りにつこうとした。
しかし、その部屋にジェネリアが入ってきた。
「広樹,,,あなたのことだから一人でガリアに行こうとか考えてるのでしょうけど、
それは間違っているわ。あなたは心配する必要はないの。
私たちに任せて。」
広樹はこれを聞いてうれしく思う反面、ジェネリアに対して多少怒りの気持ちを抱いた。
彼の腹積もりとしては自身が差し出されることで彼女らを守ろうとした。
しかし、彼女は進んで戦いに進むといった。
自身のために戦うと言ってくれた二人には感謝の気持ちはあるが、
自分が死ねば皆助かるのではないかと考えた。
そのことを考えず広樹の為に戦おうとしたことに、
広樹は非合理的だと考えた。
「いや、私は行きます。
私が死ぬことで、国が救われるのでしたら、私は喜んでいきます。」
広樹がそういって準備をしようとするが、ジェネリアは泣きながら広樹の腕に飛びついた。
「ダメ!あなたが行ったら,,,私は,,,私は!」
彼女の泣き声を聞いて広樹も立ち尽くしながら涙を流した。
涙を流し始めたとき、そこにメルが剣を構えながら入ってきた。
「あなた,,,わかっているのよね。
ジェネリア様を泣かしたら、どうなるか,,,」
広樹は応戦態勢に入り、二人で睨みあったがそこにジェネリアが割り込んできた。
「待って!広樹が敵のもとにいかないよう説得しただけよ!
あなたも話は聞いていたでしょう?」
「えぇ聞いていましたわ!だからこそ、こいつを殺して
ガリア国王に首を渡すのです!
そうすれば私たちは一生安泰なのです!」
この騒動を聞きつけて、チャールズが駆けつけてきた。
「何をしているんだ!剣をしまえ!座れ!」
チャールズの鶴の一声でその場の全員が座った。
「まずはメル。何をしていたのか説明しろ。」
メルは自身の胸に手を当てながら必死に説明した。
「私は、ご主人様とお嬢様の為にこの男の首をガリアに送ろうとしました。
彼さえ殺してしまえばガリアによって私たちが殺されることもないのです。」
チャールズは概ね状況を理解したようで、広樹に尋ねた。
「レーヌ君、迷惑をかけたね。
君は風呂に入っていてくれ。ジェネリアも、一度退席するように。」
広樹は、おとなしくチャールズに従うことにした。
チャールズの目には、いつもの柔和さとは違い怒りが混ざっていたからだ。
ジェネリアも広樹と同じく部屋から出て、彼女の部屋に戻った。
「さてと、風呂に入るか,,,
あ、着替え用意しておかないとな。」
広樹が脱衣所の前の籠に寝間着を置くと、タオルを巻いて風呂に入った。
そうすると広樹は入るや否や、浴室の前のろうそくの火を消して浴槽に入った。
「やっぱり、1人で考え事をするならこれだな。
しかし、装飾品と言い、風呂文化と言い、
ラテニア帝国の文化を受け継いでいるんだなぁ。」
広樹が布で体をこすり、体の汚れを落とすと風呂に入った。
(しかし、でかいな。風呂。
銭湯の一番でかい風呂の半分くらいはあるだろこれ。)
広樹がそんなこんなで暖まっていると、浴室の扉がカタカタと開いた。
広樹はメルが襲いに来たのだと思って息をひそめた。
しかし、そこにやってきたのはジェネリアだった。
だが、広樹はそれに気づかなかった。
浴槽の中に隠れたまま、広樹はこう直感した。
(まずい。見つかったら殺される。)
ジェネリアが浴槽に入ると、広樹はとうとう息が続かなくなった。
そして、勢いよく水面に飛び出た。
「ぜぇ,,,はぁ,,,死ぬかと思った,,,」
二人の間にしばらくの沈黙が走る。
その後、ジェネリアが持っていた桶を広樹に投げつけた。
それが顔面にあたって広樹は悶絶した。
ジェネリアが広樹に駆け寄った。
広樹を起こし、椅子の上に広樹を寝かせた。
そのあと、彼女は広樹に向かって叫んだ。
「いるならいるっていってよーーー!」
「申し訳ありませんでしたぁーーー!」
そういって広樹が起き上がって頭を下げる。
二人の間にわずかな沈黙が流れた後、ジェネリアはその空気に耐えられなくなったのか
大笑いをした。
つられて広樹も笑う。そうすると、ジェネリアは広樹にこんな言葉をかけた。
「笑う余裕はあるみたいね。よかった。
レーヌのことが心配だったんだよ。お父様もね。」
広樹ははっとした。
ジェネリアはここに自分がいることを知っていてやってきたのだと。
自分をここまで気にかけてくれる人がいる中で、
なぜその人たちを裏切るような行為をしようと考えてしまったのだろうか。
広樹は自身の行いの過ちに気づき、ジェネリアに謝った。
「ジェネリアさん。実は、一瞬メルに殺されてもいいかとか思ってしまいました。
こんなにも私を気にかけてくれているのに,,,」
広樹の言葉が詰まると、ジェネリアは広樹の頭を撫でた。
「私が、君を守るからね。」
広樹は苦笑いをしていった。
「ははは,,,それ、男性が女性に言われたくないこと堂々の一位ですよ。」
ジェネリアは頬を膨らませ、顔を赤くして言った。
「別にいいじゃん!
じゃあ、レーヌも将来私を守って!これでおあいこ!」
「わかりました。」
広樹の意外に冷静な返しにジェネリアは驚いた。
そして、ジェネリアは徐々に体が火照ってきたことに気づいた。
「私限界!出るね!」
そういってジェネリアは風呂を飛び出した。
広樹は一人になったからゆっくりしようとしたが、
いつの間にか満月が南の空に浮かんでいることに気づいた。
広樹はそろそろまずいと思い、風呂を出た。
翌朝、広樹はジェネリアに起こされた。
「レーヌ、ローズヒップを摘みにいかない?
散歩ついでに、どう?」
広樹が体を起こすと、ジェネリアが服の支度を持ってきた。
広樹が着替え終わると、彼女は広樹の腕をつかんでそのまま部屋を出た。
ローズヒップが自生しているという森で、
二人がローズヒップの実を探していた時のこと。
広樹は、かがんだ時に月桂樹を見つけた。
(月桂樹の花言葉は勝利か。これは運がいいな。
私が思っていたよりも悲観的な状況ではないのかもしれない。)
広樹はこぶしを握り、胸の前にあてた。
―さぁ、長い戦いの始まりだ。―
さて、ここから戦争に入っていきます。
これからの戦争で、広樹は何を思い、どう成長していくのでしょうか。




