4.気に入られたからと言って嬉しいわけではない
本日は生徒会の活動日です。
…いえ、毎日放課後に生徒会の活動はあるのですが、改めてなぜそう言ったかと申しますと、新生徒会メンバーで初日からずっと顔を出さなかった方が今日初めて顔を見せたからです。
それも、大勢の女性を連れて。
「ルフィーノ様、先日のお約束なんですけどぉ」
「ルフィーノ様ぁ、今度はいつ私と出掛けてくださるんですか~?」
「ちょっと。今は私がルフィーノ様に話しかけているのよ、邪魔しないで!」
「いいじゃないの、心の狭い方ね」
「ルフィーノ様、こちらのお菓子はいかがですか?」
「あっ、ちょっと。なに抜け駆けしているの!」
……正直なわたしの気持ちを言ってもよろしいでしょうか?
うるさい。
この一言につきます。
他の生徒会メンバーである方も、呆れたように彼女たちを見つめております。
見かねた殿下がゴホンと咳払いをし、彼女たちの関心を自分に寄せ、キラキラの笑顔を向けました。
いつかのように、その笑顔が黒く見えますが、これはきっと気のせいではないと思います…。
「――きみたち、申し訳ないけれど、ここは生徒会メンバー以外立ち入り禁止なんだよ。だから、引き上げて貰えないかな?」
そう殿下に言われて嫌だと言える方はいません。
彼女たちは渋々と生徒会室から出ていきました。
そんな彼女たちを騒ぎの大元であるルフィーノ様は「またね」と笑顔で見送っていらっしゃいます。
「ルフィーノ」
「なんですか、殿下」
「なぜ彼女たちに注意をしない?」
「一応注意はしたんですが、私の言葉が足りなかったようです。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
ちっとも反省した様子のないルフィーノ様に、殿下は呆れ果てたのか、はぁとため息を吐き、机の上に置かれた書類に目を落としました。
あのお優しい殿下にさえ呆れられるルフィーノ様はいったい…。
なぜかわたしの隣の席に陣取っているルフィーノ様をちらっと見ると、ルフィーノ様とばっちり目が合ってしまいました。
わたしと目が合った瞬間、ルフィーノ様はにっこりと微笑みました。
その笑みは通常の令嬢ならばクラリときてしまうほど魅力的なものだったのでしょうが、生憎わたしには前世の記憶がありますので、クラリとはきませんでした。とはいえ、軽く眩暈は感じましたが。
前世の記憶を持つわたしでさえこの有り様。
なんて恐ろしい笑みなのでしょう。ルフィーノ様こわい。
ルフィーノ様はここでもゲームでも、女性に囲まれていることが多いのです。
今まで生徒会に参加されなかったのも、自分のファンのご令嬢方のお付き合いをしていたため来れなかったのだとか。
ルフィーノ様はゲームでは女好きなキャラとして描かれていました。
大好きな姉は攻略対象者の方々に夢中なため、その寂しさを紛らわせるために女性と一緒にいるようになったとか、そんな設定があったような気がします。
この乙女ゲームを全員攻略する前に死んでしまったので、設定が曖昧な部分が多々あるのですが。
「ねえ、君」
ルフィーノ様はその甘い声でわたしを呼びます。
ですが、わたしの名前は“君”ではありませんので、返事はしません。
わたしは事務仕事をさらさらと進めます。隣に座るカーティが何か言いたそうな顔をしているのなんて見えません。
「俺を無視するの?」
無視なんて滅相もない。
名前を呼んで頂ければ返事くらいはしますよ?
もっとも、ルフィーノ様がわたしの名前を覚えているかどうかは知りませんが。
「……」
わたしが聞こえていません、という顔でルフィーノは様の呼び掛けを無視し続けると、ルフィーノ様はムッツリと黙り込みました。
少し不機嫌そうです。名前を呼んでくだされば返事くらいはするのですがねぇ。
しかしわたしは小心者。
平気な顔を装っておりますが、わたしよりも身分の高い公爵令息を無視し続けて内心では冷や汗だらだらです。
だったら答えれば良いと思うかもしれませんが、わたしは先日の恨みを忘れてはいないのです。食べ物の恨みは恐ろしいのです。
いつも女性にちやほやされているルフィーノ様にとって、女性に無視されるのは新鮮でしょう。
たまにはそういうことがあってもよろしいのではないかしら。
「…ほう」
「ふーん?」
「…さすが、と言うべきかな?」
「スティらしいなぁ」
イザベラ様、カスティリオーニ様、殿下、ニコラの順でわたしを感心したように見つめて呟きました。
いったいなんのことでしょう?
「ルフィーノを無視するとは、さすがヴィルマのお気に入りだね」
「…どういう意味でしょうか?」
「私は今までルフィーノに呼び掛けられて無視をした女性はヴィルマしか見たことがない」
「…はあ」
だからいったいなんだと言うのでしょう。
いくらルフィーノ様が女性の好みそうな容姿だからといって、わたしは、名乗ったのに名前を呼ばない人に返事をするような広い心の持ち主ではありませんので。
「見直しました、スイート嬢」
「あんた、すげえよ」
今まで敵意しか向けて来なかったイザベラ様とカスティリオーニ様でさえも、見直したとわたしに微笑むようなことなのでしょうか?
内心冷や汗だらだらなのに。
「…お褒めにあずかり光栄です」
わたしは無難にそう答えておきました。
お二人は最初よりも柔らかい眼差しでわたしを見つめました。
…ルフィーノ様を無視しただけでこんなに態度が軟化するとは…色んな意味でルフィーノ様はすごいと思います。
わたしは自分の分の仕事をキッチリと終わらせて、顔を上げるとまたルフィーノ様と目が合ってしまいました…。
本当にいったいなんなんでしょう。
思わずキッと睨んでしまったわたしは悪くないと思います。
「…こんな風に扱われるのは新鮮だな…」
ポツリとちょっと困ったように呟いたルフィーノ様に、わたしはフッと鼻で笑って差し上げました。
ざまぁみろです。
「スティ」
カーティが咎めるようにわたしを呼びます。
わたしはにこっと笑い、「なぁに?」と答えました。
そんなわたしにルフィーノ様が不満げな視線を寄越しましたが気にしません。
…いえ嘘です。内心ビクビクしてます。
だけど、今さら引くに引けないのです。ああ、なんで素直に返事をしなかったんでしょうか、わたしは。
「ルフィーノ様に失礼だぞ」
「だって、カーティ。あの方はわたしの名前を呼んだわけではないのだから、返事をして勘違いだったら恥ずかしいでしょう?」
しれっと言い訳をすると、カーティが本当かよ、という顔をしていました。
ええ、嘘ですとも。
「―――名前で呼んで欲しかったの? ならそう言ってくれればいいのに。ねえ、スイート嬢?」
…名前、ちゃんと覚えているじゃないですか。
なら最初から名前を呼んでよ、と思ったのはわたしだけじゃないはず。
「…申し訳ありません。人見知りなもので」
「まあ、別にいいけど」
「ありがとうございます。ではわたしの分の仕事は終わりましたのでこの辺で。皆さまごきげんよう」
そう言ってわたしがこの場から逃げようとすると、がしっと手を掴まれました。
掴まれた手の方を見ると、ルフィーノ様がにっこりとした笑顔でわたしを見ていました。
…なぜでしょう。ルフィーノ様のこの笑顔、先ほどの殿下の笑顔に通じるものを感じる気がするのですが…わたしの気のせいですよね?
「俺から逃げる気?」
「逃げるもなにも、わたしは別にリッツォ様のことをなんとも思っておりませんので。ただわたしは早く帰ってゆっくりとしたいだけです」
「なんとも思っていない、ねえ」
わたしは馬鹿正直に自分の心のうちをルフィーノ様に明かしてあわよくば呆れて頂こうと思っていたのに、逆にルフィーノ様は興味深そうな顔でわたしを見つめていらっしゃいます。なぜ。
「俺のことをそんな風に言う子は、身内を除いて君だけだよ。―――気に入った。さすが姉さんが見込んだだけはある、って認めてあげる」
「はあ。まったく嬉しくありませんが、ありがとうございます」
「嬉しくないんだ? へえ、初めてだな、そんなこと言われたのは」
「左様ですか。それよりも手を離して頂けないでしょうか?」
わたしはルフィーノ様の台詞を総スルーして、無感情にルフィーノ様を見つめました。
ルフィーノ様がしっかりと掴んでいるせいで、若干手が痛いです。
そんなわたしに反し、ルフィーノ様はにこにことわたしを見て無情に答えました。
「嫌だね。君に興味がわいたんだ。君のこと教えてよ」
「なぜでしょう。わたしは面白味のない人間ですので、リッツォ様がご興味を示されても損するだけかと思います」
「ルフィでいい」
「は?」
「ルフィでいいよ」
「左様ですか」
そんなことは聞いてないのですが。
それよりもいい加減手を離して頂けないでしょうかねえ。
絶対赤くなってますよ、これ。
「ルフィって呼んでくれるまで離さないから」
子供かっ!
そんな突っ込みが喉元まで出かかりましたが、辛うじて飲み込みました。
わたしは心を落ち着かせるために目を閉じてすーはーと息を吸い込みました。
…背に腹は変えれません。わたしは覚悟を決めました。
わたしはにこっと笑顔を作りました。
「―――全力でお断りさせて頂きますわ。手を離してください、ルフィーノ様」
わたしがそう告げると、誰もが信じられない顔をしてわたしを見つめました。
絶対に愛称でなんか呼びません。
そんなことが他のご令嬢方にバレた日には、恐ろしい目に遭うに違いありません。そんなの御免被ります。
「……君、本当に面白いなぁ。…いいよ、今回は名前呼びでいいにしてあげる」
そう言ってルフィーノ様はわたしの手をやっと離してくださいました。
わたしがあからさまにホッとした表情をすると、なにが可笑しいのか、ルフィーノ様は声をあげて笑いました。
…わたし、なにか間違えてしまったんでしょうか?
悪役令嬢に引き続き、悪役令息にも気に入られてしまいました…。
その次の日から、ヴィリー様とルフィーノ様の間に挟まれ、二人の言い争いを聞くことが増えました。
周りの目が痛いです…。
ああ、わたしの平穏な学園生活がどんどん遠退いていく…。
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