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とりとめのないエッセイ・短編集

近未来にて、ありえなくはないストーリー

作者: 秋月

 電車で揺られながら、俺は窓を見た。雪が一面中覆っていて、地面も見えない。寧ろ、良く電車が走っていたものだ。そう思って、ある事に思い至った。あぁ、AIが開発した、溶雪レールだったか、なんだったか。雪が積もらない上に、凍らないので、こういう日でも問題無く運行できるんだと。


 くそ食らえだ。俺はそう思って、自分の足元に目線を下ろした。


 西暦、2048年。人類は、AIに追いつけなくなった。いや、逆か。AIが人類を追い越したんだ。仕事、家事、趣味に至るまで、何もかも。工芸、美術、音楽、そして文芸。ありとあらゆる事を、AIが超越した世界。機械質な腕と目による作業は、一ミリメートルのズレも無く、いわゆる"職人芸"とやらが廃退した。


 俺の仕事……小説家ですらも、AIにはかなわなかった。頭に載った雪が解けたのか、足元にポツリと水滴が落ちた。小説家も、漫画家も。AIに駆逐されたと言ってよかった。AI共の方が綺麗な文章を書く。AI共の方がわかり安い文章を書く。AI共の方が、AI共の方が、AI共の方が。


「……クソ、食らえ、だ」


 髪の毛を強く握り締めた。畜生。鉄くず共め! けれど、奴らに追いつく事も出来ない。今日、片田舎の出版社までいってきて、契約してもらえないかといいにいったの、だが。


「申し訳ございません。家は既に、専属AIのヨレがいるので」


 そうにべも無く断られた。大御所は、ともかく。もはや、俺のような底辺作家に居場所なんて無かった。傍らに置いた茶色のぶ厚い封筒を見た。俺の子どもたちだ。エッセイとか、純文学とか、ハイファンタジー。古典的な描写が豊富に使われた、俺の小説(こどもたち)。でも、死産だ。流産か。どっちでもいい。俺の子供達は、にべも無く踏みにじられ、生まれることすら許されなかった。


「……クソが! くそッくそッくそォがァ! 鉄屑め! 鉄屑共め!」


 俺しかいない電車の中に、絶叫が響き渡った。けれど、歯軋りをして、悔しがる俺の怒りは、しかしまるで正当性は無く、子供八つ当たりのようだった。俺の文章力が鉄屑(AI)に及ばなかっただけ。俺の想像力が鉄屑(AI)に届かなかっただけ。俺の、俺の、俺の……


「どうかなされましたか」


 横で、電子的な合成音声。見れば、旧型のAIロボット……ベッパー君、だったっけか。が、俺の事を見ていた。クソ、クソ、鉄屑め。お前の、お前らのせいで……!


「……なん、なんでもない。気に、しないでくれ」


 罵声を無理矢理胃の中まで叩き戻して、そんな言葉を口からひねり出した。ベッパー君は、「御用がありましたら何時でもどうぞ」といって、ホイールを回して去っていった。多分、俺の罵声をそのご自慢の高感度センサーで察知してきたんだろう。怒りのあまり、俺は頭を掻き毟って、顔を掻き毟って、血が流れてもお構いなしに怒り続けた。けれど、暫くすれば怒りにも限界が来る。


 途方にくれて、俺は血が滲む顔を両手で覆い隠した。八つ当たりだ、なんてわかってる。全部、俺があいつらに及ばなかったせいだって、わかっている。俺が、ロボットにはない創造性が、想像力が。そして、筆を動かし続ける力が。足りなかったせいだって、わかっているんだ。


「ハァ……」


 大きくため息を漏らして、次の瞬間にはボタボタと涙があふれ始めた。両の手とまぶたで抑えたそれが、悲しみか、怒りか、悔しさか、空しさか。もしくは、全部のせいなのか。俺はそれすらも理解できずに、声をおさえて泣き続けた。




 涙も収まった頃に、三両編成の電車は止まり、田舎から都会に帰ってきた事を知る。しかし、全く気分は晴れなかった。道を見れば、マネキンのようなアンドロイドがガコガコとやかましく(実際は高性能スプリングと足裏の吸音性ゴムで全くの無音であるが)往来を行きかっている。 ロボットの様な犬をつれている奴らの気が知れない。


 愛すべきボロアパートに到着すると、大家のババアが顔を出していってきた。


「後一週間滞納したら、おん出すよ」


 ぴしゃり、と閉じられた扉は冷酷だ。誌的な表現も浮かんできはしないババア。これが、近頃流行りの美女だったりしたなら、俺だって家賃を死ぬ気で払おうとしただろう。けれど、これじゃあ無理があるってものだ。


 ただ、家賃を滞納しているのは紛れもない事実。寧ろ、あの大阪風の衣装に身を包んだババアに感謝するべきなのだ。無理だが。二階に上がって、自分の部屋に入った。随分、ガランドウである。古本はもう売ってしまったし、愛読書がいくつか残っている程度で、それも今にも擦り切れそう。机や布団、箪笥やクローゼットなどの家具の類も一切なく、辛うじて服がいくつか直に地面においてある。


 随分と殺風景になってしまったもの、である。最初此処にきた十二年前にはもっと、いろんなものがあった筈なんだ。小説家として少しだけ売れて、ちょっとだけ生活できた。希望があった。未来が、夢が、あった。家具も、生活も、古本も――


――もう、ない。


 布団もない場所に、ごろん、と転がった。腕を枕のようにして、天井を見た。……あれは、初めての印税を受け取れたとき、喜び過ぎてジャンプしてつけたへこみ傷。あれは主人公のアクションを再現しようとして体当たりして付けた傷。見れば見るほど、哀愁が沸く。もうここにいられないと気付く。


 後、一週間、か。


 後片付けしておかないとな。ビニールテープで愛読書をまとめて、服も鞄にねじ込んだ。後、幾つかの家具代わりをまとめて、何時でも出れるようにする。……数分で終わってしまった。鞄を枕代わりにして、寝転んだ。


 鉄屑共め。そんな悪態も、いい加減尽きてきた。今回、出版社にうけてもらえなかったから、どこか別の場所にいって、就職して……上手くいかなかったら、首、吊るしかないかな。


「……死にたく、ねぇなぁ」


 天井を見つめながら、ボソリと呟いた。でも、多分そうなるだろう。そう遠くないうちに、俺は首を吊る事になる。どうせ、AIのおかげで農業人口の低下も解決しているし、職場もほとんどがAI化。俺がいる職場など多分ないんだろう。


 そう思って、首を吊っている自分を想像しているところに、外の声が聞こえてきた。


E9(イーナイン)、此処は余り適さないのでは?」

「いいえK4(ケーフォー)。量子乱数ジェネレータできめられた事です。どれだけ貧相な家でも私はそこで検証を」

「誰の家が貧相だって、えぇ?」


 部屋をこきおろす合成音声を聞いて、思わずドアを吹き飛ばさん勢いで開ける。実際は壊さないように慎重にだが、気分の問題だ。E9、4Kと呼び合っていたアンドロイドは、なんとも場に(ボロアパートという場所には)合わない、ハイテクな格好だった。


 恐らく、K4と言われていた物は、真っ白で大柄なマネキンのように見える。だが、わずかにに浮き上がったパーティションライン(※鋳造や射出成型で作る時に出来る、わずかな出っ張り)からアンドロイドだという事はわかるし、それに関節から黒色をした人工筋肉がみえている。音のきしみがすくないそれは、マッスルシリンダーだったかを使っているんだろう、という事がわかる。


 何よりも特徴的なのは、胸元にある白以外の点だ。それは、国立人口知能研究所(N・A・L)のマーク。羽ペンを赤い丸で囲ったデザインで描かれているそれは、所属を意味する。つまり、国家機関所属の高性能マネキン型鉄屑という事だ。


 そして、その横にいるE9と思われる物は、一見すると人、それも少女に見える。しかし、白いフレームがむき出しの胴体(ボディ)にカメラのような赤いコアがみえている事や、整備用かどうか走らないが、間に走る黒い線がそれがアンドロイドだという事を告げていた。全く音が鳴っていない辺り、新型の人工筋肉か。何のためにあるのかは知らないが、銀色の髪の毛はオールバックになっている。


 そして、横のマネキンと同じく、この少女も国家機関所属の鉄屑らしい。胸元ではなく、手の甲に描かれているマークが、それをはっきりとあらわしていた。


「……それで、NALの最新型さんたちが何のようかな」


 K4がE9に視線を向ける。E9は大丈夫だとしぐさだけで告げたようで、そのままこちらを向いた。俺が訝しげに二人、いや二体を睨んでいると、E9がいった。


「此処で、国立人工知能研究所の検証を行う事となりました」

「俺に、立ち退けと?」

「いいえ。私が貴方のところに居候(ホームステイ)する、と言ったほうが正しいかと」


 ホームステイぃ? 俺は首をかしげた。アンドロイドが、検証で、ホームステイ? 意味がわからんぞ? 俺はウンウン唸って答えをひねり出そうとしたが、結局でてこず、E9と呼ばれたアンドロイドを見つめた。それを待っていたかのように、E9が言葉を続けた。


「我々は、"優しさ"についての定義を探しています。そして、量子乱数ジェネレーターでランダムにナンバーを選択した結果、テスターに貴方が選ばれました」


 宝くじに当たったとでもお思いください、と。そうのたまう少女は、無表情なままだった。優しさの定義だと? 冗談じゃない、と断ろうとした瞬間、それが分かっていたのか、偶然なのか。K4と呼ばれたマネキンが口を挟んだ。


「これは国からの要請です。その分拘束もありますので、生活のための費用も国が支払う事となりますし、優遇措置もあります。いかがですか?」


 ……俺は、否とは言えなかった。金などなかったし、仕事もなかった。鉄屑共に面倒を見られるのは、正直嫌だ。嫌だが、それで飯がくっていけるなら苦労などしない。


 プライドとか、あっても仕方がない物はもう捨てた。テスターにでも何でもなってやるさ。




「随分と……その、物静かですね」

「殺風景っていえよ」


 E9が部屋に入って開口一番にいう事はソレだった。多分、俺の気分を害さないようにとやったんだろうが、妙な表現になっている。この辺はまだ、AIが発展しきっていない事がわかる。


 ――まぁ、つまるところ、俺は出来そこないにすら勝てないって事だが――


 俺が微妙な表情になっているのが気になったのか、無表情なその顔を乗っけた首を傾げた。俺は頭を横に振って表情を戻し、その鉄製……いや、レンズと人工網膜製のその目を見つめた。


「それで……"優しさ"、だったか?」


 はい、と軽く頷いたE9。優しさ、ねぇ……俺は、頭を掻きながら聞く。


「お前さんの正確な頭脳(シュミレーター)で考えりゃあいいんじゃないか?」

「それではだめなのです」


 端正(もしくは精密、と言うべき)な顔で、相変わらず表情を変えずにいう。彼女(イーナイン)は、俺が口を開かないのを見ると、続けて説明口調でいった。


「我々は機械です。新たな言葉を生み出す事こそできますが、100%人間の思考を理解する事はまだ不可能です。故に、"(ファザー)"は……その前に、"(ファザー)"の存在はご存知で?」


 あぁ、と頷く。確か、米で開発されて日本でもっと精密化された、超高性能人工知能(ハイパーAI)だ。学習機能、制作機能、その他諸々。行政や立法に付いての制御もしているらしく、今やこの国、日本のの要と化した鉄屑の事だろう。では続けますね、とE9がいう。


「"父"は"人の事は人から学ぶべき"。そう判断しました。その為、こうして最も曖昧な表現のおおい"優しさ"の定義に付いてテスターを選出したのです」


 なるほどなぁ。辞書読んで優しさの欄をひく、という訳にも行かんのか。しかし、俺はこめかみをグリグリしながら悪態をつくようにいった。


「ハッ。そんなことなら、事前に連絡しておいてくれりゃ、最高の答えを用意してまってたんだけどな」

「それでは意味がありません。それに、突発性があってこそ"優しさ"の定義が出来ると"父"が判断したので」


 へぇ、と適当に返事しながら、そう言えば、と思い出す。"父"とやらが全AIの主導権というか、電源のONOFFと命令権を持っているんだったか。鉄屑の癖に一番上に立ってるんだな。なんて、悪態ももう意味はないか。


「それで……俺は何をすればいい?」

「はい。何時も通りに過ごしていただければ幸です」


 ソレでいいのか? と返すと、はい。と無機質な返事が返ってきた。何時も通り、といってもなぁ。何時もは小説を書いているが、今更意味はないだろう。何をするか、と思ったとき、腹の虫が盛大に鳴った。しかし、金もないしな。どうするか。


「空腹なら、何か食べればいいのでは?」

「金がない」


 そう返して頭を左右に振ると、では、と帰ってきた。何だ? と思っているうちに、E9が立ち上がって、(気のせいだろうが)何処と無く誇らしげに


「既に貴方の口座が作られ、そこへ振り込んであります。私にチャージされているので、何時でも使用可能です」


 仕事が早いな。そうか、サーバーに何時でもアクセスできるんだから、そういう事も出来るよな。そう思いながら、俺はその口座の残高を聞いた。


「約二十万ドル程度です」

「……はぁ?」


 二十万? ドル? 聞き間違えか? しかし、確認しても、約二十万ドル程度ですしか帰ってこない。嘘だろ? 何でそんなに振り込まれてるんだ? 俺を富豪か、もしくは浪費家と勘違いしていないか?


「時価にして二千二百万円程です。充分ですか? 不足があるのなら、もう二十万ドル追加する準備もああります」

「に、にせんにゃくまん? 正気か? なんでそんなに?」


 しかも、不足があるならとかいい始めやがった。大富豪でもないのにそんなにいるかよ!? そう思っていると、E9は慌てている俺にいう。


「優遇措置、とお伝えしました。しかし、貴方は職に付いておらず、クラブなどにも所属していないというデータを参照し、金銭と言う形でとらせてもらう事となりました」


 うわ、全部お見通しか。気味が悪い。ただまぁ、とりあえずソレは全部置いておこう。置いておくとして、だ。


「……飯、でも。食いにいくか」

「了解です」


 癖になった独り言に、機械質な返答が続いた。駄目だな。返事があるってだけで、なんかしんみり来る。こういうときは、油物に限るな。トンカツだ。カツ丼でも食いに行こう、久しぶりに。


 随分食べていなかったカツ丼は、油の味がした。ちなみに、鉄屑も何故か食べており、「燃料としてはそれなりです」と評価していた




 それで。鉄屑と過ごし初めてから、二週間経った。相変わらずのボロ部屋は、少しだけ本が戻ったり、クローゼットが置いてあったりしている。要するに、お金がもらえたと言う話だ。


「……それで。"優しさ"とやらの定義は見つかったのか?」

否定(ネガティブ)。それらしきものは発見していません」


 そうかい、と言いながらジュースを飲む。まだまだ、この鉄屑(E9とかいうの)がどう言う性格をしているのか理解できない。そして、小説も書く。全然売り込む事が出来なくても、書く余裕はまだまだある。何時かこの小説が鉄屑(AI)共の物を追い越す事を願って。


 ……あれ。おかしいな。何時の間にか、そんなことを目標にしている自分がいルノに気付いて。ピタリと筆が止まった。何で俺は、あいつらを超える事しか見てない? 筆をおいて、原稿を手に取って見てみた。そこには、どう考えてもAIの事を比喩したような文章が多々使われている。


 これは。


 俺の子供じゃ、ない。俺の妄執の塊だ。駄文だ。書き殴っているだけに過ぎない。しかも、俺は小説という物を恨みつらみで穢そうとしている。そう気付いた瞬間、俺はその原稿をバラバラに引き裂いていた。


「どうかなされましたか?」

「……何でもない。外に出かけるけど、どうする」


 時間を確認する。大体、午後六時ぐらいか。最近は犯罪率も低くなってきている。セキュリティAIが強くなっているから。それに数もおおい。特に、強盗事件なんかは滅多に無くなってきている。この時間でもまぁ、問題はないだろう。


「ついていきます。それが任務ですので」


 俺は軽く頷きながら、振り返らずに部屋を出た。まだまだ冬は終わらず、後二週間程で年越しである。北風が俺の体をたたくように吹いていて、この時ばかりはE9の体温の変わらない体をうらやましく思った。


 E9の白いボディが月明かりでキラリと反射して、赤いコアが静かに自己主張する。E9は、最新型の人型AIロボットであるが。そのパワー・スピードは共に見た目どうり。


 つまり、子供のそれである。見た目も(鉄屑共が嫌いでなければ普通に)かわいいと言えるだろうし、好奇心旺盛で本当に子供の様。しかし、こいつは何故生きているのだろう。子供の様にそう考える訳でもなく。しかし、ひたすら任務の、つまり"優しさ"の定義について考えている訳でもない。


 この前何をしているのか聞いた時、「アンドロイドは結局人間の道具に過ぎないのか、という事を考えています」なんて返答が帰ってきたくらいだ。俺はあんまり、こいつの事を理解できているとは言いがたかった。人間に近い、哲学的な考えもするアンドロイド。そんな物が出来ているのだから、小説家が超えられるのも、仕方なかったのかもしれない。最近は、そうも思えてきた。


 月下、降り落ちる光を受けながらフラフラと当てもなく歩く。そして、掌を見た。心の奥底では、多分納得できていないんじゃないか。そうとも思う。あんな……小説とは思えない、インクの染みを書いてしまうぐらいだ。しかも無自覚に。書きたいものを書いているだけだとするなら、あれが俺の書きたいものなのか。


 そうはおもいたくなかった。考えを頭から無理矢理追い出して、振り向いた。


「……あ?」


 振り向いた先に、白いボディを晒す物は何もなかった。


「おい? E9(イーナイン)!? 何処だ!」


 辺りを走り、特徴的なアイツの姿を探す。何処だ? 何処にいる? アンドロイドなんだから、おふざけなんてやめろよ! そんな事を口走りながら、探し続ける。しかし、月下の暗闇では、アイツの姿は見当たらなかった。そこらへんを歩いていたサラリーマンに叫びかけた。


「なぁおい、あんた!」

「はい? なにか?」

「ちっこい奴がこっちにこなかったか?! 白いボディで、赤いコアが見えてるアンドロイドなんだ!」

「い、いえ……見てません」


 くそっ、と悪態をつきながら、また走り出す。そこらへんにいる奴ら全員に、E9の事を見ていないか聞く。しかし、どいつからも返ってくる返事は「見ていない」だった。


「クソ、クソ、クソ! 何処だE9!?」


 そう叫んだ、瞬間。


 空に上る赤い閃光。――アイツの、コアの色だ。そして、それが奴の救難信号だという事を思い出し、足を突っ張って走り出す。あっちか! 向かう方向は、湾岸地区。港の方だ。ヘリポートがある。


 路地を突き破る様に走行する。もはや、誰を突き飛ばそうとお構いなしだ。もう一度、赤い閃光。今度は、もう少し西側の空が輝く。急遽道を変更し、右側の路地へ駆け込む。あと少しで、港だ! 視界が開けると、白いボディと赤いコアが見えた。


「FA、敵性反応を確認。FB、制圧を」

「了解。FB、制圧行動を開始」


 黒いマネキンの様な姿が二体、月明かりで浮き出た影の様な姿が目に映る。あれは、米だったか露だったかの、正規軍用のアンドロイドじゃないか!? 顔面から覗く、青いカメラアイの正体を、俺は知っていた。


 そのうち一体はぐったりとしたE9を抱えていて、もう一体は此方に向かってきた。アンドロイド特有の全くと言っていい程ブレのないその走行フォーム。肩を前に突き出したそのアンドロイドは、一瞬たじろいだ俺を容赦なくぶっとばした。ゴロゴロとコンクリートの上を転がる。


「ずおぁッ!?」

「敵、生存を確認。追撃を開始する」


 追撃?! その言葉を聴いた瞬間、俺は何を確認するよりも先に、一歩分横に転がった。そこに降り落ちる踵落し。コンクリートの破片が抉れて此方に飛んで来た。あわてて立ち上がると、走ってきた正真正銘の鉄屑が目に入った。思わず悲鳴を上げながら、反射的に拳が突き出された。鈍い痛み共に手応えと、パリンと言う音が耳に入った。


「カメラアイ損傷を確認。戦闘ぞ――」

「させるかスクラップがァッ!」


 二歩たたらを踏んだアンドロイドが再度戦闘体制をとる前に、その腹部に向かって抱え込むようにタックルして引き倒した。所謂、ラグビータックルである。意外とやれてるな、俺! 一発、思いっきり足で踏みつけると、E9の方を見た。何時の間にか到着していたヘリに連れ込まれようとしている。


「まてよゴラァ!」


 全力で走るが、今にも離陸しそうだ。風圧が此方を叩いて来ていた。しかし、俺はその抵抗を打ち破って俺一人分の高さは離陸していたヘリコプターのスキッド(※ヘリコプターの接地する部分)へと飛びついた。一瞬、バランスを崩すヘリコプター。しかし、構わず飛び上がっていく。数秒しないうちに、すぐに俺の体は数mの所まで高く舞い上がる。


 よじ上ろうとした時、鋭い乾いた音――銃声が夜を切り裂くように飛ぶ。それは俺の左脹脛に命中し、貫通。凄まじい激痛を否応なしに与えてきた。


「あ、ぐあぁぁァアアッ?!」


 左手で、思わず左足を押さえた。血が溢れでて来ている。振り返ってみれば、先程引き倒した鉄屑がその手にもったハンドガンから硝煙を漏らしていた。クソ、あのスクラップ! しかし、すぐに機能が停止する。もう一度ヘリの中を見れば、ハンドガンのマガジンを込めている黒いアンドロイド。


 慎重に狙いを済ます様に、ゆっくりとその拳銃の照準を俺の眉間へと這わせていく。


 あぁ。鉄屑のせいで、俺の人生、こんな所で終わりか? そう思って目を瞑った時に、ザザーッと雑音が無線機らしきものから走る。


「おい、FA。ターゲットを傷付けるなよ。後で解体するんだからな」

「了解です」


 ターゲット、って、E9の事か? 解体だと?


 ――そんなこと、させるか! あいつだって"生きてる(・・・・)"んだぞッ! 決死の覚悟で、痛みに耐え、目を見開いた。FAとかいうアンドロイドが引き金を引くのが、酷くゆっくりに見える。俺の左手が左足から、一気にヘリの中へ。つまり、アンドロイドの足首を引っつかんだ。


 そいつが引き金を引くギリギリ前に、全力で引き摺り下ろす。バランスを崩し、一気に落ちてくる真の鉄屑(アンドロイド)。しかし、流石に軍用されているだけあり、即座に対応されて俺の左腕を両手で掴んだ。下の方で、拳銃が水に落ちる音がした。俺の足に手を伸ばすアンドロイドの頭部を全力で踏みつける(ストンピング)


「落・ち・ろ! 落ちろってんだよこの鉄屑がッ!」


 全力で悪態を掻きつつ、何度も踏みつける。左腕を締め付ける握力が強くなるが、知った事ではない。一心不乱にけり続ける。ヘリの中の無線から、FAの安否を確認する音声が何度も聞こえて来てうるさい。ガンガンと蹴り付けていると、パァン、と乾いた銃声がもう一度夜の帳を貫く。


 しかし、それは俺を狙ったものではなく、今度の鉛玉は的確にアンドロイドの手首の関節を撃ち抜いた。力が弱まったのを感じ、すかさず頭部に向かってストンピング。ベキンという音と共に手首から先だけを俺のズボンに残して、水面へ落ちていった。


 もういちどヘリの中を見ると、何時起きたのか、E9が拳銃を構えていた。何時もの無表情ながら、ホッとしたような雰囲気を漏らしながら。


「だ……大丈夫、か?」

「あなたの方が、無事と言う訳ではないようですが」


 俺が荒い吐息を漏らしながら心配すると、E9はそんな事をいって拳銃を傍らに置いた。そして、俺の方に手を伸ばした。俺は血塗れの左手でその手を掴むと、どうにかこうにかして上に登った。俺の手の血が新鮮だったせいで、E9の埃一つなかった白い掌に血が付いているのが目立った。


 足を引き摺るようにして登らせると、俺の血塗れの足がようやく見えた。E9が何処にあったのか知らないが包帯をグルグルと巻きながら、「脛骨を貫通しています。後で処置を施されたほうが賢明かと」と言う。随分きつく縛るので、結構いたかったが、まぁアンドロイドに痛みなんてないんだろうから、適切に処置をしているだけなんだろう。


「いっつ、つ……ぐぅ。なぁ、あいつら、は?」

「あいつら? Fシリーズの事ですか。私の誘拐目的の、"国家無所属企業"のアンドロイドです」


 アンドロイドの誘拐? 国家無所属企業? と聞けば、彼女は懇切丁寧に教えてくれた。何でも、E9に使われている技術を流用する為に、肩書きだけは"無所属"の、別国から送られてきた奴らなんだと。別国から見ても、E9に使われている人工知能や人工筋肉等の技術は目を見張る所があるらしい。


 成る程なぁ。そして、俺はふと思った事をE9に聞いた。


「ところで」

「何でしょうか?」

「このヘリ、勝手に動いてるんだが、何処にいくんだ?」


 はたと気付いた様に、E9が操縦席の方を向いた。俺も、それに釣られて振り向く。誰もいないと言うか、おそらくは無人前提のコンソールがピコピコと光っているのが見える。


「……恐らくは、空母が何かだと思われます」

「やばいよな? それ」

「はい、とても"やばい"です」


 お手上げ、と言った感じで両手を上にあげて肩をすくめるE9。……随分、器用な奴だ。というか、軽い雰囲気だが、早く如何にかして降りなければ。しかし、ヘリは海面から十数メートルを保ったまま飛び続けている。この高度は、少し危険ではなかろうか。ただ、アドレナリンがまだ出ているのか、俺の判断は早かった。


「……飛び降りるか」

「危険です」


 E9が即答する。確かにな。水はクッションにならないと聞いた事がある。下手に飛びおりると、コンクリートに叩き付けられたのと同じ衝撃があるのだとか。


「それ以外ないだろ?」


 しかし、俺がそう言うと、E9は黙り込む。危険性よりも、可能性はそれしかないのである。救援はくるのか? ときくと、「後数分ほどで来ると思います」と返答がくる。……数分か。俺は、服をパンツ以外脱ぎ捨てる。そして、E9を軽く抱きしめると、問いかけた。


「飛ぶぞ?」

「覚悟はしてください」


 脅しにもならんな。俺は背中からE9を庇う様に飛び降りた。恐怖に、目を瞑る。落下感、浮遊感――


 ――鈍い衝撃。


「がッ――ハァッ!?」


 肺から一気に酸素を叩き出され、空気を求める肺。ソレをどうにか無視して、水面に口をだすまで我慢する。水を突き破る感覚と共に、一気に肺へと酸素を送り込む。


「――ッハ! ハッ、ハッ、ハッ――」


 背中が痛い。E9の感触がする。呼吸をしてる。――生きている


「ハ、ハハハハハハ!」


 生きている。よかった。そう思ったら、腹の底から勢い良く笑いがこみ上げてきた。何が、何がうれしいのだろうか。


「何がうれしいのですか?」


 腕の中で、E9が俺に聞いて来た。何が? 何がうれしいんだ? こんなに心の、腹の底から笑いがこみ上げてくるのは久しぶり、いや、生まれて初めてかもしれない。――あぁ、そうか。これは。


「多分。生きてるって喜びだよ。ク、ハハハハハ! E9も笑えよ。たのしいぞ?」

「……ハ、ハ、ハ、ハ、ハ」


 ゆっくりと間隔を空けた、なれていないような笑い。だが、そんな事もわからないぐらい楽しく笑った。その後に、救助の為の船が来るまで、一人と一機、いや、二人で笑い続けた。無論、精神状態を確認されたのはいうまでもでもないだろうが。


 帰り道。E9が俺に話し掛けて来た。


「"優しさ"について、わかったような気がします」

「へぇ? 聞かせてもらえるか?」


 彼女(E9)は彼女なりに、答えが出せたらしい。どんな答えだろうか? それを俺が聞いてみた。


「あなたの様に。嫌っていても、金銭が出なくても。何か、誰かの為を思って行動できること。……月並み、と言うのでしたね。こういう言葉を」

「いや、E9……いい答えだと、俺は思うが?」


 単純こそ一番(シンプルイズベスト)と言うしな。それに、アンドロイドなのにそこまで出せたなら及第点ではなかろうか。まぁ、俺がこんなに偉そうにいう事ではないかも知れないが。そこでふと、E9が俺を見つめている事に気づいた。


「キャロライン、です」

「ん?」

「キャロライン、とお呼びください。私が"父"から授けられた、特別な個体識別名称(ID)です」


 E9、いや、キャロラインか。そんな名前だったのか。嬉しく思う反面、優しさがわかったのだから、これでお別れ、という事を思い出して寂しく思う。ようやく、少し分かれた気がするのにな。


「これでお別れ、か?」

「いいえ」


 キャロラインから、意外な返答。これでさようなら、ではないのか?


「こういう時は、"またな"、と言うのでしょう?」


 俺は少し驚いた。彼女がそんな事をいえるとは、意外だったからだ。だから、そんな言葉に返事するのが遅れたが。俺は、しっかりとした声でいった。


「あぁ。またな」


 そういって、俺達はここで一旦別れることとなった。たった二週間の非日常が終わった。




 その二日後、「恋」の定義についてのテスターに選ばれたのは、蛇足だろうか? 唯、彼女(キャロライン)が笑顔を作る機能を搭載していた事だけは記しておこうか。

AI特集みたいなニュースを見て、2045年にはAIに人間が追いつけなくなるという話を聞いて、

ふと思いついたお話です。よろしければ評価や、ご意見・ご感想をいただけると幸です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分も以前AIを題材にして書いた事があります。 未来になると、人間関係の隙間もAIが埋めるような世界が来るかもしれませんね。 主人公が前半は小説家崩れ、後半はハリウッド映画のタフガイみたい…
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