マジでハムスターに命狙われてる
公太郎「マジでハムスターに命狙われてる」
幸志「先輩、しっかりしてくださいよ。もう秋になりますよ」
公太郎「暑さでどうかしたんじゃない。信じてくれ幸志くん」
幸志「どう思う?」
裕子「信じるかはさておいてー」
公太郎「さて置かないでくれ」
裕子「ハムスターって可愛いじゃないですかー」
公太郎「可愛いくなんかない。命を刈り取る形をしているんだぞ」
裕子「大げさですよー。あ、お昼行っきまーす」
公太郎「待て!」
裕子「なんですかー」
公太郎「三人で食べよう。幸志はお前が好きなんだ、付き合ってやってくれ」
幸志「先輩!なに然り気無く暴露しちゃってくれてんすか!」
裕子「いいですよー」
幸志「いいの!?」
公太郎「ふう……」
幸志「本当によかったの?」
裕子「ご飯くらい別にいいよー」
幸志「でも、ラーメンだよ?」
裕子「わたし豚骨好きー」
公太郎「はあ……」
幸志「先輩、さっきから何なんすか。ラーメンくらいすぐ来ますって」
公太郎「しっ。ガラス窓の向こうにいる」
幸志「え?」
公太郎「ほら。灰色のジャンガリアンハムスターだよ」
裕子「いなくなーい?」
幸志「だよな」
公太郎「いる。こっちを見てる」
幸志「先輩怖いからやめてください」
公太郎「俺だって怖いよ!」
幸志「しっ!みんなびっくりしてます!」
公太郎「怖い……怖いんだよ」
裕子「よしよし。おじさん元気だしなー」
幸志「いいなあ」
公太郎「ハムスターも煮込まれたらいいのに」
幸志「何でいきなりそんな可哀想なこと言うんすか」
公太郎「お前はラーメンの出汁や具材にされる動物たちを可哀想と思ったことが一度でもあるか?」
幸志「や、そりゃ、多分なっすけども」
公太郎「それはエゴだよ君」
幸志「そっすねえすんません」
裕子「いただきまーす」
幸志「いただきます」
公太郎「あああ……!」
幸志「なんすか。いちいち大声出さないでください」
公太郎「見て。ゆで卵が欠けてる」
裕子「そうですねー」
公太郎「ハムスターがかじったんだ」
裕子「そうですねー」
幸志「いやいやねっすわ。たまたまっしょ」
公太郎「知らないのか?ハムスターは雑食で、動物性たんぱく質を摂取するためにゆで卵の白身を食うんだ」
幸志「これ煮卵っすから、味ついてるから食わないっしょ」
公太郎「そうか。ふう、焦ったな」
裕子「はやく食べましょー。このあと外回りですよー」
公太郎「今日だけでも付いてきてくれ」
幸志「嫌っすよ。俺には裕子ちゃんを新人教育しなきゃならないんす」
裕子「じゃあ三人で行きましょー」
幸志「裕子ちゃん。楽しんでない?」
裕子「ハムスターにビビる上司とか面白くない?めっちゃバズってるよほらー」
幸志「やめなさい。本人の前でSNSに上げたらだめっしょ」
公太郎「いや、もっと拡散してくれ。何か情報が得られるかも知れない」
幸志「ねえわ」
裕子「じゃあ、上司がハムスターの忍者に狙われてるからアドバイス求む、て書いときまーす」
公太郎「忍者じゃない。ジャンガリアンハムスターは哺乳網齧歯目のヒメキヌゲネズミだ」
裕子「情報入りましたー」
幸志「はえーな」
公太郎「本当か!教えてくれ!」
裕子「ジャンガリアンハムスターのジャンガリアンは、古代ヘブライ語で悪魔の使者って意味だってー。知らなかったー」
幸志「ねえわ。ガセネタじゃん」
裕子「でも信じてるよー」
公太郎「信じるよ。納得がいった」
幸志「もうやめてあげて。マジ可哀想になってきた」
公太郎「ひい……ひい……」
幸志「ちょ、引っ付かないでください」
公太郎「会社までの帰路を狙って襲って来るかも知れない」
幸志「あり得ないっすから」
裕子「カップルみたいでうけるー。写真上げていい?」
幸志「俺も怒るよ?」
公太郎「ああ!」
幸志「うっせ!」
公太郎「ブロック塀の上にいる!」
幸志「もーどこっすか」
公太郎「ほら、何か植物はみ出てるところ。葉っぱに隠れてこっちを見てる」
裕子「ここですかー」
公太郎「近づくんじゃなーい!逃げろー!」
裕子「いないですよー」
公太郎「頭を上げた!こっちに来い!来い来い来い来い来い来い!!」
裕子「ちょっと引くかもー」
公太郎「裕子さん。俺の、いや、幸志くんの側を離れるんじゃない。分かったね」
裕子「はーい」
公太郎「幸志くんも、ちゃんと新人の面倒を見るように」
幸志「はっす」
公太郎「車のなかには……いないな。よし」
幸志「はやく行きましょう」
公太郎「今日は足を伸ばして隣町の寺と神社を訪問するぞ」
幸志「はっす」
公太郎「まずは大文寺に向かう。聖明太子と縁のあるすごい寺らしい」
裕子「聖明太子って、百人の臭いを嗅ぎ分けられるすごい人でしょー」
公太郎「よく知ってるね。それで病気が分かるってもんだからみんながああ!」
幸志「いって!ちきしょう!」
公太郎「大丈夫か二人とも!」
幸志「なんで急ブレーキ踏んだんすか」
公太郎「ハムスターが横断歩道で煽ってた」
幸志「あああああ!くっそ!」
裕子「イライラしないの。落ち着きなよー」
公太郎「嘘じゃないぞ。ほら、くしくし、てやつ、何だっけか?」
幸志「毛繕いっすか」
公太郎「そう。毛繕いしてたんだ」
幸志「じゃあ仕方ないっすね。分かりましたよ。もうはいはい、で、今は?」
公太郎「逃げた。轢き殺すべきだったな」
裕子「動物虐待はんたーい」
幸志「人も車もない路地で良かった。下手したら事故っすよ」
公太郎「ごめん。気を付ける」
裕子「このお寺なんかヤバーい」
幸志「そういうこと言っちゃだめっしょ」
裕子「だって入り口が墓地だよー」
公太郎「まるで肝試しだ。用心しよう」
幸志「ハムスターは幽霊なんすか」
公太郎「いや生き物だ」
裕子「曇ってきたねー。雰囲気ヤバめー」
公太郎「やっぱりだ!」
幸志「今度はどこっすか」
公太郎「大正さんのお墓だよ。お供え物の林檎を食ってる」
幸志「まあ、林檎は確かに欠けてますけど」
公太郎「気付いて逃げた。ちくしょう!待ち伏せされていた!」
幸志「いないんなら行きましょう、ね」
公太郎「左側を歩いてくれ」
幸志「はっす」
裕子「こんちわー」
公太郎「挨拶くらいきちんとしなさい!ほら幸志くん!」
幸志「ちゃっす!すーませーん!」
公太郎「まったく最近の若者は……」
幸志「誰もいないっすね」
裕子「ピンポン十回くらい押しましたよ」
公太郎「二度とそんなことしないように……まさか」
裕子「え?」
公太郎「住職はハムスターにやられた!逃げるぞ!」
幸志「ちょちょ先輩!先輩てば待って!」
裕子「走ると危ないですよー」
住職「おやま、どちら様かな」
公太郎「おお!ちょうどお帰りですか!今すぐ逃げてください!」
住職「はい?」
公太郎「落ち着いてください。敷地内にハムスターがいます」
住職「ハムスターですか」
幸志「すんませーん。へへ、先輩、なんか朝からおかしくって」
公太郎「俺はまともだ!」
住職「お疲れのようでしたら、少しお休みになりますか?」
幸志「やいいっす」
住職「そうですか」
裕子「わたしたちトイレットペーパーの訪問販売してましてー。般若心経を書いたトイレットペーパーなんですけどー。匂いも線香くさくてー」
公太郎「やめなさい裕子さん。もいいから」
住職「ほお、あなた方が噂の」
裕子「有名でしょー。ここでもぜひ置いてくださーい。いま結構ネットでバズってるんですよー」
住職「そうですね。考えておきましょう」
公太郎「あぶない!」
住職「ぎゃふん!」
幸志「先輩!なんでいきなり住職さん突き飛ばすんすか!」
公太郎「ハムスターが走ってきた」
幸志「ああ!?」
公太郎「ハムスターが、住職さんの足に噛みつこうとしたんだよ」
幸志「マジですんません。大丈夫ですか」
住職「お気になさらず」
公太郎「そうかこれだ!住職さん!」
住職「はい?」
公太郎「ハムスターは匂いにつられて襲ってきたんです。このエコバッグのなかにある食品です」
住職「え!」
幸志「先輩!なんで他人のエコバッグ投げるんすか!頭おかしいってマジで!」
公太郎「今のうちに家に逃げてください!はやあく!!」
住職「は、はいい!」
幸志「ちょ、住職さんマジビビりで逃げちゃいましたよ」
公太郎「これでいいんだ」
幸志「よくねーよ。どうすんすか。苦情バリバリきますよ」
公太郎「さっきから何を笑っているんだ!笑い事じゃあない!」
裕子「ふぇ?」
幸志「空気読んで。俺もう疲れたから」
裕子「今の動画上げていいですかー?」
幸志「録ってたの!?消せ!はやく!」
裕子「はーい」
幸志「裕子ちゃんも、もしかしたら首になるかもよ」
裕子「それは困るなー。この仕事めっちゃやりがいあるしー」
幸志「やりがいあるか?どこらへんに、ちょ、ちょちょちょ先輩!」
公太郎「はやく乗れ!」
幸志「置いて行こうとしたっしょいま!」
公太郎「ごめん。気が動転してた」
幸志「思わず前に飛び出したけど、マジで死ぬかと思ったわ」
裕子「せーふ」
幸志「空気読んでって」
公太郎「じゃあ行くぞ。ハムスターを中に入れていないな」
幸志「ねっす」
公太郎「…………よし」
幸志「そもそも先輩、ハムスターが車に着いてこれるわけねっしょ」
公太郎「野生のハムスターは、奴らは元々、獲物を求めて数十キロも移動する恐ろしいハンターなんだ」
幸志「へえ、詳しいっすね」
公太郎「敵を知らなければ勝ち目はないからな」
裕子「ねーねー。次はどこ行くんですかー」
公太郎「このまま山の上まで行く」
裕子「わー海だー」
幸志「高いところから見るとやっぱ景色いいわ」
裕子「だねー」
公太郎「窓を開けるな。ハムスターの侵入を許すことになる」
裕子「はーい」
公太郎「うおあ!」
裕子「きゃあー!」
幸志「先輩危ない!真っ直ぐ走って!」
公太郎「フロントガラスにハムスターが降ってきた!丸い尻尾があるよほら!」
幸志「ガードレール破ったら崖の下っすよ!」
公太郎「分かってる!ワイパーをくらえ!」
幸志「はあ……はあ……止まった。向こうから車きても死んでたっしょこれ」
裕子「スリルあったねー」
幸志「裕子ちゃんメンタル半端ねえな」
公太郎「決着をつけるしかないか」
幸志「先輩!こんなとこで降りたら危ないって!山道のカーブは洒落なんないって!」
公太郎「ハムスターは落ちた。重症のはずだ」
裕子「なら病院に連れて行ってあげよー」
公太郎「だめだ」
幸志「そんまま逃げちゃいましょうよ」
公太郎「それもだめだ。息の根を止めるチャンスなんだ」
裕子「あーあ。行っちゃったー」
幸志「俺もう知らね」
公太郎「うあああ!!」
裕子「ヤバっ!見て!」
幸志「あ?」
裕子「ズボン破けてない?それにー公太郎さんの足についてるあれー」
幸志「え?」
裕子「あのグレーの饅頭。ジャンガリアンぽくなーい?」
幸志「マジでハムスターに命狙われてる」