啼く
烏の災いに、激痛の病。廃れる家系……知らずにいた災いのもたらした結果を、目の当たりにして……やっと、実感する。
悪夢への恐怖。身も凍るほどの寒気。
すべてを喪う……“すべて”。それでも、烏立を選ぶのか?手に入れたいと願うのか?
そんな独占欲と、狂うような愛情……俺には無い!あるはずがない……
逢ったばかりだ。惹かれるのは末裔だから?理解できない。
俺は外に出て、自転車に乗った。目的地もなく、田舎の道をひたすら走る。
小さな集落と、家系と関係のない定住者の町。それが見渡せるところで、自転車から降りた。
自転車を木にもたれさせ、その木に登る。
汗だくに、風が涼しく通って、眠気に誘われた。疲れが押し寄せる。
目まぐるしい変化に休息を望む。
「カァーッカァー」
しわがれた声に、俺は目を覚ました。
夕暮れに飛ぶ……黒い鳥。烏が鳴いて…………
朝、制服に着替えながら夢を思い出す。記憶に残っていない……なのに切なく、涙が零れた。
自分の記憶?大人たちが口を閉ざしていた忌まわしい過去。
毎年、祭りの時期に聞いた忌詞。年寄連中が集まり、選挙や昔の栄光を語った。
学歴や商売……面白くない話を延々と。失ったものを憂い、烏を祀る。災いを恐れて……
学校に向かいながら、頭の中は色々な事がグルグルと支配する。
付きまとうのは、不安。今まで、普通に近づいていた人や挨拶をしていた人たちが、遠巻きに俺を見つめる。
戸惑う。俺は何も変わらない。変わっていないはずなのに……災いで、すべてを喪う。
“すべて”……俺自身?俺に関わる人や物まで?奪うのは……
自転車置き場で、深いため息を吐いた。
「まるで、あなたが災いみたい。」
この声……
「烏立、おはよう。」
話しかけられたのが嬉しかった。単純な俺の心は、どうかしているんだろうな。
深まる想い。俺には止めることができない。君は、受け入れるとは言わなかった。
『恨んでほしい。憎んで』どうして、そんなことを言うんだ?
俺の表情は、そんなに複雑だったのだろうか。
「……おはよう。」
烏立が苦笑しながら、挨拶を返す。
俺は言葉を出そうとして口を開けたが、すぐに閉じた。聞きたいことはあるが、一つの疑問にも答えず、烏立が去った記憶が辛い。
『すべてを奪いたいわけじゃない』その言葉を信じたい。そして烏立からの、キス……!
しまった、急に記憶と感覚が交差する。目が、烏立の唇に。釘付け?落ち着け、心臓!
「白鷺?」
【ドキッ】
今、名前とか呼ばれたら……思考がまとまらない!鼓動が自分にバクバク聞こえる。
黒紫色の瞳が俺を見つめて……囚われてしまう。このまま、逃れられない。
「烏立、ごめん!」
思わず、抱き寄せた。腕にいる烏立は、抵抗が無い。サラサラの黒紫色の髪は、冷たく指を流れて行く。
誰にも、渡したくない。俺の物にしたい。それは、普通なのか?
初めて君を見たとき、戸惑った。その感情が、何なのか知りたくて……周りなんか気にしなかった。
一目惚れ?そんな曖昧な感情が、俺のすべてを奪う?分からない。けれど……
烏立の頬に手を当て、見つめる黒紫色の瞳に囚われたままキスを落とした。触れただけの唇。
烏立は、視線を俺に向けたまま。
「烏立、俺は……もっと、君の事が知りたい。このままじゃ、恨んだり憎んだり出来ない。過去の片鱗としてじゃなく、俺自身が……君への想いを確かめたいんだ。逃げないで……」
俺の精一杯の願い。
「……私も知りたい。西嶌の女が、愛してきた家系の末裔だから惹かれるのか……きっと、その答えが……“すべてを喪う”この災いの結末を意味するのだと思う。奪うのは、私。白鷺、何故……古巣に戻ったのか。知って欲しい。放課後、時間が欲しいの。」
烏立の目は、真っ直ぐに俺を見つめ、決意を示す。そして、いつものように……君は俺から去って行く。
残されるのは、いつも俺。
約束は放課後。追いかけることも出来ない後ろ姿を見守る。
腕に留める術も知らず、募る想い。彼女を嫌う理由に、災いを含めるべきだろうか?
彼女自身が望んでいない。俺から“すべて”を奪う事……何かが引っ掛かる。腑に落ちない。
教室へ向かう途中、話声に足を止めた。聞き覚えのある声だったから、声のする方へと疑問も持たずに方向を変える。
近づく声。やっぱり、愛鷹……!
足を止め、慌てて後ろに下がる。物陰に二人……相手は誰だ?
「イヤッ!酷い、力じゃ勝てない。」
うわぁ、鷲実?足が動かない。駄目だ、ここから離れないと!
「……知っている。調子が悪いのも。……もうすぐ、死ぬかもしれない事も。」
……死……動けなかった足が、フラフラと揺れる。視界が染まって暗闇に落ちる。
喪うんだ。すべて……災いが奪う。
その場を離れた。逃げるように。
父から、鷲実の話は出なかった。俺の相手にしてしまえば、選べないだろうと考え呼んだ。その答え。
『病の災い。南嶋家も駄目ね。』
鷲実は一人娘。跡取りを残さず、死ねば、消える片鱗。
苦しい……喪う事が、こんなに辛いなんて。愛鷹……君は、いつから彼女を好きだった?
俺は何も知らずに、災いも気にせず、暮らしてきたんだ。
教室への廊下が長く感じた。
そこには、災いをもたらした片鱗がいる……愛しさと憎しみ……
『恨んでほしい……憎んで』
涙が零れた。いつから、こんなに弱い自分になったんだろう?これが本当の自分。
何も出来ず、流されるように漂うのだろうか。
道を戻り、屋上へと続く階段を上った。不用心にも鍵が開いていて、外に出る。
町や村を見おろし、ため息を吐いた。
不安だけだった心。胸の部分を押さえ、服を握る。息詰まる。
憎いはずなのに、思い出すのは黒紫色の瞳。痛んだ胸が、癒されるように甘さで満ちた。
矛盾の想いに、感覚が狂う。誰か……ここから、助けて…………
「白鷺?お前、ここは立ち入り禁止だぞ。おい?大丈夫なのか、来い!影に入るぞ。」
愛鷹が、ぐったりした俺を抱え、屋上入り口の建物の影に連れて行く。
「ちっ!待っていろ、水を持ってくる。無茶、すんじゃねぇ~ぞ?」
愛鷹は、上着を脱いで俺を寝かせ、走っていく。
ふっ。愛鷹に救われる。何も変わらず接して……愛鷹の気持ちを考えると、胸が痛む。
「白鷺?意識はあるか~?」
【びちゃっ】額に濡れたタオル。
「……ぶっ。くくっ、お前、少しは絞れよ。」
笑った俺に、愛鷹は笑顔を向ける。俺は、水の滴るタオルを持って座りなおした。
「白鷺、吐き出せよ。ためすぎは、良くない。俺は、欲望も素直に出すぜ?」
水の入ったペットボトルを渡しながら、ニヤリ顔。
さっき、偶然、知ってしまったんだよな。苦笑してしまう。
「学校は、不味いから控えろよ?」
「見たのか、エッチ!」
【ブッ】口に含んだ水を思わず噴出し、手首で拭って、愛鷹の態度に呆れる。
「災いの結果は、残った物がある。憎しみと複雑な想い。白鷺、俺は……鷲実だけだ。彼女以外との結婚はしない。普通の家庭になった北巣家も、俺で最後。烏は、これで満足なのだろうか?どうして、烏は古巣に戻る?すべてを無くすのが目的なのか?」
愛鷹は、ふざけた態度から一変し、真っ直ぐに俺を見て語った。
愛鷹と鷲実が、それぞれの未来を見ているのだと理解する。
すべては、烏がもたらした栄光だと聞いた。それを喪う。与えた物を奪い、確かに残らない。
そこには、何も……なく……複雑に絡んだものは…………




