1.転生したからと言って有利になるわけではない
どうも、皆さんこんにちわ。
わたし、乙女ゲームのヒロインです。
今わたしは、乙女ゲームの舞台であるモラルーシ学園にいるの。
ここで運命の出会いがわたしを待っている―――
イタイ、なんてイタイの。これじゃあ、まるで電波じゃないですか。
改めまして、わたしの名前はスイート・ラブ・グリマルディ。由緒だけは正しい子爵令嬢です。
…まず、どこからつっこみましょうか。
そうですね、まずはこのふざけた名前からツッコミましょうか。
スイート・ラブって…。もう、(笑)としか言い様のない名前ですよね。(あ、(笑)は“かっこわらいかっことじ”と読んでください)
両親はなにを思ってこんな名前にしたのか…甚だ疑問です。
これしかないと思った、と言っていたけれど、これしかないことはないでしょう、と全力で思います。
でもまあ、両親がこれしかないと思ったのは仕方ないのかもしれません。
なぜならここは乙女ゲームの世界なのだから。
わたしには前世の記憶があります。
前世のわたしはしがないOLで、飲み会から帰ったあと、何となく飲み足りない気がしてコンビニにお酒を買いに行った帰りに居眠り運転のトラックに突っ込まれて死んだ…ようです。
トラックが目の前にあったという記憶しかないけれど、まあトラックに突っ込まれたら普通死にますよね。なのでわたしはそれで死んだのだと思っています。
そして生まれ変わったのがこの世界。
わたしの友達に乙女ゲームが大好きな子がいて、よくその話をわたしにしてくれました。
その友達に勧められて初めてわたしが死ぬ前にプレイしていたゲームの主人公の初期設定の名前がわたしと同じと気付いた時のあの衝撃。いやはや、ビックリですよね。
と言っても、気付いたのはつい先程なのですけどね。
今はモラルーシ学園の入学式の真っ直中です。
モラルーシ学園は貴族の子息令嬢が通う由緒正しい学園で、王族の方が必ず入学されるところです。
少しでも王族の方と繋がりが欲しいと貴族の方々が自身の息子・娘を使って王族と親しくなろうと策略を巡らせていることも少なくないのだとか。
うちはそんな野望はないのですが、わが家から一番近いという理由でここに入学することになりました。
それに、モラルーシ学園には制服があるのです。
白い丸襟のシャツに水色のチェックのリボン又はネクタイ、紺色の無地のワンピースは後ろに大きなリボンがついていてとても可愛いのです。
そのワンピースやシャツにちょっとしたアレンジを加えて個性を出す…それ故に、皆ちょっとずつ制服が違っていて面白い。
また、生徒会というものがあって、生徒会に入った生徒は特別に赤いチェックのリボン又はネクタイをつけることになっている。なので、誰が生徒会役員なのか一目でわかる仕組みになっているのです。
周りをさっと見渡せば、知っている顔がちらほら。
知っている、と言ってもわたしが一方的に知っているという方ばかりなのだけど。
乙女ゲームの攻略キャラたちに、悪役を担う方。どなたも眉目美麗で、遠目から見ている分には眼福です。
その方々を発見し、わたしはここが本当に乙女ゲームの世界なのだと知って、遠い目をしたくなりました。
なぜならその乙女ゲームはテンプレ通りのシナリオで、ヒロインが数々の虐めに遭い、それを乗り越えることで攻略対象者たちと恋愛を成就させることができるというものだからです。
どんなイケメンと結ばれるためであろうとも、虐めは勘弁して貰いたい。
ですがこのままきっとわたしはゲーム通りに虐められるのでしょう…ああつらい。
なんということでしょう。晴れの門出であるはずの入学式にこんな暗い気持ちになるなんて…。
虐められるとわかっていて、これから楽しみだなあ、と思えるほどわたしは楽天的ではありません。
イケメンたちとの恋愛をするよりも、平穏無事な学園生活を送りたい。これがわたしの本音です。恋愛フラグなんてお呼びではありません。
そんな暗い気持ちのまま入学式を終えて、わたしは自分のクラスへのろのろと向かいました。
クラスはAからEクラスまであり、そのクラス分けは大抵身分の高い順に分かれているのですが、特別能力が高いと認められた者のみAクラスに入ることができます。
わたしもAクラスです。本来ならわたしはCかDクラスになるはずだったのですが、入学する前に受けた筆記試験の点数が良かったようです。弟と必死に勉強をした甲斐がありました。
あ、紹介するのを忘れていましたが、わたしには双子の弟がいます。
ピッカンテ・オーディオ・グリマルディ。それがわたしの弟の名前です。
…また名前をつっこみましょうか。
ピッカンテ。スイートが英語で“甘い”の意味ならピッカンテはイタリア語で“辛い”の意味です。そしてラブが英語で“愛”ならオーディオはイタリア語で“憎い”の意味になります。つまり、わたしたちの名前は相対するように名づけられているのです。
そんな名前の弟ですが、ゲームではわたしのサポートキャラとなっています。さりげなく、攻略キャラとヒロインの間を取り持ってくれたり、悪役キャラから守ってくれたりするいい子です。
実際の弟もゲームと同じようにいい子なのですが…。
「スティ。早くしないと置いていくぞ」
「ごめんなさい、カーティ。今行くわ」
呆れたようなまなざしで私を見つめるカーティは、どうやらわたしのことを妹だと思っているようです。自分は兄なのだから、妹を守ってやらねばならない、という使命感に燃えている…らしいです。
ですが、わたしが姉なのです。わたしの方が先に誕生しましたので、わたしが姉です。
しかし世の中には双子は後で生まれた方が先だという考えもあるそうで…どうやらカーティはその考えを信奉しているようです。
まあ、わたしは姉と言う性分でもありませんし、カーティが兄でいたいのならわたしは妹ということで構いません。せいぜいカーティを頼らせて貰いましょう。
そんなカーティもわたしと同じAクラスです。わたしは武術に関してはからっきしなのですが、カーティは武術に関しても優秀らしく、わたしよりもハイスペックなのです。
身内の贔屓目なしに見ても、カーティはとても容姿が整っていると思います。
ふわふわとした栗色の巻き毛に、大きな菫色の瞳。愛らしいという表現がぴったりなカーティはそんな自分の容姿がとても嫌なようで、「オレはカッコイイ男になりたいんだ!」と一生懸命体を鍛えて、将来はムキムキマッチョになるのが夢なようです。
…きっと今カーティをうっとりとした目で眺めている令嬢たちがその夢を知ったら全力で阻止をするでしょう。わたしは止めません。カーティも、令嬢たちも。
わたしとカーティは二卵性双生児なはずなのですが、容姿はそっくりだと言われます。
ここにゲームの力を感じなくもありませんが、まあ別に困ったことは今のところありませんので、気にしないようにしています。
あ、ちなみにわたしはカーティと瞳の色は同じですが、髪の色はカーティよりも明るい金髪です。
わたしとカーティがクラスに入ると、なんだかクラスの様子がおかしいことに気付きました。
わたしとカーティは顔を見合わせて、その原因を探しました。
それは、すぐに見つかりました。
「ヴィルマ。この間、東方の珍しい茶葉が手に入ったんです。近いうちに飲みに来ませんか?」
「ヴィルマ。キミが欲しがっていたものがようやく見つかったんだ」
二人の貴公子が、一人の令嬢を取り囲み、その令嬢を取り合うようにして互いを牽制していました。これがクラスの様子がおかしい原因でした。
その貴公子のうちの一人は王太子殿下の右腕と目されるエミリオ・デラ・イザベラ様。
イザベラ侯爵家の長男で、次期宰相候補とも言われている方です。淡い水色の髪に深い青の瞳が印象的な、わたしと同い年とは思えないほど落ち着いた雰囲気を漂わせている大人のような方。
もう一人は王太子殿下の左腕と目されているディーノ・A・カスティリオーニ様。
カスティリオーニ伯爵家の次男で、次期騎士団長候補として名高い方です。燃えるような赤毛に澄んだ水色の瞳を持った爽やか系の好青年です。
どちらもゲームの攻略対象者なので、イケメンです。わたしはどちらにもときめきませんが。
そんなお二人がしきりに話しかけていらっしゃるお方。その方は、ヴィルマ・リナ・リッツォ様。公爵家のご令嬢で、王太子殿下の婚約者――次期王太子妃となられるお方です。
そしてゲームではヒロインに率先して嫌がらせを行う悪役令嬢。
艶やかな漆黒の巻き毛に、まるでサファイヤのように輝く青い瞳。少しきつそうな顔立ちをされておりますが、ヴィルマ様は誰の目から見てもお美しい方です。女のわたしでさえ、ヴィルマ様の姿を見て思わず見惚れてしまったほど。
ヴィルマ様は困った顔をしてお二方を見つめていらっしゃいます。
そして不意に私の方に視線を向け、私とヴィルマ様の目が合いました。
ん? と私が首を傾げそうになった時、ヴィルマ様はまるで薔薇の花が開花したかのようにパアっと笑みを浮かべたのです。
その笑顔にイザベラ様もカスティリオーニ様もうっとりと見惚れていらっしゃいます。
……しかし、なぜでしょうか。なぜヴィルマ様はわたしを見てそんな笑みを…?
ハッ。もしやわたしではなくカーティを見て笑顔になられたのでしょうか。いえ、きっとそうなのでしょう。
わたしはヒロインですし、ヴィルマ様は悪役令嬢。いわば敵同士なのです。敵に笑顔を送るでしょうか。
答えは否、です。
「カーティ、リッツォ様とお知り合いなの?」
「いや? 今まで一度も会ったことないけど…あれはオレを見て笑ったんじゃなくて、スティを見て笑ったんじゃねえの?」
「まさか」
そんな会話をしている間に、ヴィルマ様は私たちに近づき「ごきげんよう」とその可憐な声で挨拶をしてくださいました。
一体なにが起こっているのでしょうか。そしてイザベラ様とカスティリオーニ様、わたしたちを睨むのをやめてください。怖いです。
「ご、ごきげんよう…」
わたしがキョドりながら挨拶をすると、カーティはさっと私の後ろに下がりヘコリと頭を下げました。
カーティはわたしを盾にするつもりのようです。カーティ、兄でいたいならこういうときこそわたしを守るべきでしょう。
そんなわたしの内心のツッコミなどお構いなしにヴィルマ様はにこにことわたしに話しかけてくださいます。
「スイート・ラブ・グリマルディ子爵令嬢ですわね?」
「は、はい、そうですけれど…」
「わたくしの名はヴィルマ・リナ・リッツォと申します。あなたの噂、聞いているわ。とても成績優秀だったと。あなたとは是非仲良くしたいと思っておりますの」
「は、はあ…」
本当に一体なにが起こっているのでしょう。
なぜヒロインたるわたしが悪役令嬢に仲良くしましょうと言われているのでしょうか。
公爵令嬢たるヴィルマ様から仲良くしようと言われて嫌だなんて言えるわけがありません。わたしの家は子爵家。公爵家よりも格下なのですから。
こうして、わたしはこの日、悪役令嬢とお友達(仮)になりました。
ここ、本当に乙女ゲームの世界なのでしょうか。疑わしくなってきました…。