2.乙女ゲームだからと言ってその通りになるわけではない
本日2度目の更新です。
モラルーシ学園に入学してから数日が経過致しました。
そこでわかったことが、攻略キャラであるはずのイザベラ様とカスティリオーニ様はヴィルマ様にぞっこんであること、そしてヒロインであるはずのわたしになんの興味も示されないということです。
いえ、お二方はわたしに興味は示されておりました…。まったく良い意味での興味ではありませんが。
わたし、なぜかヴィルマ様に大変気に入られてしまったのです。
そのせいで、お二方に興味…いえ、どちらかというと敵意に近いでしょうか。とにかくわたしに関心を持つようになってしまったのです。
ヴィルマ様はわたしに異様に構いたがります。ヴィルマ様がわたしに構うたびにわたしはお二人の絶対零度の視線にさらされ、凍死しそうな錯覚に陥ります。
もはやわたしは攻略対象者たちにとっての敵役。ヒロインポジションどこ行った状態です。
そのヒロインポジションがどこに行ったのか分かったのは、数日後のことでした。
わたしはゲームのシナリオ通りに生徒会に入ることになりました。
攻略対象者であるイザベラ様とカスティリオーニ様、そしてカーティと共に、です。
ヴィルマ様は残念ながら生徒会入りをすることができませんでした。ヴィルマ様はとても寂しそうな顔をなさり、それでも気丈に微笑み「頑張ってくださいね」とわたしを送り出してくださいました。
なんて良い方なのでしょう。
ゲームのヴィルマ様はお世辞にも素晴らしい方とは言えない方でしたが、現実のヴィルマ様はとても良い方です。
傲慢さなどまったくと言っていいほどなく、むしろ謙虚。それどころか格下であるはずのわたしに気遣ってくださるのです。
ああ、女神がここに…!
わたしはいつもヴィルマ様を拝みたくなるのを堪えるのに必死です。そんな変な行動はしませんとも、ヴィルマ様に変な子だと思われたくありませんからね。
…ところで、イザベラ様とカスティリオーニ様、わたしを射殺さんばかりに睨むのをやめて頂けないでしょうか。
生徒会に入るのがヴィルマ様でなくわたしで大変申し訳ないと思っておりますが、それはそれ、これはこれですので。
生徒会は入学前の筆記試験の上位5位までに入った方が入ることになっておりそれは卒業するまで変わりません。
イザベラ様とカスティリオーニ様はわたしとカーティに…いえ、わたしだけですね。わたしに冷たい視線を送ってくださいますので、わたしは涼しい…を通り越し寒い思いをしながら生徒会室へ足を運びました。
…ところで、あと一人生徒会入りを果たした方がいらっしゃるはずなのですが、見当たりませんね。
わたしはゲームの知識によりそれがどなたか知っているのですが、まあ、できれば関わり合いになりたくない方ですので、いないのなら好都合です。
「失礼致します」
わたしたちはそれぞれそう言いながら生徒会室に入りました。
生徒会室に入って真っ先に飛び込んできたのが、綺麗な銀色の髪とアメジストのように輝く瞳でした。
「ああ、いらっしゃい。新入生諸君」
そう言って穏やかに微笑みながらわたしたちを迎え入れてくださったのは、誰もが知っているお方―――オステリア・アントニオ・ベルトーネ殿下。次期国王陛下となられるお方で、ヴィルマ様の婚約者でもあり、そしてゲームの攻略対象者でもある方です。
手入れの行き届いた癖のない銀髪はサラサラとしていて、頑張って手入れをしてもぼわっとなってしまうわたしにとっては羨ましい限りです。
「ご無沙汰しております、殿下」
「やっぱりきみたちも生徒会に入ったか。そうなるとは思っていたよ。改めて、よろしく頼むよ、エミリオ、ディーノ」
気さくにお二人に話しかけられる殿下。
イザベラ様とカスティリオーニ様は殿下の幼馴染みでもあるそうですので、気心が知れているのでしょう。どなたも親しみの籠った目で互いを見ております。
そんなお三方の間に入れるわけなどなく、わたしとカーティは少し気まずい思いをしながら直立不動していると、ぽん、とわたしたちの肩が同時に叩かれました。
わたしたちが同時に後ろを向くと、そこにはにこにこと笑みを浮かべた青年が立っていました。
小麦色の髪に、明るい茶色の瞳。まるで太陽のような明るい雰囲気の青年は、わたしたちとも馴染みの深い人でした。
「よっ。おまえたちも生徒会に入ったんだなあ。さすがボクの従姉弟たちだ」
「ニコラ」
彼、ニコラ・ジョン・エスポジトはわたしたちにとって従兄に当たる人物で、わたしたちにとって兄のような人です。そして、攻略対象者でもあるのです。
ニコラは一番攻略のしやすいキャラで、わたしと従兄ということもあり初期から好感度が攻略対象者の中で一番高いのです。
ですがわたしは彼とどうこうなりたいなんて思ったことは一度もありません。ニコラとは今の関係がちょうどよいので、現状維持をしたいと思っております。フラグなんてへし折ってやりますとも。
「ニコラ、彼らは? 初めて見る顔だけど…」
「ああ、紹介します、殿下。彼らはボクの従姉弟で、そこにいるのが弟の…」
「兄です」
「…悪かった。こちらが兄のピッカンテ・グリマルディ、そしてこちらが妹のスイート・グリマルディです」
「お初にお目にかかります、殿下。ピッカンテ・グリマルディと申します。これから妹共々よろしくお願い致します」
カーティはスッと優雅に一礼をして見せました。所作に関しては母にうるさく躾られていますので、それなりに見られるものになっていると思います。
わたしもカーティに倣い、殿下に向かい一礼をしました。
「スイート・グリマルディと申します。よろしくお願い致します」
殿下はそう名乗ったわたしにピクリ、と眉を動かしました。
わたし、なにか殿下の気に障るようなことをしでかしてしまったのでしょうか…? 我ながら綺麗に挨拶できたと思ったのですが。
「スイート…そうか、きみがあの」
「“あの”?」
わたしの他にどのスイートさんがいらっしゃるのでしょうか。
スイートなんて名前は滅多にないと思うのですが…これは乙女ゲームの呪いのようなものですし。
しかし、殿下に名前を覚えられるようなことをした記憶がわたしにはありません。ということはわたしの他にスイートさんがいらっしゃるのでしょう。いないとは言い切れませんからね。
「ああ、失礼。きみの名前はヴィルマから…私の婚約者からよく聞いていたから」
「ヴィルマ様から…?」
「とても可愛らしい令嬢だと聞いているよ。ヴィルマの言っていた通りだね」
そう言って殿下はキラキラとした笑顔をわたしに向けてくださいましたが眩しくて直視できません。
わたしは「ありがとうございます…」と照れて俯くフリをして殿下から少し視線を外し、太陽光並みの眩しい光を放つ殿下の笑顔を回避しました。直視したらきっと失明してしまうに違いありません。
「きみたちが入ってくれて助かったよ。今、ここには私とニコラしかいなくてね」
「そういえば、殿下以外の役員の方が見当たりませんが、他の方はどうされたのですか?」
カーティが不思議そうに首を傾げて言いました。
わたしもカーティと同じことを疑問に思っていたのです。カーティが先に質問をしてくれて助かりました。
わたしとカーティ以外の方たちは互いの顔を見合わせて肩を竦める。
わたしとカーティが頭の上にはてなマークを浮かべていると、代表してニコラがわたしたちの疑問に答えてくれました。
「ボクと殿下以外の人たちはね、ちょっと事情があって今は謹慎中なんだ」
「…彼らが戻ってくることはないから安心していいよ」
…わたしの気のせいでしょうか? ニコニコとしている殿下の笑顔が真っ黒に見えるのは。
きっと気のせいなのでしょう。そう思っていた方がよさそうです。
わたしとカーティと殿下以外の方は苦笑していらっしゃるのがその根拠です。
しかし、ニコラ以外の生徒会の役員の方はなにをして殿下を怒らせたのでしょうか。
そんなわたしの疑問を感じ取ったのか、ニコラがこっそりとわたしたちに耳打ちをしてくれました。
「…実は、他の人たちは殿下の婚約者であるヴィルマ様に対するあらぬ噂を殿下のいる前で言ってしまってね…それで殿下が大層お怒りになられたんだよ」
殿下はヴィルマ様を大切に想っていらっしゃるから、とニコラは苦笑して言いました。
…ここでもヴィルマ様ですか。どれだけ人気なんですか、ヴィルマ様は。
まあ気持ちはわからなくもないけれど。ヴィルマ様はとても素敵な方ですしね。
しかしこれではまるでヴィルマ様がヒロイン……。
ハッ。もしや、これはいわゆる悪役令嬢の逆ハーモードというやつですか。
前世でネット小説を読んだ時にそういう話が流行っていた記憶があります。
悪役令嬢が破滅フラグを回避するために頑張った結果、ヒロイン差し置いて逆ハーになっちゃった、という話が。
…なるほど。その知識によるとヴィルマ様にわたし同様に前世の記憶があるということになりますが、それは置いておきましょう。
重要なのは、悪役令嬢がヒロインを差し置いて逆ハーになる、ということです。
その場合、ヒロインはその話から早々にログアウトするのが通常の流れでした。
ということは……わたし、ヒロインのお役目御免ですか? わたしは電波ではありませんし、退場ということはありませんよね?
やった! これで虐められず平和な学園生活が送れるのですね! なんて素晴らしいのでしょう。まさにヴィルマさまさまです。
やはりヴィルマ様は女神でした。
とにかく今のところニコラを除く攻略対象者の皆様はヴィルマ様に惚れていらっしゃるようですし、わたしがどなたかのルートに入る可能性は低いでしょう。
ならばわたしは攻略対象者の方と接しても恋愛フラグなんて立たないはず。
それがわかっただけでも安心です。
「ヴィルマ様のあらぬ噂ってなんだよ、ニコラ?」
カーティは可愛らしく首を傾げてニコラにそう問いかけました。
カーティ…カッコいい男を目指すならば仕草も男らしいものを心掛けましょうよ。
わたしのそんな内心のツッコミは悲しい事にカーティには届きません。
直接言えばいい?
嫌ですよ、面倒くさい。それに、わたしはカーティが可愛らしくてもカッコよくてもわたしの大事な片割れであることには変わり在りませんので。
「…知らないの? ヴィルマ様は殿下の幼馴染み…ちょうどあそこにいるどちらか、または両方ともに想いを寄せているっていう話」
「そんな噂が…」
「ヴィルマ様はいい迷惑ですね…」
「まあ、火のない所に煙は立たないというけどね。ヴィルマ様が殿下やあそこの二人をどう想っているのかは知らないけど、少なくともあそこの二人がヴィルマ様に特別な想いを寄せていることは見てすぐわかるから。それをやっかんだ人たちがそんな噂を流しているんだろうさ」
…つまり、殿下とニコラ以外の生徒会の役員の皆さんがいなくなったのは、あそこにいるお二人が原因ですか。
いなくなった生徒会役員の皆さんはとんだとばっちりですね、お可哀想に。
わたしがそんなことを思っている間に、殿下とイザベラ様とカスティリオーニ様の間に火花が散っていました。
「リオ、ディーノ。いつもヴィルマの傍にいてくれて助かるよ。ヴィルマがいつもいつも申し訳ないと言っているんだ」
「何を言うんです、テリー。ヴィルマのためならこれくらいお安い御用ですよ」
「そうですよ! おれたちは好きでヴィルマの傍にいるだけなんで、お気遣いなく」
「別にディーノは傍にいなくてもいいのですよ? 私一人で十分です」
「何か会った時におれが居た方が対応しやすいだろ? 剣の腕には自信があるからな」
「二人の気持ちありがたいけれど、ヴィルマを守るのは本来なら婚約者である私の役目。だからきみたちにはいつも申し訳ないと思っているよ。ヴィルマもこの学園に入学してきたのだし、これからはできるだけ私がヴィルマの傍にいるようにしよう」
三者一歩も譲らず。
もう三人で仲良くヴィルマ様の傍にいればいいんじゃないですかね。
あ。でもそれで三人に睨まれるのはわたしのメンタル的によろしくないのでやはり一人に絞って頂いた方が…。
「まあ、まあ。三人とも落ち着いて」
ニコラがにこにこと三人の仲裁に入りました。
おお、さすがニコラです!
ニコラは社交術がとても高いのです。社交界の貴公子とも呼ばれているそうです。
三人は一斉にニコラを見ました。ニコラはそんな三人を人好きのする、太陽みたいな温かい笑みを浮かべて見つめ返しました。
「ここで君たちの意見を言っても仕方ない。ヴィルマ様の意見もちゃんと伺わないと」
「ああ…確かに。ニコラの言う通りだね。私たちは自分たちのことばかりでヴィルマのことを何も考えていなかった…」
「……そうですね」
「ああ…」
三人は反省したように顔を曇らせる。
そんな三人にニコラは優しく励ますように肩を叩きました。
「自分のことしか見えなくなる時もあるものさ。今度4人でヴィルマ様に意見を聞きに行こう」
「ああ、それがいいな」
「そうしましょう」
「そうしよう」
殿下を始めとしたお三方は納得されているようですが…。
「なあ、スティ」
「なに?」
「今ニコラがさり気なく自分も頭数に入れていたような気がしたんだけど、それはオレの気のせいだよな?」
「奇遇ね、カーティ。わたしもそんな風に感じていたところよ」
楽しそうに話している4人に、わたしとカーティは同じように生温かい視線を送りました。
きっとわたしとカーティの思っていることは同じでしょう。
―――ニコラ、おまえもか、と。