表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

08 白の庭

 会議が終わってほどなくして、オーラブとロキスタは王都へ戻った。灰色の地でのどさくさに紛れ、良からぬ輩が犯罪を犯したり、治安が少々悪化していた。しかし、取り立てて大事にするほどではない。

 王宮の隠し部屋で、オーラブとロキスタが話し込んでいた。彼らは簡素なテーブルを挟んで向かい合い、地図を広げている。ロキスタは邸宅から持参した古書を幾度もめくり、古い時代の地図を何度も見ていた。その度にオーラブが地図上に線を引いたり、印をつけたりしている。


「なら、相当な量の銀があるってことか」


 オーラブの問いに、ロキスタがうなずいた。そしてにやりと笑う。


「銀本位の時代で良かったですねえ、殿下。ここは政府直属領にしましょう。今までのように王子が管理する名目だけの直属領ではなく、制度を整えて統治するのです。これで国庫も潤うというもの」


 悪人面だな、とオーラブが笑う。ロキスタも微笑み返した。

 整備は早急に行わなければならない。なにしろ一年以内にどうにかしてみると約束したのだ。できなければ、独立させてもヴァンテリエに吸収されても文句は言えない。総督は一番領地の近いクロヴィル子爵を仮に置くことに決まった。

 私は話をつけてきます、とロキスタが席を立った。オーラブは満足そうに頷いた。そして彼も席を立つ。

 オーラブが真っ先に向かった先は、王太子妃アメリアのいる白の庭だった。そこは白い花ばかりが植えられているため、そう呼ばれる。


「アメリアーっ!」


 駆け寄ってきたオーラブに驚きながらも、彼女は慌てて右に避けた。オーラブがそのまま植木に突っ込む。アメリア付きの侍女、ネリッサが目を丸くしてそれを見ている。

 植木から体を起こし、オーラブは服についた葉を払った。何度か髪を手でとかして整える。


「全くお前は……まあ、そういうところも含めて可愛いぜ」


 顔を赤くしたアメリアがオーラブを軽く睨む。

 ネリッサに席を外すよう頼むと、オーラブはアメリアを連れて庭の奥へ足を進めた。ネリッサは二人の背に一礼して去っていった。


「いったいどうなさったというのですか。あんな、人が見ているかもしれない場所でいきなり駆け寄っていらしては……」


 アメリアが不平を言う。いいじゃねえか、とオーラブは笑った。そして軽々とアメリアを抱え上げると、ベンチに腰掛けた。

 アメリアが慌てて逃げようとするが、オーラブがしっかりと抱きしめているためどうしようもない。


「ですから、こういうところを誰かに見られたら……」


 なおも焦って叱るアメリアにキスをして、オーラブは彼女を黙らせた。そして自信に満ちた目で彼女を見る。


「誰かに見られたら?何だって言うんだ」


 それは、とアメリアが口許を隠して目線を逸らす。


「国庫のために結婚した女相手に、あなたが本気になっているように思われてしまいます」


 オーラブが吹き出す。何がおかしいのですか、とアメリアは困ったように言った。笑いを抑え、オーラブが彼女の頬をひと撫でする。


「真実だ」


 アメリアが小さく息を吐いた。


「子どもみたいな真似をなさるんですね。ところで、どうなさったのです。何か大変なお仕事でも終えられましたか」


 その言葉に、オーラブが目を輝かせる。その表情は子犬のようだった。彼はまたしてもアメリアを抱きしめた。何なんですか、とアメリアが声をあげる。


「さすがだ!やっぱり俺の妻はお前に相応しい!」


 彼は先ほど灰色の地の統括問題の解決策をロキスタと練ってきたという話をした。


「すごく頑張った後は、子供みたいに気分が高揚するもんだ。その時に大切な人といられたら、これ以上幸せなことはない。だからわざわざお前を探しに来たんだ。探した甲斐があった、俺は今すごく幸せだ」


 無邪気に笑うオーラブを見て、思わずアメリアも微笑む。

 その時、オーラブの襟首を誰かが掴んだ。後ろに引っ張られる。おうっと声をあげ、オーラブがむせた。振り返ると、そこにはロキスタがいた。不機嫌そうな顔だ。


「はー……。いいですよね、ご自分は。内務省の者と話をつけている私を忘れて、話し合いを終えてさっさとアメリア様のもとへ行かれていちゃついて、幸せだのなんだのとおっしゃっていられるのですから。私にはまだ仕事もあれば、妻に簡単に会いにも帰れないというのに」


 悪かったよ、とオーラブが焦って謝る。構いませんよ、とロキスタは涼しい顔で言った。彼はネリッサを連れてきたようで、アメリアをネリッサに任せて王宮へ戻るよう指示した。


「で、どうだった」


 ズボンの尻についたゴミを払いながらオーラブが小声で尋ねる。上々です、とロキスタは答えた。


「ただ、あまり宣伝するようなことはしたくありません。ヴァンテリエに情報が漏れでもしたら一大事です。明後日、クロヴィル子爵と直接話をします。山の開発が軌道に乗るまでは子爵を中心に動かそうと考えています」


 構わない、とオーラブは返事をした。そしてロキスタの肩をぽんと叩いた。


「お前もたまにはエリーザ殿に顔を見せに帰ってやれ」


 わかってますよ、とロキスタが素っ気なく答える。しかし、彼の頬はわずかに紅潮していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ