第二話
「あれ、晃じゃん。こんな時間に何してんの?」
「あ、晃さん!き、奇遇です、ね」
月から解放された晃は迷いなく学校の玄関へと向かったにも関わらず、彼は二人の美少女と遭遇した。してしまった。
一人はTシャツに短パンと動きやすい服装をした、小柄な少女である。
栗色で短めの髪を後ろで小さく縛っており、頭頂部に生えた一房のアホ毛は少女が体を揺らす度にぴょこぴょこと可愛らしく動いている。
彼女の名前は、最上 夏花。
日に焼けた肢体と可愛らしい顔立ち、笑った時にチラリと見える八重歯が魅力的な美少女だ。見た目通りのスポーツ少女であり、陸上部に所属している。
体型は中学生と言われても違和感がないほど凹凸の少ないものではあるが、服の隙間から見え隠れする日焼け跡が本人の無防備さも相まって健康的な色気を醸し出している。
快活で社交的な性格をしており、友達も多い。
一方で、もう一人の少女は夏花とは対照的な女の子である。
170センチの晃よりもさらに高い身長の持ち主だが、おどおどとした態度や表情が内向的な性格を思わせる。
彼女の名前は、瀬川 小夜。
ボサボサの黒髪をポニーテールにまとめ、ブレザータイプの制服をきっちりと着こなしている。制服越しにも分かる豊満な体つきは、意図せずすれ違う男子生徒の目線を釘付けにしてしまう。
しかし見た目とは相反して、彼女自身はとても人見知りだ。人前に立つのが苦手で、基本的には人と目を合わせようとしない。そんな自分を克服するため、彼女は演劇部に所属している。
そんな二人と、晃は生徒玄関の前で出会ってしまった。
「よぉ、夏花、小夜。お前たちこそ二人揃って何してんだよ」
晃は二人に疑問を投げかける。
対照的な存在である夏花と小夜。そんな二人が一緒にいることは、何も知らない者が見ると違和感を覚えるかもしれない。しかし、二人はとても仲が良かった。
趣味嗜好が似通っており、自分たちの好きな人さえも同じ。そんな二人が、晃を介して仲良くなるのに時間はかからなかった。今では互いに『さぁちゃん』『なっちゃん』と呼び合う仲である。
そして、それは晃も承知の事実である。
晃の質問の意図はそこにはない。
互いに違う部活動に所属している夏花と小夜だ。そんな二人が、部活動の活動時間である放課後に二人揃っていることに対して疑問を持ったのである。
「あたし、今日は部活が休みだったからさぁちゃんの手伝いをしてたの」
「え、でもその格好は…」
「あ、これ?うーん…制服って堅苦しくてあんまり好きじゃないんだよね」
だから着替えちゃった。と、ウインクをしながら小さく舌を出す夏花の姿はあどけなさも相まって非常に可愛らしい。
しかし晃は、
「ハハ、夏花らしいな。んで、小夜は何の手伝いをしてもらってたんだ?」
そんな夏花を一瞥した程度で、早々に小夜へと目線を移した。夏花は晃に少々不満げな顔を向けるが、当然晃はそれに気付いた様子を見せない。
「あ、えと。なっちゃんには、え、演劇部の募集ポスターを、貼るのを、手伝ってもらっていたんです」
「募集ポスター…あぁそうか、今は新入生の勧誘時期だもんな」
つい先日、新入生にとっての入学式と、晃たち二年生、及び月たち三年生にとっての始業式が行われたばかりである。今は多くの部活動による新入生の勧誘合戦が繰り広げられている。
小夜が今行っているのはその活動の一環であろう。
運動部は持ち前の活気や積極性によってガツガツと新入生の勧誘に取り組める者が多いが、文化部ではそれができない者も多い。小夜も性格上、それができない者の一人である。
そのため彼女はポスター貼りによって演劇部に貢献しているということだろう。
「でもさ、部長さんもヒドいよねー。さぁちゃん一人にポスター貼り任せるなんてさ。学校中って、いったい何枚貼ればいいと思ってるんだか」
「い、いいのよ、なっちゃん。わ、私にはこれ位しかで、できない、から」
「…さぁちゃんがいいならいいケドー…ま、あたしも手伝ってるし、すぐに終わるでしょ!」
夏花は演劇部部長への不満を口にするが、小夜はそんな彼女を宥める。
瀬川小夜は、とても優しい少女である。
人からの頼まれごとは断らないし、助けを請われれば迷いなく人に手を貸すことができる。
今回の仕事に関しても、彼女は心の底から不満など抱いていない。それが、彼女という為人なのである。
一方その頃、麗しき友情を展開させる美少女たちの目の前にいるこの男はといえば、
――うっわぁ。七面倒くさい現場に遭遇しちまった。
心の底から不満を抱いていた。
晃からすると、ようやく生徒会の手伝いから解放され、さぁやっと帰れる!という所で、また新しい面倒事に遭遇してしまったのだ。帰りが遠のいてしまったと感じたのも無理はない。
ここで、彼女たちは放って帰ってしまえば問題はないだろう。彼女たちは別に晃に手伝いを求めるような仕草は見せていない。
それに小夜の手にあるまだ貼られていないポスターの束を見るに、全てを貼り終えるまでにそこまでの時間はかからないだろう。
だが、それでも、
「…よかったら、俺も手伝うよ」
それを無視できないのもまた、晃なのである。
善意からではない。彼は、彼の定めた己の中の絶対的な規則に従ったまでである。
小夜は、驚き半分と、期待半分といった表情で晃に目を向ける。
「え、い、いいんでしょうか?ご迷惑にはなりませんか?」
「迷惑なんかじゃないって。これから予定もないし、手伝わせてくれよ」
「で、ですが…」
「…ほら、俺が半分やるから!」
ポスターを渡し渋る小夜に対して、晃は優し気な表情で、半ば強引にポスターを分けてもらう。
小夜は頬を赤らめ、俯きながら「ありがとう…ございます」と小さく呟いた。
晃は小夜からまだポスターを貼っていない場所を教えてもらうと、「じゃ、こっちは任せとけよ!」と言い置き、駆け出していった。
そんな晃の後ろ姿を、二人の少女は恍惚とした表情で見つめていた。
「や、やっぱり晃さんは、優しい、ね」
「…うん。何の見返りもないのに、手伝ってくれるし。それに、あたしたちのことを、変な目で見ることもないしね」
「うん。そんな晃さんだから、こそ」
「あたしたちが、好きになったんだもんね」
美少女であるが故に、彼女らに向けられる視線は純粋な好意だけではない。醜悪で、欲望に塗れた、下劣な視線を向けられることも珍しくはない。特に異性からは差異はあれどそういった類の視線を向けられることが多い。
そんな中で、晃が彼女たちに向ける視線には、そういったものは込められていない。
それは晃が彼女らに対してなんら特別な感情を抱いていないからであるが、彼女たちがそれを知る由はない。ただ、自分たちを好奇の目で見ることのない、誠実な男として映る。
それこそが、晃にとって受難となるとも知らずに。




