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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
子烏の片鱗

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帰る


俺は一人、自転車に乗って、ゆっくりと薄暗い山道を走る。

家に着き、食事を済ませた。

父の何かを告げようとする雰囲気を感じ、その様子が俺を急かすようで、逃げるように自分の部屋に入る。

丁寧に保管していた巻物を机の上に置いて、そっと広げた。自分の家系……

昔の字で、良く分からない。最後に書かれた自分の名。

途絶えた南と北……鷲実の短い命。残りの時間を共にし、まだ、残せる子孫を拒んだ愛鷹。

俺は?すべてを喪う?喪ったのは、愛鷹じゃないのか?

烏の災いが、残った物を覆す。

俺は、この掛け軸さえ……燃やせない。

烏立を護ると言ったのに。どんな気持ちで、帰ったのかな?

俺は、還る場所になる資格が……ない。


窓の外は暗闇。空には月と星が輝き、時間と共に変化する。

流れる雲。時間も流れる。そして、明日が来るんだ。

日が昇り、繰り返す日常。

布団に入り、睡魔に誘われ……夢を見る。俺の今日の記憶……

烏立の笑顔。笑う声。好き嫌い、好奇心と苦手意識……君を知って、心に溢れるのは熱い気持ち。膨らむ想い……

護ると言いながら、自分の感情さえ制御できず、覚悟もない。弱い自分に吐き気がする。

烏立に嫌われたと、痛む心。傷ついたのは、きっと烏立なのに。

烏立は、どう感じただろう?

愛鷹や鷲実の下した結論……残った片鱗を捨てた。

最後の烏は、俺の“すべて”を奪う。俺が烏立を手に入れれば……俺が願うのは…………

烏は還る。古巣に。仇の眼?

烏立……もっと、話がしたい。足りない、情報が少なすぎる。

それなのに、加速するように惹かれるんだ。狂ったように、熱く、燃えるような苦しみ。

癒して欲しい。満たして……俺を求めてくれ。

良いよ。もう、あげる……俺の“すべて”。だから……俺の手に還って欲しい…………

君の自然な姿を見て、息が苦しいほど嬉しいなんて。

狂っていく……どこまでも深みに沈み、心地よさに漂う。好きだと意識し、気付いたら止まらない。止めようがない……

過去、烏に惹かれた男たちも同じだったのだろうか?俺は、その末裔……

夢に見ていない語られた過去の感情。俺には関係ない。同じなのは、ただ……泣かないで欲しい。

かえることの出来ない未来だとしても。失うとしても、手に入れていない君を想い求めるんだ……この俺の心が。

それだけは信じて欲しい。偽らない。純粋な気持ちだと、知って欲しい。聞いて、受け入れて。

烏立、君の気持ちは、どう変化した?聞かせてよ……否定を恐れても聞きたい…………


目覚め、学校へと向かう。

いつもと同じ。周りが変化したままでも、諦められる。どうにもならない複雑な思いは、自分を責めた。

烏立を苦しめるような要因を、除けもしない。弱く、力のない自分の不甲斐なさ。

教室には、烏立の姿はない。授業が始まっても、現れない彼女を心配する者がいない。安堵の見える教室……

自分が消えても、周りは変化しないのだろう。

“すべて”を喪い始めたのだろうか?そうか、もう……日常を失っている。変わってしまった。烏立が現れて、気付かないうちに。

それでも良いと思えるなんて。これは前兆なのかな。

俺も、掛け軸に火を放つことが出来るほど……烏立だけで良いと言う日が来るのかもしれない。


放課後、教室に一人。周りを見渡す。俺の失った者たち……得たのは静けさ。寂しさ?

空白のスペースを埋めて行くのは、烏立の事。

今日は、どうしたのだろうか?体調が悪いのかな?どこに住んでいるのだろう?昨日の事、傷ついているのだろうか?

俺が、護れなかった事……許してくれるかな?痛みと甘さの複雑な心……

職員室へ足を向け、担任を探す。

近づく俺が何を言うのか。きっと、予想が出来ていたんだろう。視線を逸らし、引出しから書類を取り出して立ち上がった。

「先生……」

「東、こっちに来い。」

先生は、足早に職員室を横切り、非常階段へのドアを開けた。

階段を数段下り、外が見える踊り場で先生の足が止まる。

「先生、烏立の家を教えて下さい。」

先生は俺の願いに、無言で書類の束を折り曲げて差し出した。

書類を受け取り、目を通す。烏立の情報……ほとんどが空白で、住所の記載もない。

「悪いな。俺の職権では、ここまでだよ。」

視線を向けると、苦笑で俺の頭にポンポンと手を乗せた。

先生に書類を返し、お礼を述べる。

俺は、そのまま階を降りた。1階の非常扉から校内に入って、下駄箱へと向かう。

逆光に、黒い制服……顔が見えないけど分かる。烏立だ。

靴を履きかえ、慌てて近づく。前と同じ……俺を置いて、歩く後ろ姿。

今、近づいて手を握ったら、駄目だろうか?俺を待っていてくれたんだよね?学校を休んだ日に、制服で……

速度を上げ、烏立に追いついた。

手を握ると、拒絶は無いのに……視線を合さず、握り返すこともない。

一気に冷たくなる。それが、心なのか身体なのか。

不安に襲われ、泣きそうになるのを必死で我慢する。悲しみ?辛さ?嫌だ……怖い!

「白鷺……」

足を止め、俺の方に体を向けて視線を向ける烏立の目に涙。

「う……りゅ……烏立。烏立ぅ~……」

抱き寄せ、自分の弱さをさらけ出して泣いた。

烏立も泣いているのに。君は、俺の頬を流れる涙を拭う。

「君を喪いたくない。もう、君以外を喪っても良い……手にあるのは君だけ。力も何もない、君を護れない。君の涙さえ止められない。ごめん、ごめんね。」

愛しさに溺れ……

「白鷺、来て欲しい。今日、私が知った事。私は……」

烏立は、言葉の途中で口を閉ざす。

「行くよ。君の事、教えて……」

俺は、烏立を知らなければいけない。

君と“すべて”を引き換える。後悔をしない為に、最後の決断の時……これで、良かったと思いたい。

俺も、烏立の頬に伝う涙を拭う。

「……恨んで欲しいの……」

「え?」

小さな声だったけど、聞き逃さなかった。けど、聞き直したい。聞き間違いであることを願った。

君は、誤魔化すように笑顔を向け、俺の手を握って引いた。

「こっちよ。私が住んでいる所を見て。話をしよう?」

分かる。一日……少しの時間だったけど、自然な君を見たから。無理に作った笑顔、だよね?

君が今日、知った事。誰が告げたの?君を、ここに連れてきたのは誰?どこに住んでいるか。それが、意味する事……

方向は、古の家系が治める土地。

あ、自転車を置いてきた。

君が、歩いて通える距離?俺の家にも、君は歩いて来た。それも夜……

「何を考えているの?当てようか……どこに住んでいるのか……?」

「そう。君が、移動可能な場所が……唯一、不可能な場所だという結論。神社……当然なのか?管理者しか、出入りが許されていない。」

納得できる。その答えにしか、辿り着かない。

「来て、こっち。ここにも小道があるの。鍵が必要だけどね。」

神隠しの山道。そこを避け、近寄らない人々。土地の中枢……鍵で開き、自動で鍵が閉まる。

自由な様で、管理の籠の中。薄暗く細い道。

「私を、ここに呼んだのは……神社の管理者。家系の年寄りの集まりが、あるでしょう?祭りに、異様に固執した人たち。」

烏立は前を歩きながら、繋いだままの手は、握る力が強くなる。表情は見えない。

「何を言われた?」

「繁栄を願うと……」

喪って来た繁栄を、まだ願う。大人たちの貪欲さ。

烏の泣いた理由は、そこなのだろうか。

「着いたわ。入って、話しましょう。聞いて欲しいの。私の決意を……」

手が離れ、小さな家に先に入った烏立。振り返らない。

俺は中に入りながら、見覚えのあるような感覚に戸惑う。これ、神社の裏だ。中の造りが似ている。悪夢と重なる。

……烏が泣いていたのは、ここだったんじゃないのか?

代々……烏を呼び寄せ、年寄り連中は過去の繁栄を願った。御守が何かは知らない。仇にされて当然だ。

こんな閉鎖的な所で監禁し……惹かれた?本当に?泣かないで欲しいと願った愛情は、伝わった?

唯一、自分に優しかった人間に逃げた……だけ……

また、君は……ここに……かえる。それは、何の為…………




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