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第三話

 

「あーくん、カバン開きっぱなしだよ?」

「こら、アキラ!ワタクシを置いていかないでくださいませ!」

「晃すごい汗かいてるよ~あたしのタオル貸そうか?」

「あ、晃さん、先ほどは本当に、あ、ありがとうございます!」



 ――どうしてこうなった。


 晃は心中で盛大にため息をついた。


 晃は現在、四人の美少女に囲まれながら下校というイベントの真っただ中にあった。彼の前後左右を歩いているのは、結華、月、夏花、小夜の四人である。

 彼らの様子は、同時刻に下校をしていた生徒やグラウンドで汗を流していた部活動中の面々から大いに注目を浴びていた。


 嫉妬。羨望。奇異。絶望。敵意。


 ほとんどの視線にはそんな負の感情が込められており、その対象は当然晃である。


 どうして晃がこのような状況に陥ったのか、それを語るには凡そ三文程で事足りるだろう。


 夏花と小夜の手伝いを終えた晃が二人と合流したところ、ちょうど顧問への報告を終え帰宅しようとしていた月が合流。

 次いで、晃から一緒の下校を断られたため図書室で読書に勤しんでいた結華がちょうど帰宅しようとしたところで四人と遭遇。

 夏花の、皆で一緒に帰ろう!発言により五人での下校が確定された。


 そんな出来すぎなほどに都合の良い展開によって、晃は無事ハーレム下校という偉業を達成することができたのである。

 それはまさに主人公補正。本人の意図とは無縁に発生する、強制イベント。



 これだけでも晃の主人公力の異常性は分かるが、彼の力はさらにその上を行く。

 それは、


「あ、おにいちゃん!」


 校門前から聞こえる、異様なほど甲高い声。

 それを発しているのは、高校というこの場には相応しくないほど小柄な女の子。

 ツインテールにベレー帽。真っ赤なランドセルには防犯ブザーと女児向けアニメのキャラクターを模したキーホルダーがぶら下がっている。


 この女の子の名前は、朱神 天(あかがみ そら)

 苗字から分かる通り、晃の妹である。しかもただの妹ではない。義妹だ。ラブコメの定番、義妹である。

 幼さの中にも将来の開花を予期させる可憐な顔立ちは、どう見繕っても平凡の域を抜け出せない晃のそれとは比べ物にならない輝きが秘められている。

 そんな幼い少女は、磨かれたビー玉のようにキラキラと瞳を光らせながら晃に駆け寄り、晃の前に立っていた夏花を押しのけて彼に勢いよく抱き着いた。


「そらだーいぶ!」

「うぉっと!…そ、天!いきなり抱き着いたら危ないだろ!」

「えへへぇ、ごめんなさい。おにいちゃんを見つけたからうれしくて…」


 口では謝りながらも晃の体にすりすりと頬ずりするその様は、どう贔屓目に見ても反省の色は見られない。

 そんな空に晃は困惑顔を、夏花は不満顔を向ける。晃が何かを言う前に、夏花が天に言い寄った。


「ちょっとちょっと天ちゃん!あたしを押しのけて晃に抱き着くだなんていったい何事なのかなぁ!?」

「あ、なっちゃんいたんだ。やっほー」

「いたんだ~…じゃ!な、い、の、よ!」

「ひ、ひはひひはひ!はふけへほにいひゃん!」


 夏花は天の両頬をぐりぐりとこねくり回しながら叱りつける。

 その光景は、さながらやんちゃな妹を窘める姉のようで。二人が美少女姉妹と言われても違和感のないものである。むしろ晃が兄だと言った方が、何も知らない第三者からは疑念の目を向けられるかもしれない。


 じゃれ合う小さな二人の元に、笑顔の結華が近づいた。


「天ちゃん、こんにちは」

「あ!ゆいお姉ちゃんだ!そらだーいぶ!」

「わわっ!…ふふ、天ちゃんは今日も元気いっぱいだね」


 慈愛に溢れた笑顔で胸に飛び込んできた天の頭を撫でる結華。天も心地よさそうに顔を緩めながら結華の胸に頬ずりをしている。先ほどの夏花に対する態度とは天地の差である。


「ちょ、ちょっと天ちゃん!あたしには生意気な態度の癖にどうして結華にはそんなにデレデレしてんのよ!」

「えー、だってそれは…ねぇ?」


 そう言いながら夏花と結華を交互に見比べ、「はんっ」とわざとらしくため息をつく天の頬を夏花は再びぐりぐりとし始めた。


「こんのぉ!なんなのよその人を小馬鹿にした態度はぁぁ!?」

「ひっ、ひはいっへぇ!ふいほねぇひゃんたふけてぇ!」

「な、夏花ちゃん、もうそのくらいにしてあげて?天ちゃんも悪気があるわけじゃないから…」

「結華…でも…」

「はやくはなひへよ、ナイチチ!」

「悪気しかないじゃいないのよ!」

「こ、こら天ちゃんもそういうこと言わないの!」


 などと三人が楽しそうにじゃれ合っている光景を、月と小夜は放心したように見つめていた。暫くして先に我に返った月は晃の制服の襟を掴みながら彼を問いただし始めた。


「あ、あ、アキラ!あ、アナタあんなに可愛らしい妹さんがいらっしゃったのをどうして教えてくださらなかったの!?」

「え、えぇ?それは、今まで聞かれたことがなかったもので…」

「アナタのことはたとえ聞かれなくても全てワタクシに教えるのが当然でしょう!」

「そんな理不尽な!?」


 それからも「将を射んとする者はまず馬を射よと言いますのに」「あの二人に完全に出遅れてしまっているじゃありませんの!」などと呟きながら未だ晃の襟首を締め上げ続ける月は段々と青ざめていく晃に気付く様子はない。

 いい加減「ちょ…止め……無理………死ぬ…このゴリ…」とダークな本音が思わずポロリしそうな晃を救ってくれたのは、


「あ、あの、生徒会長さん!あ、晃さんが、窒息しちゃいますよ!」

「――はっ!す、すみません、アキラ!だ、大丈夫ですの?」


 ようやく我に返ってきた小夜の一言であった。

 正気に戻った月が慌てて手を離したことでようやく解放された晃は咳き込みながらも「だ、大丈夫ですよ」と笑顔で返事をした。その胸中でどう思っているかは先ほど漏らしかけた言葉から簡単に推し量れるが、幸いなことに二人がそれに気づいている様子はない。

 少しして落ち着いてきた晃に対して小夜はおずおずと話しかける。


「あの、晃さん。とてもか、可愛らしい妹さん、ですね」

「ん?あぁ、俺にはもったいないくらいの可愛い義妹だよ」

「で、でもあの…し、失礼かもしれませんがその…あ、あまり晃さんとは似ていないと言いますか」

「あぁ、そりゃそうだよ。天は妹は妹でも義理の妹だからね」

「あ、そうなんでs「なんですって!?」あっ、また…」


 小夜の言葉を遮ったのは月による再びの襟首掴み上げであった。

 月は晃の頭をぶんぶんと振りながら興奮した様子で晃を問いただす。


「じゃあソラさんはアキラのぎ、義妹(ぎまい)ということですの!?」

「そ、そうですよ。五年前に親父が再婚してできた、い、義妹(いもうと)です!というか、は、離して…」

「なんてことですの!?」


 それからも「実の妹なら安心と思ってましたのにまさか義妹だなんて」「もしかしてソラさんもアキラのことを…?」「だとしたらこれはとんでもないライバルが」などと呟きながら未だ晃の襟首を締め上げ続ける月と、そんな彼女を止めようとオロオロしている小夜。

 そんな二人は「ふざ…死ぬって……いい加減に……握力お化け…」とそろそろ本音がボロンしそうな晃の言葉には気づいていないようだった。




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