シーサイドビュー
初投稿です
うだるような暑さだ。汗で濡れたtシャツが僕の肌にまとわりつく。排気ガスをもくもくと出しながらたくさんの車が僕の横を通り過ぎていく。気分は最悪、とても夏休み初日にふさわしいと言えるようなものではなかった。
しかし、それも丁度いいのかもしれない、受験生の夏休みとはこれまでみたいにプールに行ったり花火大会に行ったりするものではないのだ。
高校受験を半年後に控えている僕はいつもどこかイライラしていた。メガネに指紋がついてるとか、ポケットの中でイヤホンがぐちゃぐちゃになってるとか、そんな些細なイライラが積もりに積もって今僕の中で弾けそうだった。当時の僕には「刺激」が必要だった、この退屈な毎日をバラバラにしてくれるような「刺激」が。
ふと足元を見ると蝉が死んでいた。きっとこの暑さにやられたんだろう。せっかく7年間も土の中にいたのにこんな死に方をするなんて考えてなかっただろうな。そう思うと何故か自分がその蝉に重ねられるような気がして不安になった。
僕の母はいわゆる「教育ママ」というやつで僕がテストで点を取れなかったり、忘れ物をしたりするととても怒った。家に入れてもらえないとか、夕飯を作ってもらえないなんかはしょっちゅうだった。父は基本的に母の「教育」に口は出さず僕はいつも母に怯えていた。ああ、きっと僕が受験に落ちたら母は僕のことを見限るだろうな。そしたら誰も僕のことを気にしなくなって僕はこの蝉みたいに野垂れ死ぬんだ。そうに違いない。
トボトボと歩いていると海沿いの道に出た。この道は好きだ。陽の光に照らされた海面がゆらゆらと楽しげに踊っている。5分ほど歩いて横断歩道の前のガードレールで立ち止まる。オレンジ色の光に照らされながら潮風を浴びていると突然涙が溢れてきた。なぜだか僕にも分からなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
遠くの空に呼びかけるような声が聞こえた。
振り返るとそこには女の人が立っていた。西日を浴びた彼女は透き通ったガラスのように綺麗で、僕は言葉を失った。
「何かあったんですか?...こんなところで立ち止まって。」
彼女は赤子を抱きかかえるように丁寧に、そしてゆっくりと話した。
「いや、その、夕日が綺麗で。それを見てたらなんだか泣けてきちゃって。だから、その、大丈夫です...」
僕は困ってしまってどこに視線を向ければいいのかわからなくなった。そんな僕を見て彼女は人目もはばからずに大口を開けて笑った。それは決して僕を嘲るようなものではなく、むしろ愛らしいものを見て思わず笑いがこみ上げたような感じだった。一頻り笑いきった後彼女は言った。
「ごめんね!こんなに笑っちゃって。」
「いや、あの、ぜんぜん気にしてないです。大丈夫です。」
「でも私もちょっと分かるな。胸がジーンと熱くなって涙が出ちゃう気持ち。たまにあるよね、ちょっとしたことで涙が出ちゃうほど疲れてる時。身体を壊さないように気をつけてね。」
その瞬間、僕の体の中を凄い速さで風が通り抜けた気がした。
「あ...はい、そうですよね。」
「うーん、なんだか元気ないねえ。あ、そうだ。これでも食べて元気出して!」
彼女はそう言って麻ひもで編まれた小さなカバンから青い飴玉を一つ取り出して僕に渡した。
「あ、ありがとうございます。あとごめんなさい。その、こんなに世話焼いちゃってもらって...」
「いーのいーの、気にしないで!じゃあ私行くね」
そう言って彼女は嵐が去るようにして立ち去っていった。埃の匂いだけが残った。
僕は少し立ち尽くして、彼女からもらった飴に手を出した。飴の包みを開けるとカサッと小気味いい音がした。小さな宝石みたいな飴玉を口に入れるとシュワッと爽やかな味が後頭部の方に抜けていった。風が吹き抜おけて
、どこからかウミネコの鳴き声が聞こえた。
それが夏が始まった合図な気がした。
ありがとうございました