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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
子烏の片鱗

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片鱗


床に響く音。走ってくる足音が近づいて来る。すぐそばまで来て止まり、勢いよくドアが開いたと同時。

「白鷺、ここにいるのか?はぁ。どこに、いるんだ……はっ……はぁ。」

息を切らした愛鷹の声が聞こえる。きっと床に寝たままの俺が、愛鷹からは見えないんだ。

「ここに居るよ!」

体を起こして立ち上がる。

愛鷹は、腕で汗を拭っていた仕草で驚いた顔を見せた。そして泣きそうな、悲しそうな表情で近づいて来る。

何かがあった?鷲実に、何かあったのか?

「落ちつけ。いいか、慌てるなよ!」

焦っているのは、明らかに愛鷹だと思うのだが。

不思議な顔をした俺の腕を捕まえ、痛いほどに握ったまま。

「落ち着いているけど?」

「はぁ。くっそ、息が整わねぇ!……あいつは、どこだ?一緒じゃないのか?」

あいつ?鷲実?首を傾げ、口を開いたけど、愛鷹の言葉の方が先だった。

「西嶌だよ。祭りだ、前倒しになったんだよ!」

烏立?祭りが前倒し……?

息を整えるためか、愛鷹は深い息を吐いた。

「さっきまで、一緒にいたんだ。」

そう、さっきまで……ここで一緒にいた。

俺の欲望を抑え、逃がした。逃げてくれと……

「近くには、いないか。白鷺、落ち着いて聞け。いいか?」

落ち着き?動悸が激しくて、音が聞き取り辛い。冷静さなんてない。ただ、放心状態。

烏立からの警報を無視した。

弱さも知らずに、泣くのを見ていたんだ。……悲 鳴…………



唇に触れた指。自分の欲求を抑えるので必死だった。

ずっと、君は俺を見つめていた。目に涙を溢れさせ、零れるのを留め。

涙が揺れて霞んだ黒紫色の瞳。俺を見つめて、悲しみを訴えていたのに。

それも、汲み取れないなんて……情けなさを積み上げて行く。

恋に落ち、人としてのどん底に突き落とされ……徘徊…………


【バチッ】頬に痛み。

「しっかりしろ!反省は、いつでも出来る。今、お前にしか出来ない事をしろ!行け、社に。烏の再来に、特別な儀式をするらしい。西嶌は多分、そこだと思う。これ、お前を信じて渡す。」

手の平に、小さな折りたたみのナイフ。刃も短いし、殺傷力は無いだろう。

愛鷹は微妙な笑顔を見せる。

「切るのは縄だけ。使用しないことを願うよ。そんな状況じゃないこともね。」

烏の再来で、特別な儀式を行う祭り。時期の前倒し……

「下駄箱から出たすぐの所に、俺の自転車がある。俺は、お前の自転車でオジサンの所に向かうよ。何か、出来るかもしれない。……無茶だけは、しないでくれ。約束だ。」

真剣な眼差し……

無茶?社の状況が分からないけど、愛鷹はナイフを俺に渡した。縄を切るため。

烏立は、縛られているかもしれない。そんな儀式に……

「愛鷹、ありがとう。」

約束は出来ない。何が起こるか分からないから。

怖い。凍てつくような痛みの伴う恐怖。震える。だけど、俺に『逃げる』という選択肢はなかった。

結論は、ただ……自分の結末を、自分で決めたい。

机にかけていた自分のカバンを持ち、一息吐いた。

「愛鷹、自転車を借りるね。じゃぁ、また……」

心配そうな眼で見る愛鷹に、無理した笑顔を見せたつもり。視線を逸らし、向かうのは烏立の元。

廊下を走り、階段を高い位置から手すりを支点に飛び降りる。少しでも距離を縮めたい。

靴を履きかえ、愛鷹の自転車に乗る。カバンをカゴに入れ、息を吐く。

カバンの中には、俺の家系図。掛け軸が入っている。

これを、愛鷹や鷲実は燃やした。捨てた重みを理解して……俺には、理解できない。

俺の物だと、考えたことのなかった環境や関係。年寄り連中とのつながりなど、意識せず……避けたい存在だった。


自転車を走らせ、神社の前に着いた。

唯一開いているはずの日に、扉が固く閉じられたまま。

社への道が閉ざされ、荒れた息が思考を乱す。額や首、背中を流れる汗。静かな時間が少しずつ経って行く。

祭りは、まだなのか?耳を澄ますと、集団の声が聞こえる。

儀式は、始まっているのか?入り口は……そうだ、烏立の家!

自転車を置いて、細い山道を壁に沿って歩く。

入り口を見つけたが、鍵がない。乱暴に押し、体当たりをしても無駄だった。鍵がないと入れない。

胸ポケットに入れていたナイフで、こじ開けられるような隙間もないし。

カバンの中には、掛け軸と……

【チリン】カバンの中から、小さな鈴の音。覚えのない物。

烏立……君は、俺を信じてくれたのかな?カバンの中にあったのは、入り口の鍵。

あの日には、鍵についていなかった鈴のキーホルダー。

胸が熱くなる。湧き上がる想い。増えて、膨らみ……苦しさと愛おしさ。

今、助けに行くよ。例え、すべてを喪っても。君の期待に、少しでも応えることが出来るなら。それでいい。


烏立と以前に歩いた細い道。

小さな家に近づくに連れて、低い男たちの声が大きくなる。祭りのはやしも、異様な音色を奏でていた。

寒気がする。烏立の声は聞こえない。

烏の再来で、特別な祭り。きっと、烏立は家には居ないだろう。

年寄り連中の様子を見るためにも、社を見ておいた方が良い気がする。整備された道。

家の横を通りながら、窓を覗いたが、中には人の気配が無かった。

……ん?何だか嗅いだことのある匂い。微かに……

【ドンッ】大きな太鼓の音。突然の事に心臓が跳ねる。

祭りは、進行しているんだ。急がないと!

社の影から、そっと様子をうかがった。毎年のように集まる年寄り連中の、祭事。中心に、炊き上げの炎。

烏立は、社の中なのか?軒下が見えるように、整備されていない木々に紛れ移動する。

音が響くけど、祭事の音が大きいからか注意を逸らすほどでも無い様だ。

そうだよな、侵入が困難なら警備も手薄になる。煙や香で、虫も少ない。様子も、ゆっくり見ることが出来る。

毎年、時間が過ぎるのを願った。違いが分からないな。

軒下に、目を閉じた烏立が横になっている。手には縄……まるで生贄。

ゾッと寒気が、背中に流れた。鳥肌が立ち、震える足。

これが烏を祀り、再来に対する儀式?年寄り連中の考える物が理解できない。こんな血族の末裔。

刻一刻と、烏立に迫る祭事。今までの烏に、彼らは……何をしたんだ?

これが祀り…………


年寄り連中に交ざって、体力のありそうな男の人の姿も見える。

烏立を助けるにも、注意を逸らすような余程のことが無い限り、近づくことも出来ないような状況。

今、迂闊に近づいて見つかれば捕まる。これ以上は無理なのか?

烏立、ごめん……

辺りが一瞬、眩い光に包まれたと同時。地響きと、耳を貫くような雷鳴。

沈黙の数秒後に、ざわめきと混乱。静まるように促す怒鳴り声に応え、沈静化。

チャンスを逃したのか、俺は。

「見ろ!煙だ……火事だぁ~!」

境内が、異常の大混乱。

若い層の人は集団で、逃げるように閉ざされた出口へと群がる。

年寄り連中は、炎に呼び寄せられるように近づいて行く。火を消そうとして、惑う。

俺は軒下に入り、烏立に近づいた。

俺達に、注意を向けるものは誰も居ない。縄にナイフで切り目を入れ、解く。

「烏立、起きろ!逃げよう。一緒に、逃げてくれ。」

頬を何度か、加減して叩いてみる。烏立は眉間にシワで、起きそうな反応。その様子に安堵する。

そんな俺の視界に、烏立の足首も縄で縛られているのが見えた。逃げるには邪魔なもの。

慌ててその縄も切り、手と同じように解いた。

香の匂いを感じ、めまいが一瞬。クラクラする。気分の悪さに、烏立から離れ咳き込んだ。

「……っ!はぁ……ごほっ。」

涙目で、烏立の方に視線を戻すと姿が無かった。

探す視線に、目に入った光景は中心にある炊き上げの炎。それに近づく烏立。手には、掛け軸。まさか!

目に溜まった涙を手首で拭い、烏立に走り寄る。

「烏立!」

「……白鷺。来て、くれたんだね。嬉しい。……だけどね、私、烏じゃない。」

「あぁ、烏立は……」

「違うの!末裔じゃなかった。子烏じゃなかったの。だから、祭りの前倒し。この掛け軸は、養女の私の名が、書き加えられた物……」

烏立は掛け軸の紐を乱暴に引きちぎり、広げて炎に投じた。

火事の混乱の声も、無声に感じる。

ポツ。ポツリ……小さな雨粒が、落ちてくる。それが増えていく。

俺は、自分の掛け軸を同じように広げた。雨が大粒で、大量に降り注ぐ。

弱まった炎に、投じようとした掛け軸は濡れていく。乾いた紙が、水を吸い込み……流れ落ちる。

押し流すように、散り散りになる紙屑。これが、末裔の終止符……?

「白鷺、火が!」

ずぶ濡れの烏立が指差した炊き上げは、消火された後だった。

「烏立、これを見て。掛け軸の下に、文字がある。織り込んだものだ。帰ろう、俺の家に……」

烏立の手を取り、逃げ道の為に開かれた扉の方に歩き出す。

年寄り連中は、豪雨の中、立ち上る炎と黒煙を見上げて立ち尽くしている。

立ち入りの制限された場所で、燃える要素の詰まった山。

彼らの求めるのは、烏じゃない。この豪雨が、火を食い止めることを願う。無力な人間の集まり。

逃げ惑う人に、勢いよく開いた扉は自転車を跳ね除けていた。

扉で隠れた自転車は、残されている。

土砂降りの雨が、降り続く。その中、自転車に乗って、カゴには濡れた掛け軸が揺れる。

痛いほどの大粒の雨が、体に当たる。雨水を吸って張り付いた服が、体温を奪っていく。

自転車の後ろに乗った烏立は、うつむいて黙ったまま。

烏立の腕が腰に回り、密着した状態で……俺は、烏立の体温を味わう。幸せを得ていた。


家に着き、そこに居たのは父さんと愛鷹、鷲実。

状況を知りたいはずなのに、不安そうな顔で俺達の心配をしている。

烏立に先に風呂へ行ってもらい、俺は濡れた服を脱いだ。バスタオルで身を包み、温かい飲み物を手に、濡れた掛け軸を広げる。

それを囲むように、4人で見つめた。

古い文字……家系図と共に受け継いだ物…………子烏の片鱗。





烏よ なぜ啼くのかと貴方は問う

私は山に その生まれた日に 年ごとの加護を願って集めた 御守七つ 七つになる子があるから

可愛 我が子を思い 烏は啼くの 可愛 我が子が 可哀相だと 啼く

山の古巣には そんな母を知って 仇の眼を向けた 七つの子烏 

私の子……可愛い我が子の加護を 常に願っているわ……私の末裔……子烏の片鱗…………



END

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