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01 思い出の夢

 ――秋の満月の夜。この日は国全体で祭りが行われる。月の女神を祝福するのだ。人の賑わいから少し離れた丘に、少年と少女がいた。




「ねえ、とってもきれいね」


 五つくらいの少女が言う。月が二人の上で、青く輝いている。


「ほんと」


 少年が返した。彼はちらちらと周りを気にしている。少女が悲しげに目を伏せた。


「やっぱり、あした帰ってしまうの?」


 沈んだ声に、少年の表情まで暗くなる。


「しかたないよ。だって、僕らはまだ子どもだから」


 そう言って彼はポケットを探った。手に何かを掴み、少女に手渡す。少女が掌のものを見て、嬉しそうな声をあげた。

 七つ星のペンダント。水晶で出来た星は、夜の明かりにきらめいた。


「ねえ、離れていても忘れないから……十五年後のこの満月の時、また会おう。その時は、今度はずっと一緒にいよう」


 少女の手をとり、少年は言った。涙目で少女が頷く。

 その時大人の声がして、二人は引き離された。




 朝、彼はぼんやりとした頭で周りを見回した。あれは、幼い頃の夢?なんで、今更。

 ベッドからもそもそと起きたところで使用人がやってきた。着替えを済ませ、朝食をとる。

「今日もまた、頑張るか……」

 そう呟いたのは、この国の王太子オーラブ=デ=カルマールの部下、ヘッセン=フォン=オーヴリール伯爵だ。

 出勤途中、馬車の中で彼は考えた。あの少女はいったい誰だろう。

 そして、ふと思った。あれだけのことを言っておいて忘れていたなんて言語道断。もしかしたら、彼女はまだ自分を待っているかもしれない……!そんな物語みたいなこと、あるわけないだろうけれど。

 若干の疲れを含んだため息をつき、彼は大人しく揺られていた。


 その頃、王宮ではネリッサ=クロヴィルが忙しく働いていた。彼女は王太子妃アメリア付きの侍女だ。黒髪は邪魔にならないよう結いあげ、目はぱっちりと開かれている。

 アメリアから預かった洗濯物を運んでいる際、彼女はこの国の若き天才宰相ロキスタにぶつかった。


「申し訳ありません、宰相閣下」


「いえ……怪我がなくて何よりです」


 彼は落ちた洗濯物を拾うのを手伝った。


「どうかしたんですか、そんなにぼうっとして」


 はっとしてネリッサは自分をつねった。宰相がぎょっとする。


「あの、良ければ話してもらえますか。そんなぼんやりしたままでアメリア様に仕えられても困ります」


 少々厳しい口調で彼は言った。仕方なくネリッサも話す。


「実は、最近見た夢なんですが……」


「夢?」


 ネリッサは説明した。

 幼い頃、秋の満月の夜に婚約したこと。でも、それがどこの誰かも思い出せないこと。そして、十五年後の同じ日、再び会う約束をしていること。


「でも……そんな前のこと、もう覚えていらっしゃらないかもしれませんね」


 宰相はそんな彼女を元気付けるように言った。


「分かりませんよ。この世は時に不思議なこともあるものです」


「ええ……あまり期待しないでおきますわ」


 そう言い、ネリッサは洗濯物を運び、王太子夫婦のお茶の用意をしようと歩いていった。

 王太子夫婦以外に、茶を飲んでいるのは二人いた。宰相ロキスタと部下のヘッセンだ。


「そうなのよ。もう、びっくりしちゃって。でも夢の中って不思議よね。空を飛べたりするもの」


 王太子妃アメリアが喋る。どうやら夢の話をしているようだ。


「俺は飛ぶ夢は見ないな。割りと現実的な夢ばかりだ。ロキに怒られたりとかな。お前はどうなんだ」


 王太子オーラブが話す。宰相ロキスタはちらりとオーラブを見て言った。


「私はそもそも夢を見ません。どこぞの王太子殿下がもう少し働いてくだされば……」


「すみません、宰相閣下」


 そういえばあなたはどうです、と宰相がヘッセンに振った。


「そうですね……変な夢を見ました」


 見知らぬ少女と婚約し、七つ星のペンダントを渡したこと。十五年後の同じ日、再び会う約束をしていること。


「おや、それは……」


 ロキスタがヘッセンに話しかける。すると突然、ロキスタの頭上から紅茶が降り注いだ。


「熱ーっ!」


「あらあすみません私ったら!ロキスタ様、さあさあ早くこちらで冷やしませんと!」


 騒ぐなか、ネリッサがロキスタを廊下へ引っ張り出した。水場に連れていき、彼女は謝った。


「別にいいです。理由の検討はつきますし」


 髪を乾かしながらロキスタが言う。幸い、火傷はしていなかった。


「でも、何も頭からポットでかけなくても」


「ほんとはお袖に少しだけの予定だったんです」


「何したらそんなに手元が狂うんですか……」


 そして、改めてネリッサに尋ねた。


「なぜ、名乗りでないんですか。せっかくヘッセンだと分かったのに。あ、もしかして嫌ですか」


「そ、そうではなくて!」


 真っ赤な顔でネリッサが反論する。宰相がにやりと笑った。


「ただ、小さい頃の冗談ならばいざ知らず、今となっては身分違いです。相手は伯爵、私は田舎の貧乏子爵家ですから」


 ですから黙っておいてください、と彼女は念を押した。分かりましたよ、と宰相は頷く。ネリッサはそのまま女官部屋に、ロキスタは先程の部屋へと戻っていった。


「あ、ロキ。ちょうどいいや」


 部屋に戻ると、オーラブが呼んだ。


「ヘッセンがさ、その嫁探しをしたいんだとよ。手伝ってほしいんだが」


 ロキスタはにっこりと笑った。


「私も政務で忙しい身ですからね〜、過労死したらどうしましょうね〜、誰の責任でしょうかね〜」


 うぐっとオーラブが呻く。それに、とロキスタは付け加えた。


「私は妻もいる身ですし、他人の恋とかどうでもいいんですよね。面倒臭い。だいたいその令嬢、年齢的にもう嫁いでるんじゃないですか?」


 いいじゃない、と言ったのはアメリアだ。ねえ、とヘッセンを見る。


「嫁いで私のことなど忘れたと言うなら諦めます。ですが……もし待っていてくださるなら、私はそんな不実なことはできません。どうか、お助けください、宰相閣下!」


 ロキスタは頭を掻いた。こうやってどうでもいいことに巻き込まれるのは分かっている。だが――。


「しょうがないですねえ……」


「あ、ありがとうございます!」


 喜ぶヘッセンを見て思った。

 己の性分が怨めしい。


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