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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
子烏の片鱗

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④仇


烏は山に子がある 可愛 我が子を思い 可愛 我が子が 可哀相だと 啼くのだ

山の古巣に 御守七つと 仇の眼をした 七つの烏

…………忌詞……

子烏は、俺達の家系に関わらなかったのか?繁栄をもたらした烏。それは、子孫を与えなかったのだろうか?

……かわいそうな我が子は…………




新しく改装したのが分かる。小さな平屋の家。烏立の為なのか?改装の工事を、周りに知られることなく。

お家の力は衰えたはずだ。年寄り連中の異質さに、寒気。身に覚えがある。悪夢の朝、味わった恐怖。

烏立は、ここでの生活しか選択が出来ないんだ。俺が、養うことも出来ない。

泣かないで……欲しいのにな。

「はい、アイスコーヒー。」

俺はマグカップに手を伸ばし、口に運ぶ。

【ゴクッ……ン】苦い。

「ふ。無糖だよ?」

思わず漏れた笑顔に、目を奪われた。君は、そうやって心も奪っていくんだ。

悩んでいたことや、解決しない重荷が、消えたわけじゃないのに軽く感じる。

「牛乳が欲しいです。」

「……ないわ。頼まないと。」

視線を落とし、ブラックのアイスコーヒーを飲む烏立は、大人に見えた。

「烏立、あの……」

言葉が続かない俺に、苦笑を見せ、黒紫色の瞳が見つめる。潤んだような、輝きの鈍った視線。

「私たちに、御守なんてないわ。私が持っているのは、掛け軸だけ。今までの烏は、ここに持って来られなかったわ。家系図だから。」

会話を遮ると、いけない。きっと烏立も聞いたばかり。俺に出来るのは、黙って耳を傾けること。

「私が幼いころから聞いた物語は、大好きな人に守られて幸せに暮らした……はず、なんだよね。幸せを奪うような人が居たなんて、聞いていない。悲しみに負けて涙を流し、大好きな人を困らせてしまうなんて……知らない。」

烏立は震え、泣くのを必死で我慢している。

マグカップを、自分から離して置き、烏立の持つマグカップをそっと取り上げる。

黒紫色の瞳を霞ませる涙。零れて、頬を伝う。

泣かないで欲しい。だけど……

「泣いていいよ。俺に、弱さを見せていい。困るとか思わないから。抱きしめても良い?慰めたいんだ……」

烏立の飲んでいたマグカップも、自分たちから離れた場所に置いて、そっと抱き寄せる。

もっと、自分が取り乱すと思っていたのに。冷静で、愛しさに満足していた。衝動的じゃなくて、ほっとする。

指で涙を拭い、溢れる涙に唇を寄せた。自然に舐めとって口に含む。

「……ふっ。」

くすぐったいのかな?涙目での微笑み。

「なぜ西嶌家が、この土地を離れて暮らすようになったのか……分からないみたい。お家を護るのも、大変なのね。……私は全てを奪うの?自分は、好きになった人との幸せを望んじゃダメ?ね、理解できないのよ……私は、西嶌烏立。烏じゃない!唯一、学校で笑顔を向けたあなたが……私に恋心を生んだの。白鷺が……」

抱きしめる力が、強くなる。どう、答えて良いのか惑う。

「烏立……俺は、君を初めて見た時に惹かれたよ。もっと、知りたいと思った。一緒に過ごした時間が短いのに、全てを喪っても良いと思えるほど。……好きだ……」

抱きしめる力を緩め、烏立の両腕を掴んで、視線を合わせる。閉じ気味の目……重なる唇…………

手を移動させ、烏立の腰と頭を支えるように床へ寝かせた。

頭を撫で、黒紫色の髪に触れると冷たくてサラサラで驚く。頬は、俺の手より温かくて柔らかい。

キスをしていいのか迷いながら、額・目元・頬・口の端……

少しずつ近づいて、見つめる視線に拒絶が無いので微笑み、唇を重ねた。無意識に深く……柔らかい。

良い匂いがする。烏立の呼吸が伝わる。熱と視線が……俺を誘う…………

手は、柔らかな身体に触れていく。黒い制服から白い肌が見えた。

映える白さに、唇を当てる。反応の返るのを感じ、高鳴る心音。衝動に駆られ、夢中になっていく。

落ちて行くんだ……底なしの想い……すべてを喪ってもいい…………

「ふふ。知っている?カラスってね、自分の子烏を殺すこともあるのよ。なのに、生涯つがいは同じ。巣は何年も繰り返し使う。」

可愛い我が子が可哀相だと……

「御守って、加護を願うのよ。」

全てを喪っても……この得た幸せな時間も、君も……

手放すことを恐れ、戸惑いは君に感染した。保っていた均衡を崩し……修復は…………


触れていた肌から手を離し、被さっていた体を退けた。

「ごめん。」

君の目を見るのが辛かった。黒紫色の瞳に、俺の中を見透かされているようで、怖かった。

俺は逃げるように、その家を出た。

君を閉じ込める。小さな空間から、君を置いて。救うことも、決意も出来ずに。ただ……逃げた。

君に言ったのはウソじゃない。すべてを喪っても良いと、本当に思ったんだ。信じて欲しいなんて、都合が良すぎる。

信じられないよね、弱い俺なんか。

過去、烏を愛し、災いを受け入れた人がいる。失った物と残った物。それらと引き換えても、烏を選んだ。

そんな末裔にもなれない。


山道を歩き、いつもは自転車で走る距離も苦にならない。

それ以上の……

疲れなのか、夢を見た記憶を消したのか……朝目覚めた俺には、まどろむような思考。

目覚めが良いわけでもない。だけど、自転車がないから早起きしないといけない。

身支度を済ませ、いつもと異なる起床時刻に父との遭遇。

「父さん。烏は、御守を持っていないよ。」

言いたかったのは、違う事。それ以上の感情や悩み。

父さんは、ただ静かに答える。

「そうか。」

俺の中を読み取ってくれたように感じた。ただ、そう思いたかったのかもしれない。

下手に、多くの言葉を語られるより救われる。否定されれば……きっと、無謀な事に走ったかもしれない。

自分から、全てを捨てるような衝動さえ。

「父さん、ありがとう。行ってきます。」

見守る視線……


避けていた神社への道を通り、学校へと向かう。歩きには近道が良い。

災いを恐れているのは、俺の心。烏立とも、会えるかもしれないと期待する心、矛盾した思い。

謝ることが出来るだろうか。上手く、言葉が出ないだろう。

情けなさに、自分が押しつぶされる。どんなに言い訳しても、覆らない。昨日の俺は最低だ。


学校に着き、教室へと向かう。

朝早く、いないはずの教室に人の気配。急かされるようにドアを開けた。

中に居たのは、烏立……俺から視線を逸らす。

「おはよう。」

返事は無い。反応も視線も、俺を意識していないように、静かな時間。

自分の中に、渦巻く黒い感情。こんな感情が、今まで自分の中に存在したのか?

足早に、烏立へと距離を縮める。その近づいた俺に、視線を逸らしたまま逃げようとする烏立。

自分のした行為も忘れ、烏立への理不尽な怒りが込み上げる。苛立つ感情に急かされ、俺は烏立を窓際に追い詰めた。

俺の息は荒く、そんなに走っていない烏立の息も荒い。

熱い……触れていない吐息を感じ、自分の体が反応する。

自分の理性も感覚が鈍る中、黒い瞳に見つめられ……触れたいという願望が急かす。駄目だ、まだ。謝ってもいない。

俺の決意もない。弱い俺が、烏立に触れるのは相応しくない。だけど、触れたいんだ。逃げないで……少しで良い。

俺は、ゆっくり烏立の口を押えた。手のひらに、柔らかな唇と熱い息を受ける。

顔を近づけ、彼女の口を押えたままの自分の手に口づけした。

足りない。隔てる自分の手に、もどかしさ。それを取り払って得るものを、必死で我慢する。

それなのに自分の欲望は、自分の手を移動させていく。唇に、ギリギリ触れた二本の指。ギリギリの葛藤。

自分の指の間に舌を入れ、唇に触れているのかも分からない。

そんな距離に味わうのは、自分の唾液が指や手を伝う違和感。満足も得ない。そんな苛立ち。急かす欲求が増すばかり。

反応する身体に、抑えを意識して汗が滴る。荒い息。

思考の曖昧さに、吐き気がする。

このまま、自分の欲求だけを押し付けたのでは、嫌われる。もう、嫌われているなら……もう、いっその事…………

いや、今後を話し合うべきだ。問題は解決していない。

俺の想いは、こんなにも烏立を求めている。喪うのが怖い。それでも、手に入れたい。大事にしたいんだ。泣かないで欲しい。

「逃げて……」

彼女を解放できる隙間を必死でつくる。

烏立は、俺の視線も気にせず、隙間を流れるように去って行く。目も合わない。

残り香に、落ち着かない動悸。ゆっくりと座り込んで、床に寝転び、丸くなる。

求めて止まないのは、純粋な恋だと、思いたい。

自分勝手な涙が、重力に従って下に落ちて行く。それは、乾いた床に染み込んで消えた。あっけない。

自分の悲しみも、時と共に薄れるのだろうか。

そうか、消えるのは……俺自身…………




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