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8.相談されたからと言って応じるわけではない

 わたしは今、生徒会室にいます。いえ、それだけなら別にいつも通りなのですが、今日は殿下と二人きりというこの状況。いかがなものでしょう。殿下はヴィルマ様という美人なご婚約者がいらっしゃるのに、わたしなどと二人きりになっても大丈夫なのでしょうか。

 わたしは大変気まずい思いをしているのに反して、殿下はとても機嫌が良さそうです。そのお蔭でいつもよりもキラキラ度が増加しています。ああ、目に痛い…。


「…ねぇ、スイート」

「はい、なんでしょう」

「悩み事は解決した?」


 悩み事? とわたしはなんのことかと考えて、先日殿下に泣いているところを見られてしまった事を思い出しました。きっと悩み事とはそれのことを指しているのでしょう。それにしても恥ずかしいところを見られてしまいました…。ほんの少し、顔が熱いです。


「は、はい。なんとか」

「そう。なら、良かった」

「…その節は、ご迷惑をお掛けしました…」


 消え入りそうな声でそう呟いたわたしを、殿下は楽しそうに見つめています。いったい、なんなのでしょう。


「迷惑なんかではなかったよ。きみは僕の大切な友人なのだから」

「殿下…」


 殿下のお優しい言葉にわたしがじーんとしていると、殿下が唐突に「その大切な友人に少し相談があるのだけど」と切り出してきました。

 相談ですか。いったいなんでしょう。わたしが殿下のお役に立てるならぜひとも役立たせて頂きたい所存であります。


「どうしたらヴィルマとの距離を縮められると思う?」

「…………はい?」


 わたしはパチリとゆっくりと瞬きをしました。今、殿下はなんとおっしゃったのでしょう。わたしの耳がおかしくなっていないのならば、ヴィルマ様との距離を縮めたいとか、そのような台詞だったような気がするのですが。

 しかし、どうやらわたしの耳は正常だったようです。先ほど聞いたと思った言葉と同じ言葉を殿下は口にされました。


 …なるほど。殿下の目的がわかりましたよ。わたしを使って、ヴィリー様との急接近をしようと目論んでいらっしゃるのですね。気持ちはわかりますよ。最近は、エミリオ様とディーノ様、そしてニコラの4人でヴィリー様を囲って、二人っきりになれる時間がほとんど取れない状態ですものね。やっと二人きりになれる、と思っても大概わたしが一緒にくっついてきますし。

 …あれ。わたしお邪魔虫ですね? いや、でもこれはわたしが好き好んでやっているわけでないのです。わたしは退散しようとしているのですよ? けれど、ヴィリー様がアノ手この手を使ってわたしを誘惑して退散させてくれないのです。なので、仕方がないのです。


「…申し訳ありません。わたしにはわかりかねます」

「…そう。最近ではきみが一番ヴィルマと一緒にいる時間が長いように思っていたのだけど、一番ヴィルマと長くいるきみがわからないなら、仕方ないね…」


 …気のせいでしょうか。殿下がやたらと「わたしが一番長くヴィリー様と一緒にいる」というのを強調して言っていたような気がするのは。

 ええ、確かにそうですね。わたしは同性ですし、移動時間などもほぼヴィリー様と一緒に行動しておりますよ。しかしだからと言って、ヴィリー様のことをよく知っているかといえば、イエスとは言い難いのです。わたしとヴィリー様は出会ってまだ数日しか経っていないのです。長く居る時間という意味では、殿下たちには到底敵わないのですが。

 そして殿下の台詞は言外に、「僕たちを差し置いて最近一番ヴィルマと一緒にいる癖に、アドバイスすらできないの?」と言っているような気がしなくてもないのですが、気のせいだということにしておきます。殿下はそんなお方ではない、はず。


 …チラリとわたしの方を見てため息をつくのをやめて頂けないでしょうか。なんだかわたしが悪いような気がしてくるじゃありませんか。


「……わたしでよろしければ、なにかお手伝いを致しましょうか」


 殿下の無言の圧力に負けたわたしは、重い口を動かしました。手伝いなんてしたくない。自分でなんとかしてください、と言えれば良いのですが、小心者でなおかつ殿下に負い目を感じているわたしはそんなことはとても言えませんでした…。

 ああ、自分が呪わしい…。


「本当に? すごく助かるよ」


 殿下はさっきまで漂わせていた哀愁を一瞬で消し去り、パアッと晴れやかな笑みを浮かべました。

 ……この人、確信犯ですね。


「…それで、わたしは具体的になにをお手伝いすればいいのでしょうか?」

「そうだなあ。まずは、ヴィルマの好きな人を聞いて来て欲しいな」


 まずは、ですか。そうですか…次回もお手伝いするというのは決定事項なんですね。なんて理不尽。これが王族の特権というやつなのでしょうか。

 それにしても、いきなりそんなズバリと聞いてしまってもいいのでしょうか。その返答でショックを受けられてもわたしは知りませんからね。


「わかりました」

「よろしく頼むね」


 殿下がにっこりと王子スマイルを浮かべて「良い回答を楽しみにしているよ」とおっしゃいますが、その回答はわたしがどうこうできるものではないので、楽しみにされても困るのですが…。わたしは「…善処します」とだけ答えて作業を再開しました。

 そして少し経ったのち、殿下がふと思い出したかのように「そういえば」と呟きました。

 わたしが訝しげに顔を上げると、殿下はとても面白い事を思い出したかのように、楽しそうな顔をしてわたしを見つめました。いったいなんですか。


「先日、面白い噂を聞いたんだよ」

「噂、ですか…」

「そう。ルフィーノに関する噂なのだけど」


 ルフィーノ様に関する噂ですか。きっと女性関係の噂なのでしょう。ルフィーノ様はそういう話題に欠けない方ですからね。


「ルフィーノが最近、熱をあげている令嬢がいるらしいよ」

「はあ、そうなのですか」


 そのご令嬢がお気の毒ですね。そんな噂をたてられて困っていらっしゃるでしょう。同情致します。


「なんでも、その令嬢が困っていたところをわざわざ自ら進んで助けたのだとか。ルフィーノはそんなこと滅多にしないのに、よっぽどその令嬢に夢中なのだろうね」

「はあ、そうなのですか」


 困っていたところを助けられたのですか。ルフィーノ様もやるではありませんか。あんな見目麗しいルフィーノ様に助けられたら惚れてしまいますよね。きっとルフィーノ様とそのご令嬢は相思相愛に違いありません。ならばそのご令嬢は噂なんて気になさらないかもしれませんね。

 あ、ここの数字が間違ってますね。訂正しないと…。


「そこまで想われるって羨ましいよねえ。僕もいつかヴィルマにそんな風に想って貰えたら嬉しいな」

「そうですね」


 ここも違ってますね。うーん、計算間違いが多すぎますね。誰ですか、この書類を作成したのは。…ディーノ様ですか。そうですか。あとで文句を言っておきましょう。

 「僕の話聞いている?」と殿下が少し不満そうにおっしゃっていますが、ちゃんと聞いていますよ。聞きながら仕事を進めているだけです。どうぞわたしのことはお気になさらず話を続けてください。ささ、どうぞどうぞ。


「…きみ、関係ないって顔しているけれど」

「はい?」


 関係ない顔って言われましても…実際関係ありませんしねえ。


「この噂の令嬢って、きみのことだよ?」

「………は?」


 今、幻聴が聞こえた気がしたのですが…気のせい、ですよね? 誰か気のせいだと言って!


「だから、この噂の令嬢はきみなんだよ。ルフィーノが夢中になっている令嬢は、今僕の目の前で目を丸くして間抜けた顔をしているきみのことだよ」

「なっ…」


 なんですってえええ!? い、いつからそんな噂が!? え、ここ数日? も、もしかして、あの場面を見ていらした方が、ディーノ様以外にもいらっしゃったということなのでしょうか。わたしを囲っていた方々はあの事を自ら言うとは思えませんし。

 な、なんてことでしょう…噂の令嬢の正体がまさかわたしだとは…。


 激しく動揺しているわたしを殿下は楽しそうに見つめて、ぽつりと小さく呟きました。


「…間抜けた顔へのツッコミも出来ないくらい動揺している…ふふっ。スイートを揶揄うのは、楽しいなぁ」


 ……殿下、ちゃんと聞こえてますからね?



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