グリーンネイル
私たちは白や黒には程遠い、緑のきずなで結ばれている。赤でもなければ青でもないその色は、お互いにゆるしあうことをゆびきりする私たちの爪に宿っている。人間の体にはあまりにも不似合いな、芝の緑より濃い緑は二人で選んで買ったものだ。先生に見つかったら怒られてしまうから、私たちは服の袖をむりに伸ばして、指先を見せないように隠す。だから、二人のひそかな同盟は白黒写真で見たって一目でわかってしまう。だって私もイチヤも服の袖が不自然にだるだるだから。
自分のからだを大事にしていない時、からだが弱りきっている時、ふだんなら何でもない、どこにでもある菌が爪の色を緑に変えてしまう。そう教えてくれたのはイチヤのお姉さんだった。イチヤの部屋で「ないしょだよ」と言いながらお姉さんは親指に爪の先に浮かんだ緑色を見せた。それはカビのような色で、爪の表面もぼろぼろに見える。お姉さんは苦笑いをして「失敗しちゃったのよ」と爪を天井の照明にかざした。
「おしゃれで爪にいろいろと塗っていたんだけどね、こうなっちゃって。しばらくは控えてくださいってお医者さんに言われちゃったよ。でも、こんな汚い爪を見せたくなくてさ。上から緑を塗ったんだよ。ママに見つかって、怒られて、すぐ落としたんだけどさ」
私もイチヤも学校に友達がいなかった。二人で廊下を歩いているだけで、みなは避けた。派手な男の子が話しかけてくることはあった。でも、私とイチヤがすげなく断ると、もう二度と近寄ってこなかった。先生はたびたび私たちの服装や髪の色を注意した。イチヤは持ち込んだ携帯機器を操作しながら「次からは気を付けます」と言う。先生がこちらを見るので、私も同じことを答える。それだけで義務を果たしたかのように、先生は去ってゆく。
私は赤色が好きだった。イチヤは青色が好きだった。私たちの身体にはまだ大きすぎる赤や青の服を見て、値札を見て、顔を見合わせる。だけれど、私たちは今すぐそれがほしかった。布地が少なくて、薄かったけれど、防御力が高いように見えたから。
指輪が欲しかった。ごつごつとしているものを。いかにも硬そうで、武器になりそうだったから。
ピアス穴が欲しかった。そして重たいピアスを。いかにも怖そうで、威嚇になりそうだったから。
そして二人で、武器と防具に身を固めて、明るい街に繰り出す姿を想像しながら、家路をたどる。私は赤の、イチヤは青の服を着て、もう何も怖いことはないのだと、ひそかにゆるしあう必要もなく、何をしてもゆるされる時がくるのだろうと語り合っていた。
ネールアートをしたいと言い出したのはイチヤだった。店までの道を歩きながらイチヤは「お姉ちゃんの爪ね、割れちゃったの」と言った。
「弱っているところを隠すために何度も何度も上から覆ったから、それでますます傷ついてだめになったんだって」
イチヤの案内についてゆく。店に入って、ネールアートのコーナーに進む。
「あの爪の色、すっごく気持ち悪く思った……きっと私もそんな色をしていると思った。だから欲しいと思った」
たくさんの色がそこにあった。赤も青も、ラメできらきらしているものも。だけれど私たちは緑を選んだ。赤よりも青よりも人気がなくて、売れ残っている緑。カビの色より濃い、何にも耐えられない弱さを隠せる緑を。
イチヤの部屋でふたり向き合って足を崩した。最初はイチヤが私の手を取った。「おねえちゃんがしてくれたのを、覚えているから」瓶のふたの内側についていたハケが爪の上をなでて、鮮やかな緑をもたらした。私はそれを空気にさらして乾かしてから、今度はイチヤの手を取った。震える私の手にイチヤは笑って「間違えてもいいよ」と言った。「失敗も塗り重ねればいいから」
学校の帰り道、長い袖を揺らしながら考える……弱さを隠したくて強くしたはずなのに、結局その強さも隠さなければならない……きれいな、自然な、薄桃色の爪をうらやむ。きっと彼らの爪は、かんたんに傷つきやしないだろう。もろくも弱くもないだろう。
ありのままで生きていけるだろう。
イチヤ、ゆるしてほしい。本当はこんな生き方をしたくないと願う私を。
突然にイチヤは振り返った。彼女は私の手を握った。長い服の袖の下で、弱く折れそうな互いの指を絡める。隠しながら、隠しながら、隠しながら。私たちは緑のきずなで結ばれていた。