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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
子烏の片鱗

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③泣く


夢を見て、恐れたのは何に対してかな?

君は泣いていた。黒紫色の瞳を潤ませ、溢れて零れる涙。頬を伝い、黒紫色の髪に滴る。

泣かないで……俺には、何が出来る?

悲しみの涙を拭い、君との幸せを願ったのは、愛しさ。

貪欲に、君を欲したわけじゃない。手放すことを恐れたのは本当。手に入れるのも、本当は…………

烏立は家の塀を、手で触れるようにして歩く。迷路から抜けるかのように。

「どこに行くの?」

君の手が、俺の声に反応して揺れたのは一瞬。

聞こえているんだよね。それでも振り返ることなく、返事もない。

烏立は、制服だけど荷物を持っていない。そして家の門の前に立っていた。俺を待っていたのかな?

愛鷹とは、会ったんだろうか?疑心暗鬼……嫉妬に狂いそうだ。

俺は、もう……烏立を手に入れたつもりなのか?愛鷹も、同じ夢を見たのだとすれば……

「ねぇ?」

【ギクッ】心を見透かされたように感じて、身体が固くなる。

「何?」

声がうわずってしまい、表情もぎこちなく思う。誤魔化すように、笑顔を向けたつもり。

烏立の黒紫色の目が見つめる。歩行を止めて、俺に視線を向けたのは少しの時間。

「夢で、私は……逃げたの?」

質問をし、また前を向いて歩き始める。君は、答えを望んでいないかのように見えた。

「夢だよ。君は、『会いましょう』って言ったけど。あの夢は、過去の記憶なのかな?それとも、予知夢だったんだろうか。恐怖は感じなかった。」

烏立は後ろ姿のまま。【くすっ】小さな笑いを聞き逃さなかった。

「どうして、笑うの?」

俺の質問に答えが返る。

「私の逃げる理由が見つからない。」

そうだね、俺が目覚めたんだ。君の言葉の途中で。逃げたのは、俺なのかもしれない。

今まで見てきた悪夢から、目を逸らしたんだ……きっと……

「君も啼くのに?」

無意識だったと思う。何故、その言葉が出たのか。

烏立は立ち止まり、体の方向を変えて脇道に入る。慌てて、その後を追った。

細くて薄暗い道。抜けたと思えば、山の中。

ここは敷地なのか?ここは、禊をした川?

こんな道があるなんて。違う道から来て、新鮮さと不思議な感覚に周りを見渡した。

「どう?境界線があるところから、私は侵入したの。」

無表情の中、どこか得意げに見える。

「可愛いね。」

素直な感想に、君は視線を逸らした。照れているのかな?

「夢の中、『古巣に還るしかなかった』と、君は言ったよ。」

そして『ここに』で、言葉は途切れた。

「東・北・南……消えかけているのは、西も同じ。最後……」

最後の烏。

「烏が啼くのは……」

【ドンッ】烏立の声と同時。【バシャッ】勢いよく突き飛ばされ、俺は川に落ちた。

冷たい水。午前中は、夏場でもキツイかな。

行動の意味が分からず、俺は見上げる。

自分にかかる影。自分の肩に、両手を置いて見下ろす烏立。

「すべてを奪いたいわけじゃない。」

黒紫色の瞳が光る。

【ポタッ】頬に、冷たい水。

目を閉じた烏立の顔が近づいて、俺の唇に重なる。柔らかさと、髪から漂う良い香り。甘い口づけ……

力が抜け、烏立の体を抱きしめながら、ゆっくり水の中に身を沈めた。

浅瀬に浸る身体は、体温を奪われているはずなのに、熱が上昇する。

“烏”を手に入れれば、すべてを失う……

目を閉じるのも忘れ、止まった時を味わう。

烏立は目を開け、唇から離れた。黒紫色の瞳は、光が無いからか漆黒の闇色。

何を信じればいい?

夢に見たのは過去の災い。御守がもたらす。烏を護る。何から?

男たちが望んだのは、他を捨ててでも、彼女の涙を止めたいと願う愛情。

「……烏は、何故……啼く?」

「……子烏への愛情なんかないわ。白鷺、恨んでほしいの。憎んで。」

忌詞のように、君は繰り返す。

子烏の片鱗と、それに狂った末裔。

「君に惹かれるのは血筋だからかな、血は争えない。抗うことは、出来るのだろうか。烏立……俺の想いは、深まっていく……受け入れてくれる?」

君の返事は無かった……


水辺に座り込んだまま、揺れる水面の輝きを見つめた。手には、烏立の柔らかさの感覚が曖昧に残る。

記憶には、残らない温もりと香り。味わった時間が夢のように漂う。

烏立は無表情で俺から離れ、視線を合すことなく、言葉を残さずに……俺の前から去って行った。

追いかけることの出来ない沈黙の拒絶。

手を頭に乗せる。太陽が照らし、熱のこもった頭。

このまま、ここにいても仕方がない。ため息を吐いて、立ち上がった。濡れた服のまま川を渡る。

「白鷺、何をしているのですか?」

色白な顔で、夏なのに肩に上掛け。

南嶋なしま 鷲実すみ。昔から病弱だと聞いていたが、それが烏の災いの故だとは、知らなかった。

「涼みだよ。鷲実、暑くない?」

上掛け、毛糸だよね?さすがに、見ている方が暑く感じる。

「……寒気がするの。凍りついて痛むような激痛……ふふ。西嶌さんも、夏だと言うのに長袖の黒い制服よね。生地は薄いし、夏用なのでしょうけど。」

鷲実は、視線を落として服をぐっと握り、会話を変えて微笑みを向ける。

病気、良くないのか。心配をさせないように、無理をしているのだろうか?

烏立の制服……全身が黒いイメージで統一されていたからかな。長袖が気には、ならなかった。

「白鷺、私も夢を見たわ。きっと愛鷹も……同じかは知らない。夢は記憶。私たちは片鱗。今日はね、おじ様から呼ばれたの。お家の為に……」

家の為?

「それって」

俺の口に指を当て、苦笑する鷲実。

「心配しないで。お断りするわ。」

俺が発する言葉を、理解しているんだ。

心配?何を?思考がグルグル。

「白鷺、唇が熱いわ。涼むなら、家に入った方がいいわね。」

鷲実は穏やかに笑い、俺から離れて家の方へ歩いて行く。

唇の熱……か。指を当てた。

父は少しでも、俺が烏立に近づかないようにしたいんだ。手に入れる道を閉ざす……お家の為に。

鷲実は、断ることが出来るのだろうか。本家の力も、それほど強くは無い。名ばかり。

『心配しないで』か。

不安が、ずっと支配している。

俺は烏立の事を、本当に好きだろうか?すべてを喪っても……それほどの覚悟が…………

上着やズボンが濡れて、肌に張り付くのは気持ち悪いな。ズボンの裾を少し折り曲げ、裸足で家に上がった。

部屋で着替えた方が良いだろうな。

「……病の災い……もう、南嶋家も駄目ね。」

「しっ!」

廊下に、長年勤める庭師とお手伝いの人。二人は俺の顔を見て、口を閉ざして逃げた。

鷲実が父の元に来て、噂になるような病。


自分の部屋に入って、着替える。濡れたズボンをハンガーにかけ、窓際に干した。

外に、鷲実と愛鷹。

俺の視線に愛鷹が気づき、口に指を当てる。俺が声をかけると、今は不味いのかな。

そうだよな、鷲実は『心配しないで』と、言っていた。色々な意味を含んで。

黙って見ていた俺の前で、愛鷹が鷲実を抱き寄せた。

愛鷹は目を閉じ、頭にキスを落とす。……俺には、そう見えた。会話は聞こえない。

見てはいけない気がして、部屋の奥に下がる。

『俺には関係ねぇ。憎しみしか宿さず、同じ憎しみで染まった者にしか欲情しない。』

愛鷹の言葉を思い出し、彼の想いと、鷲実の憎しみを知った。


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