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06 勝率

 その日中に、オーラブの親征が決まった。ほんの少し前、一度行ったことのある場所だ。あの時は雪が降っていた。今、もう雪はほとんど残っていないだろう。

 軍を率いるのはオーラブだ。国王は体調が悪く、もう戦場を駆けることはできない。


「何も親征なさらなくとも……誰か将軍に任せればいいではありませんか」


 ロキスタが呟く。険しい表情をしたまま、オーラブは地図を眺めている。


「それじゃだめなんだよ。別に、部下を信用してないとかじゃないさ。俺の部下なら、きっと反乱を鎮圧できるだろうよ。だが、俺は鎮圧したいんじゃない。あいつらを助けないとだめだ。反乱は鎮圧するだけでは連鎖する。繰り返すことが無意味だとは思わないが、そのために一体どれだけの血が流れる?」


 ロキスタは何も言わなかった。オーラブもそれ以上は何も言わなかった。

 繰り返し声を上げ、踏まれても立ち上がえることは意味がある。しかし、そのための犠牲をオーラブは嫌って

いる。灰色の地に住む人々を納得させるためには、確実に保証された約束が必要だ。だから、一介の将軍では務まらない。この国の王太子であるオーラブが約束したという事実が必要なのだ。


「しかし情報によりますと、他国の軍が進軍中です。規模的に我々は敵わないでしょうね」


 ロキスタがため息混じりに言う。


「いいんだよ。来たけりゃ来やがれ。サンメリエを甘く見ると痛い目見るっていういい機会じゃねえか。一国になったって戦ってやるさ。外国から灰色の地を守る。あれは、もうサンメリエのものだ。弟が命懸けて守ろうとしたんだ。今度は俺が命懸けて守ってやるさ」


 それからというもの、軍備を整え、情報を仕入れ、確実に準備は進められた。

 ヘッセンが陸軍省の廊下を歩いていると、反対側からロキスタが歩いてきた。端に寄って敬礼の姿勢を保つ彼の前で、ロキスタが立ち止まる。


「お前も従軍だそうだな」

 

 ヘッセンが返事をする。


「ただの反乱じゃないぞ?他国が介入してきたという情報もあった。ヴァンテリエ王国や、その他数カ国だ。全くヴァンテリエもどのツラ下げて援助をしようというのか……。だが、これはもはや内乱ではなく戦争だ。死んでも私は責任とれませんからね」


 ロキスタの言葉に、ヘッセンはいっそう背筋を正した。


「構いません。私は王太子殿下の部下です。戦場にお供し、戦死は覚悟のうえであります」


 そうか、とロキスタが笑う。彼は再び歩き出した。


「例の娘にかまけてへたれになっているかと心配しましたが、無用のようでしたね」



 陣の中で、オーラブとロキスタは地図を前に頭を抱えていた。入っていた情報よりも反乱軍が多い。外国の非正規部隊が投入されているためか、戦い方も慣れたものだった。だが、この焦りを兵士達に悟られてはならない。


「長期戦になったら、こちらが負けますね。かといって味方してくれる国は少ない……物資も補給が間に合っていない。これは死ぬしかないですね」


「アホ!やめろ!俺にはまだ子供がいないんだぞ。サンメリエ王室が途絶えるだろうが!」


 ロキスタの呟きにオーラブが反論する。


「ああ、やっぱりそれは嫌ですか?」


「当たり前だ!なんだよ、死ぬしかないって!ここで負けたら外国が侵入してくるし、王位継承者がいなくなるし……って、やべえなこれ!なんでこんなとこで国の存亡かけて戦って、しかも瀬戸際になってんだよ!」


「うわぁ、今更ですか。……しかし今の状況では、本当に勝率はありませんよ。ゼロです。しかし、どうせ瀬戸際なら一つ、運を天に賭けてみませんか」


 興奮を押さえ、オーラブがロキスタを見る。何をさせる気だ、とオーラブが尋ねる。


「こちらから和平交渉を申し入れることです」


 オーラブがテーブルを叩いた。衝撃で羽根ペンと定規が落ちる。


「貴様……負けろというのか」


 にじり寄るオーラブを制し、あくまで宰相は冷静に努めた。


「いいんですか。このままだと大量の血が流れるんですよ、挙句の果てには我々は死ぬんですよ。未来は決まっていないとかいうのは綺麗事です。あなただってこの状況を見れば分かるでしょう。敵軍の数を見て、我が軍の士気は下がっています。未来は決まっているんですよ。なので、話し合いの場を設けることです。確かに我々に不利になるかもしれないでしょう。ですが、せめて灰色の地の者と話し合うことができれば、殿下の思う約束が出来る可能性はあります。刃を交えるだけでは、約束すらできないでしょう」


 それはそうだが、とオーラブが俯く。

 話し合いの場で、騙し討ちされるかもしれない。そんなことになれば、泥沼化した戦いの中でサンメリエ王国は他国に敗れ、吸収されるだろう。

 だが、いずれにしても死ぬのなら――。


「いいぜ、騙されたと思って乗ってやるよ、その提案。俺はお前を信じてるからな。どうせ死ぬんなら、せめて理想を追わないとな」


 オーラブが椅子にどっかりと座る。諦めの滲んだ顔で宰相を見た。だが、諦めのおかげで焦りが消えた。余裕すら見える。ロキスタが微笑んだ。

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