異世界召喚されて利用されそうになったけど、科学技術とダンジョン由来の力でしばき倒した
タイトルに科学とか入れたけど科学知識殆どないマンです。適当に楽しんでくださると幸いです。
西暦二〇XX年。
世界各国に突如としてダンジョンが現れた。
山肌に洞窟のように現れるものもあれば、森林や山そのものがダンジョンと化すものもあり、それらがダンジョンと認識されるまでの間、意図せずダンジョンに入り込んだ人々が行方不明になってしまったことで、世間を騒がせた。
かなりの人数が生死不明の行方不明となったものの、少数の生還者からもたらされた情報は驚くべきものだった。
ダンジョン内の未知の生物や、それらから得られる未知の素材、そして未知の資源。
「ダンジョンは危険ではあると同時に有益なものである」と世間に認識されるまでに、そう時間はかからなかった。
そして、とりわけ注目されたのが魔力の存在だった。
初めて魔力が観測されたのは、生還者がダンジョンから持ち帰った魔道具からだった。
電池などもなく稼動する道具に対し、動力は何か、という疑問と、ヲタク文化に慣れ親しんだ人々から、魔力じゃね? という回答が得られたのはほぼ同時であったと言う。
調べれば調べるほどに、魔力はエコロジーであることが判明した。各国が血眼になって研究する程に。
持ち帰られた物の一つに、着火のための魔道具があった。魔力は魔道具により火に変換される。火に変換された魔力は、一定の時間の後、再び魔力へと変換したのだ。一部例外はあるものの、魔力は現象を引き起こし、現象は魔力へと戻る。
魔力は火に、水に、土に、風に、光になる。限りある資源を消費しないで済む、大いなる発見だった。
これら魔道具と魔力の存在は、地球の科学力を10年も20年も進めたと言われる。
各国はこぞって、ダンジョンの開発と運営に乗り出した。
そして、ダンジョン発見から十五年の月日が経過した。
♢
日本三大迷宮『不死山』の第九十層、公式名称「階層主居留区画」、通称ボス部屋の手前にベースキャンプが設営されている最中だった。
ボス部屋の手前の部屋は魔物が出現しないし入れない、いわゆる安全地帯だ。往年のゲームになぞらえて、セーフポイントならぬセーブポイントなんて呼び方もされている。
ボス部屋の手前だけに限らず、安全地帯はダンジョンの各所にある。そのことごとくが、規模に大小はあるものの人の手により建物が建てられ、宿泊施設や飲食店、はたまた素材買取や加工のための店舗が設置されている始末だった。
げに恐ろしきは人の技術力か、緻密に計算され尽くした人材育成計画の賜物か。
現地で組み立てれば良いだけの建築技術や、物資の運搬や快適に過ごすための魔道具の開発技術。
ダンジョン攻略だけでなく、各安全地帯に派遣するための人も、ダンジョンを歩けるだけの下地が必要で育成は不可欠だ。九十層までの護衛も言わずもがなである。
どちらかだけでは、こうは行かなかったに違いない。
現在は不死山攻略最前線のパーティ『零隊』が九十層の地図完成を成功したことを受け、八十九層のベースキャンプから人が派遣されている。
零隊が九十層攻略初期から、人員と各種資機材は八十九層に集められているため、地図完成から派遣までに要した時間は恐ろしく短い。護衛要員である零隊の休息時間程度のものというよりか、完全に零隊待ちであった。
そして、九十層の各安全地帯攻略基地化事業が始まり、地図完成から一月と経たずにボス部屋手前の安全地帯開発着手にまで漕ぎ着けた。
零隊もボス部屋手前までの護衛を完了し、ボス攻略までの束の間の休息をとっている最中だ。
「ん、問題あらへん」
安全地帯に建てられたプレハブ小屋の中、身の丈大もある長砲身の銃を台座に乗せて検査をしていた女性が、HUDを外しながら言った。
「歪みもなんも見られへん。連続百発でもいけそうや。流石、ウチの作品だけあるわ」
「はいはい、すごいすごい」
冗談交じりにおどけて見せた女性に、検査の様子を眺めていた男性がおざなりに返事をしつつ、長砲身の銃を台座から取り外した。
「なんやのその反応。カズはんのいけず。全然すごい思てへんやろ」
「いやいやちゃんとすごいと思ってるよ、ホントホント」
カズと呼ばれた男性は手に取った銃を一度眺めてから、スリングに身体を通して背中に斜めに銃を担いだ。
「ホンマ? ならええわ。そうそう、ウチもそれ使うことになったわ。アーマーの肩部にガンポッド取り付けんねん」
「使うって、ナギ、ちゃんと当てられんのか?」
「そこはサポートAIのアイちゃん頼みや」
「マスターにも困ったものです。兵装は競合しない方が様々な局面に対応できると進言したのですが、お揃いがいいと聞かず」
「ちょっ、待ち! 内緒やゆーたやん!」
「私は理に適った発言をしているだけです。そもそもマスターはさっさとその思いをですね」
「ああああああああ!! それは言うたらあかん!」
二人の会話に、突然として女性の声が割り入った。声は、ナギと呼ばれた女性が手に持つヘルメット式のHUDから発せられていた。
ぎゃーぎゃーと言い合う二人を、カズは苦笑しながら眺めていた、その時だった。
「っ! 巨大な魔力反応を確認!」
アイが言い争いをやめ、注意を促した。
「なんやて! 安全地帯やろ!」
安全地帯には魔物は出ないし入ってこれない。それは常識となっていることであった。罠の類も同様であった。
それなのに確認された魔力反応。それ即ち、人為的なものを意味する。
「まーたナギの仕業か?」
「ちゃうわ!」
「冗談だ」
「なんでそんな落ち着いとるんや!」
「まあ、慌てた所でなんともならんから。アイ、状況は?」
「魔力反応は安全地帯全域に及びます」
アイの発言と同時、足元に魔法陣が出現した。魔法陣はフロア全域に渡っているようで、その全容は掴めない。
「……魔力反応、収束していきます」
魔法陣はみるみると収縮していく。まるで、プレハブ小屋を中心に据えるように。
それを確認した二人の動きは早かった。魔法陣の外に逃れようと走り出し、そしてちょうど魔法陣の縁にあたる部分で何かに阻まれた。
「なんやの、この障壁!」
ナギは焦りと共に、見えない壁を殴りつけた。
カズは拳銃を二丁抜き放つと同時に、引き金を引いた。撃たれた障壁は無傷で、弾は障壁内で跳ね返りまくった。
「ぎゃあああ!? カズはん何すんのん!?」
「悪い」
カズは跳ね回る弾丸をダガーで斬り飛ばし、言いつつ長砲身の銃に手をかけるが、既に取り回しのきかない範囲にまで魔法陣は縮まっていた。
「対象は言わずもがなです。魔力反応、より強くなってきています」
アイの発言を示すかのように、魔法陣は次第に輝きの度合いを増していた。
それを見たナギは、諦念を滲ませて言った。
「はぁ、しゃーない。アイちゃん、解析頼むわ」
「かしこまりました」
ナギはHUDを頭に被ると、ヘッドカメラを足元に移した。足下の見えない部分は、移動しながら撮影をした。
「即死級のものでなければ、これでなんとかなるやろ」
「さっさとこれ使えば良かったな」
カズは背中に担いだ銃を指差して言う。その間にも、ますます輝きが増していく。
「このような事態は全世界でも初めて観測されたものです。カズさん、お気になさらず。まもなくと思われます」
アイの予測のとおり、光は一層の輝きを発した後、魔法陣と共にカズとナギの姿をかき消した。
♢
堅牢な石造りの城内、儀式の間。
常にはいくつかの台座と大きな魔法陣があるばかりでがらんどうとしたそこに、今は十数人の人がいた。
その中に、カズとHUDを被ったナギの姿もあった。
「おお、成功だ!」
「しかし、予定していた人数より少ないが……」
「それにしても面妖な……」
ローブを着て聖職者然とした面々からは、喜び、戸惑い、様々な表情が見て取れた。
「言われてんぞ、ナギ」
「こんな美女相手に何言うとん。面妖てカズはんのことやろ」
「HUD被っててよく言うよ」
小声でやり取りをしている二人の前に、中世の騎士が着るような鎧を纏った男が二人進み出てきた。
「突然失礼します、勇者様方」
「は、勇者様ぁ?」
ナギは怪訝な表情を隠しもせずに言い放つ。
「ええ、勇者様、でございます。故あって異世界から我らが国に、貴方達勇者様をお招きした次第」
「お招き、ねぇ。と言うことは、あの魔法陣は召喚の術式が描かれてたってことか」
召喚術式はダンジョン内においては、もっぱら罠として利用されていた。強力な魔物を多数喚び寄せるものとして。
「ちゅうことやな。それにしても異世界とはなぁ。そんで、招いた理由とやらは教えてもらえるんか?」
「その件、これから謁見の間にて、陛下から御説明賜ることになっております」
「陛下ときたか」
目の前に立つ人物や周囲の状況から、この世界が中世と似た時代の世界であると推測した。
絶対王政で国王陛下との謁見。厄介ごとの香りしかしない。
「御案内します。こちらへ」
が、従わないわけにはいかないだろうと、二人は兵士の後に追従する。ナギは一度、魔法陣を振り返った。
儀式の間を出て長い廊下を渡り階段を登ると、先程までいた場所が地下であることがわかった。
螺旋階段を上がり続けると、途中から窓が見られた。窓辺から月明かりが差し込んでいることから、いまは夜間のようだ。
三階まで上がったところで廊下を進むと、一際豪華な装飾が施された両開きの扉があった。
案内の兵士が扉の両脇に控える兵士と言葉を交わす。
「私の案内はここまでです。扉を開けますので、玉座の階段前まで進んでください」
「はいよ」
カズの返事を確認した兵士は、謁見の間の扉を押し開く。
中央の道の両脇には、高級武官と大臣達が居並んでいた。カズとナギは好奇の目に晒されている。その大多数はやはりと言うべきか、HUDを被るナギに注がれていた。
視線は意に介さず、二人は階段前まで進む。その先の玉座には、壮年の男性が腰掛けていた。
一応の礼儀として、二人は跪いた。
「面を上げよ。楽な姿勢をとると良い」
二人は階段上からの声に素直に立ち上がる。
ナギはキョロキョロと視線を辺りに飛ばしており、落ち着きがない。
それを見た高級武官や大臣ら顔を顰めたが、咎めはしなかった。
「余はウェリシア王国国王、クインスである。勇者達よ、招きに応じ、よくぞ我が国に来た」
それを聞いたカズは「強制的だったじゃん」と、周囲に聞き取れない声量で呟いたが、インカムが拾った声がHUDに届けられた。ナギは軽く吹き出して、またも周囲の人の顔を顰めさせた。
「お会いでき光栄です、陛下。私は安伊一仁と申します」
「ウチは黒江渚いいます」
「ヤスイにクロエだな? クロエよ、そちは随分古めかしい言葉遣いをするものだな」
「あー、ただの方言なんやけどね。言葉が通じるのも召喚の影響やな?」
世界が変われば言葉も変わるだろうはずが、召喚されたと判明した時点で問題なく言葉が通じていた点を鑑みるに、被召喚者に何らかが作用したと、ナギは考えていた。そして、関西弁は現地語で古語めいた言葉に聞こえると、情報が追加された。
「さよう。意思の疎通ができねば困る故な。さて、そろそろ二人をこの地に喚んだ経緯を説明せねばなるまい」
大仰に頷いた国王は説明を始めた。
「そなたらの住む世界ではおるかわからぬが、この世界では魔物と呼ばれる、凶暴な生物がおる。作物や家畜ばかりか、人ですら食い物にする凶悪な存在だ。頭の痛いことに、近年、魔物がその数を増している」
「増加している原因は判明しているので?」
「不明だ。元を断てれば増加を防げるのだがな。こちらができるのは、増えた魔物の駆除による対処のみよ」
頭を片手で押さえる芝居掛かった動作に、カズは胡散臭さを覚えた。
「更には、他国からの侵略行為だ。現在、多数の戦力を地方にさいている。防衛に力を注がざるを得ない現状、魔物への対処は遅くなるばかりで、被害は増える一方だ。魔物の討伐、他国からの防衛、どちらか一方のみであれば、まだ手は足りていたのだがな。これ以上は看過できなかった」
「なるほど。手詰まりであった現状を解消すべく、私達の召喚に踏み切ったと」
「さよう」
「貴国の置かれている現状は、大変よくわかりました。ついては、日の本の国の大使として、私達が出来得る支援について申し上げましょう」
「大使、とな?」
「ええ。こう見えて私、私共の世界では少々有名でして、若輩ながら大使という任を仰せつかっております」
ナギが見たら「胡散臭い顔やったわ」と言いそうな笑みをカズは浮かべた。国王含め、カズの顔を見ることができた人物も「胡散臭い笑みだ」と思った。
しかし事実として、カズは大使を任命されていた。
ダンジョン発見当時の初の生還者として、そしてその後のダンジョン探索の最前線を生きる者としての実力を買われて。
大使という任は、カズの持つ知識、技能を欲した各国と、外国のダンジョンを凄腕探索者のカズに探らせたい日本の思惑によるものだ。
本人にしてみれば、大使らしい仕事は全くせずに自由にダンジョンに行けるという、正に天職とも呼べるものだった。
「魔物討伐の件については協力致します。私共に、魔物と戦える力があるかは疑問ではありますが」
「その点は心配せずともよい。異世界から召喚されし者達には、この地に住まう者よりも強い力を得ると言われている」
「それも召喚の影響っちゅうことやな」
「うむ。そなた達にはダンジョンに潜ってもらい、まずは魔物と戦う経験を積んでほしいと考えておる」
この世界にもダンジョンがある。それを知ったカズは人知れず、この地にあるダンジョンに思いを馳せ、眼をギラつかせた。一体どんな魔物に罠、それにお宝が待っているのだろうか、と。
「それでは、戦うための力については何ら問題がない、ということですね」
国王は一つ頷く。
「それでは、それを踏まえた上で二点目の領土防衛についてです。申し訳ありませんが、こちらは全く協力できません」
にべもない回答に、周囲の空気がピンと張りつめた。
一国の王からの依頼を断るなどとは。どうせそんなところだろうと、カズとナギの二人はあたりをつけた。
「……理由を聞いても?」
「はい。我が国は戦争をしないことでも大変有名です」
その発言に驚きの声が周りから上がる。
「馬鹿な。領土を取られるままにするというのか」
「いい餌食だぞ、ありえん」
「まさか、攻撃されっぱなしというわけでもあるまい」
「ええ、正しく。こちらからは攻撃を加えることはしませんが、攻撃をされれば話は別です」
「ふむ。戦争という手段に出る必要がないほどの、周辺国を圧倒する大国というわけか」
「正確には、我が国の憲法で戦争は行わないように定められております。大使は言わば国の代表。領土防衛と言えど、国の代表として憲法に背く戦争行為への加担はできません」
国王は何事か思案しつつ顎をさするが、やがては何か一つ決心したようだった。
「そなたらの事情については重々承知した。そなたらには魔物の討伐に尽力してもらいたい。協力願えるかな?」
「かしこまりました。因みに、その後のことについて、なのですが」
「わかっておる。そなたらへの世界への帰還方法であろう? すまないが、こちらにも大掛かりな準備が必要でな。大体、一年間掛かるものとみてもらいたい」
「一年ですか。それなら」
「話が早くて助かる。もちろん、協力に見合う以上の褒賞も弾ませよう。ここに持て」
何処からか金属でできたトレイを運ぶ人物が現れると、国王の側に控えていた人物がそれを受け取り、二人の前に移動すると恭しく差し出した。
トレイの上には、二つの純白の指輪が用意されていた。
「これは褒賞の先払いである。もちろん、魔物討伐に対する褒賞も都度与える」
二人は指輪を手に取ると、マジマジと眺めた。
「これは何の指輪で?」
「これはそなたらの身分を証明する指輪だ。簡易な魔法の力を持ち、希少な素材で作られておる故、価値も中々のものだ」
二人の手にある指輪の内側には、地球のダンジョンでも見慣れた魔法文字が刻み込まれていた。
しかし、カズにはこれが読み取れない。
専門的な内容は専門家に聞くに限る。
「ナギ」
「わかっとる。こんなん読み取るくらい朝飯前さかい、もう終わっとる。多分、王様は嘘は言ってへんで。ボカして話しとるけどな」
またも、周囲の空気が張り詰める。
「効果は《隷属》。簡易やけど、国際条約違反モノやで。こっちの世界では通じんやろけどな」
「純白の指輪は国王の有する奴隷であるという身分証明。簡易な魔法の力は《隷属》。希少な素材はミスリルってところか」
高級武官が剣を抜き放つが、まだ飛びかかってこない。
「なるほど、確かに嘘は言ってないな」
「まさか、これほどまでに聡いとはな。大人しく従っておれば良いものを」
「これは一体どういうことですかねぇ、国王陛下さんよ」
「口を慎め、平民共!」
「よい。折角だから教えてやろう。先ほどの魔物の増加も、他国からの侵略も、全て嘘だ」
「やっぱりなぁ。この国はむしろ侵略する側やろ」
「そうだ。魔物討伐で領土守護が叶えば、民はより一層、国へと感謝を捧げ仕えるだろう。そうして民意をまとめ上げ、領土拡大の礎とするのだ。そなたらはその尖兵となる。光栄に思うがよい。さて、説明もここまでとしよう」
国王が右手を挙げると、カズとナギを武官が囲み、大臣達は杖を取り出して、武官の後ろに移動した。更に駄目押しとばかりに、謁見の間の扉が開かれ兵がなだれ込んできた。
「手荒な真似はしたくなかったが、致し方あるまい。力ずくで取り押さえ、指輪を付けよ!」
「はっ!」
数人の高級武官が剣で斬りかかってきた。互いの邪魔にならず、且つ隙間のない連携。一目でわかるくらいに、よく訓練されている。
「立て直すぞ」
カズがその言葉を言い終わる頃には、二丁の拳銃を抜き、斬りかかってきた全武官の膝を撃ち抜いていた。
「おけまる水産や!」
膝を撃ち抜かれて悲痛な叫び声が上がる中、ナギは背負った直方体のバックパックから機械魔導併用式全身甲冑、通称「魔導アーマー」を即座に展開し、装着する。
全展開時二メートル五十センチもある魔導アーマーは、空間拡張、反重力魔法が施されたバックパックで携行性に優れ、安全地帯開発においても比類なき活躍を見せている。
「今のはなんだ!?」
「メタルゴーレムだと! 厄介な!」
目に映らない弾丸で攻撃を受け、ナギが纏った魔導アーマーに、武官と兵士は困惑を極めた。
「いくでぇ!」
そんな中へ、掛け声と共にナギは駆け出す。小型ながらも全身金属で覆われているため質量は半端ない。ナギの通り道にいた兵士達は、トラックにはねられたかのように飛んでいく。
「おいおい、殺しは駄目だぞ」
「大丈夫や生きとる! ……多分」
「だといいけどな。で、敵戦力は?」
「アイちゃんのサポートがないから拾いきれとらんけど、不死山二、三十層付近の魔力量が二百人てところや。ちょいちょい飛び抜けたやつもおるけど、五十層程度が十人前後。装備は上はミスリル製から下は鋼鉄製やで」
インカム越しに軽口と数値化した戦力分析をこなしながらも、カズは膝を撃ち抜き、ナギは敵兵を振り回してなぎ倒していた。
敵兵力が取るに足らないと判明した時点で、弾が勿体ないと判断したカズは二丁拳銃をホルスターに収めて、ダガーを取り出した。
なにせ、カズとナギの二人は不死山九十層の最前線を攻略している、世界有数の探索者だ。
良くて五十層程度の魔力量の敵兵など、物の数ではない。
魔物を殺せば殺すほど人は強くなる。その情報は、ダンジョンに迷い込み、戦い、生還したカズからもたらされたものだ。
数多の魔物を屠り続けて、強化された二人の力は伊達ではない。
「それなら問題ないな。各自で制圧とする。引き続き、殺すなよ?」
「あいさー!」
カズは倒れ伏す兵士の影に隠れると、忽然とその姿を消した。カズを狙っていた兵士達は戸惑うほかなく、そうしている間に方々から悲鳴があがった。
姿を隠したカズが、腕を、足を、鎧の隙間を通すように無差別にダガーを差し込んでいったからだ。制圧速度は拳銃にやや劣るものの、姿が見えない敵に、武官と兵士は恐れを抱いた。
ナギはというと、魔力消費が勿体ないという理由で、変わらず走り回って敵兵をぶん回していた。
たまに敵兵の武器が魔導アーマーを叩くものの、アダマンタイトとチタン合金製の非常に頑強なそれに傷をつけることは叶わない。
「馬鹿な……! 我が国の精兵がこうも翻弄されるだと……!」
クインス王は、屈辱と怒りに震えた。
「魔法用意! 彼奴等を殺せ!」
「混戦中です! 味方へ被害が及びます!」
「構わん! 二人程度を取り押さえられん役立たずは不要だ! 彼奴等諸共殺せ!」
「はっ! 魔法用意急げ!」
混戦を極める中で、クインス王と魔道士のやり取りを聞けた者はいなかった。が、ナギはHUDに表示される情報を見て、異常を感知した。
「カズはん、魔力反応アリや。魔法かもわからん」
「おいおい、この状況でか? 味方を巻き込むぞ」
「さあなぁ。カズはんの姿が見えへんし、それならまとめて焼き殺したろ、とかそんなんやない?」
「物騒な」
「ま、それはともかく。障壁張るさかい、こっちきてや」
「あいよ」
ナギは振り回して気絶した手に持つ敵兵を放り出すと、肩に着地したカズを優しく抱えて、お姫様抱っこに移行した。
「なあ、お姫様抱っこする意味ある? なあ?」
「気分や、気分。ああ、できれば生身のカズはんを抱えたかったわ」
「力も強化されてるし何の問題もなく抱えられそうで嫌だ」
「魔法、放て!」
本心を冗談で隠しつつ、ナギは速やかに障壁を展開した。放たれた魔法の存在を敵兵も察知していたが、逃げ場はもうなかった。
圧縮された炎弾が雨あられのように放たれて、突風の魔法が後を追う。
着弾と同時に炎が爆発し、衝撃で城が揺れた。追い討ちとばかりに突風が炎を巻き起こし、周囲が火の海と化した。城に強化の魔法が施されていなければ崩れ落ちていたほどに、強力な魔法であった。
「クッハハハハハハ! 思い知ったか、異世界の下等人種ごときが……!?」
二人は確実には死んだ。
そう思わせるほどの爆発と、炎の嵐と火の海であった。
しかし死んだと思った二人は火の海から出てきて、消火栓ホースよろしく火の海に向けて水をぶちまけ消化活動を行なっていた。カズは火が熱いと魔導アーマーの肩に座っている。お姫様抱っこは断固拒否した。
「これ大丈夫? 生きてる?」
「あー。多分生きてる。多分ギリセーフや。多分」
「多分多くね?」
「アイちゃん今忙しいから手伝ってもらえんしわからんもん。それに死んでてもウチらのせいじゃないから問題あらへん」
「あー確かに」
炎に焼かれてる兵士に向かって水をぶちまけると、水の勢いで兵士が吹っ飛んだ。
「なあ、もうちょっと丁寧にできない?」
「生きてるだけマシやと思って諦めてくれへんかな」
魔法を放った魔道士も、クインス王も、その光景に言葉が出なかった。
「馬鹿な……。馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 何故生きている!」
消化活動を概ね終えた二人は、玉座へと近づいていく。
「それはおたくらが弱かったからじゃないの?」
「黙れ! 必ずこの場で貴様らを殺してやる!」
言うや否や、クインス王はクリスタルのオーブを取り出し起動した。
玉座を中心に、王と数人の魔道士を守るように障壁が展開された。
「む、めっちゃ硬いで、この障壁。ベヒモスの攻殻より硬いで」
「へぇ」
気の無い返事をしつつ、カズは背中の長砲身の銃を手に持った。
「これぞ我が国の国宝でもある《聖域》の魔道具ッ! 外敵の侵入、攻撃は許さず、しかして内側から一方的に魔法を放てる秘宝中の秘宝ッ! これさえあれば、彼奴等は取るに足らん! 魔法用意! 彼奴等を殺せ!」
「説明どうも」
カズは無感動に、粛々と手早く準備動作を行なっていく。
体に固定されたスリングを外し、長砲身の銃を手にする。安全装置を外し、膨大で瞬発的な電力の供給源である魔導術式装置を起動する。
装置の起動確認ができたら、後は構えて狙って引き金を引くだけ。
魔法準備をしている敵に猶予を与える必要もなく、カズは引き金を引いた。
空間拡張が施されたアダマンタイト・チタン合金製の長砲身の中に敷かれた、魔力と電導性の非常に高いミスリル・オリハルコン合金製の二本の長いレールに、電力と投射体であるアダマンタイト弾が走って、銃口から飛び出した。それと同時に反動抑制装置が働き、可能な限りの反動を殺し、使用者であるカズの負担を減らした。
要は、レールガンをぶっ放した。試験運用されていた技術を、未知だった金属の利用と魔法技術の力技が、実戦投入を可能な段階へと一気に引き上げた。しかも生身の体で撃てるものとして。
音速を超えて飛ぶ弾体は障壁をいとも容易く撃ち破り、城壁を貫き、空の彼方へと一瞬で消えていった。置き土産とばかりに、衝撃と共にクインス王の右腕とオーブをミンチにした上で。
クインス王は片腕を失ったというのに、幾ばくかの時、何が起こったのかわからないでいるようだった。
「ぎゃああああああ!!!」
虎の子である《聖域》による障壁を破壊された衝撃は計り知れない。魔道士は顔面を蒼白にし、抵抗の意思はもはやない。
抵抗せよという命を受けたとしても、拒んですらいたかもしれない。その命を出す人間は、今は地面でのたうち回っていて、それどころではなさそうだが。
カズは無慈悲にクインス王の腕を踏み、地球ダンジョン産の回復用ポーションを傷口にぶちまける。
血は止まったが、痛みはまだ完全には引いていないようだった。クインス王の顔は、脂汗や涙や鼻水で酷い有様だ。
カズは足をどけると、しゃがみこんでクインス王に優しく話しかけた。
「さて、国王陛下。この落とし前、どうつけてもらいましょうか」
カズは胡散臭い笑みを浮かべた。
クインス王は恐怖に顔を歪めた。
♢
カズとナギは城を出て城下町へと下り、比較的高価な宿で身を休めていた。
あの後、結局幾ばくかの慰謝料と条件にて手打ちとなった。
慰謝料は、二人で半年は何もしなくても暮らしていける程度の金額を求め、それは快く承諾された。
条件の方は、次のとおりとした。
・これからは私利私欲のために召喚を行わない
・今回の戦いで怪我をした兵士や武官を手厚く看護し、後遺障害により働けなる者には年金を与えること
・慰謝料と年金の補填のために、税を不当に課さないこと
・侵略行為をやめ、可能な限りの善政を敷くこと
・カズとナギの二人に追っ手を差し向けない、用もなく接触しない
上記に法的拘束力は全くなく、しかも相手は権力者の中の権力者。表面上は頷いておいて反故にする可能性もあったため、隷属の指輪を自主的に嵌めてもらった。そう、自主的に。それも隷属先はカズにするという大変素晴らしい文句の付け所のない誠意を見せてもらった。そこには二人の意思は何ら介在していない。そういうことになっている。
これで日本に戻って今回の件が明るみになったとしても、誠意ある対応を先方が自主的にとったため、問題には問われない。はずだ。
正直なところ、やりすぎた感は否めない二人だった。
「魔法陣の解析が完了しました」
「意外と時間かかったな」
「魔法陣が緻密で複雑なため、想像以上に手間取りました。ですが地球上で見た魔法陣と儀式の間の魔法陣を両方記録できたお陰で、世界間における座標の特定がある程度できました。これで不死山第九十層の休憩地帯を送還地点に設定できます」
「ようやった、ご苦労さん。んで、ほかには?」
「魔法陣の起動に必要な物と、条件が判明しました。順に説明します。まず必要な物は、不死山七十層相当のボスの魔石が一つ。それと、人の魂が入った魂石です」
「魂石か。聞くからにヤバそうなやっちゃな」
「人の命が関わってきそうだしな。必要なものはそれだけか?」
「はい。魔石程度は、お二人なら簡単に入手できるでしょう。しかし、魂石は入手手段に検討がつきません」
「最悪、城で聞いてくるか……。ま、それについてはおいおい考えよう。それで、条件というのは?」
「魔力が強まる、雲の掛かってない満月の日の夜九時です。月に一回だけの機会ですが、難しい内容ではありません。魔法陣も問題なく描けますし、魔法陣の図のデータもバックアップを作成済みです」
今のところ、帰還の障害となりそうなものは魂石くらいだ。
これは想像以上に早く日本への帰還を果たせるかもしれないと、カズは残念に思い、ナギは安堵した。
「それと、今回記録した魔法陣を基に、不死山第九十層の安全地帯と通信ができる魔法陣を作成しました。こちらも満月の日の夜限定ではありますが、ある程度の質の魔石のみで通信が可能になります」
「生存報告は必要やしな。アイちゃん、ホンマにご苦労さん」
ナギはアイを労い、サングラス形状のHUDの縁を撫でた。
「よし、明日からの予定が決まったな」
カズの言葉にナギは頷き、アイは「はい」と返した。
「零隊、ダンジョン攻略だ。魔石をゲットするぞ」