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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
子烏の片鱗

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夏の暑さの残る夜。近くの川へ行き、禊を行う。

川の流れは緩やかで、月明かりに周りも気にしなかった。髪から滴る水。前髪をかき上げ、顔を手のひらで拭う。

はぁ……濡れた手を見つめ、ため息。

腰まで水に浸かり、上半身は真夏の湿気を含んだ風を受ける。古の生業を護る儀式。

俺は片鱗……

「ふふ。いい景色ね?」

川辺に、立っていたのは西嶌。

「何、俺の裸……見ていたの?」

男の胸を見られたところで、減る物じゃない。女の子が恥じらいもなく、下も見ていたのか?

冷静だった自分の思考がグルグル。

「綺麗な月、それを映す清らかな川の水。くすっ。そこに美男子の裸体……眼福かしら?」

冗談と本気が分からない。

「ここは、私有地だよ?境界線がないけどね。」

片手で水をすくって、自分の身にかける。

「知ってるわ、私が覆すから。ふふ。くすくすくす……血は争えないのね。避けたのよ、私自身……災いだと認めたくなかった。白鷺。夢で会いましょう。……恨んで、憎んで……お願い。」

彼女の悲しげな表情に、目を奪われた。

『私は烏。私に関わると、すべてを失うわよ。』

君の警告。裏腹な寂しさの見えた言葉が、俺に突き刺さる。

揺れる髪が、黒紫色こくししょくに輝いて……

奪われる心。刻まれる想い。

深まる愛情を予告するかのように、深い黒色の麗しい紫……その同色の瞳に囚われる。

手に入れたいと望み、その欲望が激しく燃え上がる。消えることなく、燻る炎を胸に秘め。

俺の未来を告げる。災いの悪夢をみても……尚、それは…………

子烏の片鱗


『烏よ なぜ啼くのか 烏は山に 御守七つと 子があるからよ 可愛 我が子を思い 烏は啼くの 可愛 我が子が 可哀相だと 啼くんだよ 山の古巣へ 行って見て御覧 仇の眼をした 七つの烏だよ』


「からすよ、何故……泣く?泣かないで。俺は、すべてを喪っても君を選ぶ。一族の言う事など、何を気にするだろうか。君は、俺を愛しているのか?俺は、こんなにも愛しているのに……」

俺が見ているのは、黒紫色の綺麗な髪の女性。美しさと麗しさ……心騒ぐ人。

同じ言葉が幾重にも男の声で、繰り返す。『何故、泣くのか』と。

烏は、一族から奪っていく。

名声と権力……それを失った形だけの本家。健康と知性……それを失った南嶋家。土地と財貨……それを失った北巣家。

最後は……すべてを失う……俺が彼女を望むなら。

「古巣に還るしかなかった。ここに」

涙を零す烏立の姿を最後に、夢から覚める。

……これが、怯えてきた夢の全貌?嘘だ。呆気なく、自分の身に何が起きるのか危機感なんてない。

ただ……彼らのように、烏立を望むのだろうか。

甘いようで、痺れるような息苦しさ。胸に手を置き、身を抱き寄せる。

それは、過去……怯えたのとは違う感情。

「ははっ。狂っているのは、お前だったのか……」

部屋の入口に立ち、複雑な笑みの愛鷹が俺を見下ろす。

「愛鷹……?」

“オマエだった”のか?

「忘れたのか?俺との会話。見た夢を……」

昨日の会話を忘れたわけじゃない。

『俺か、お前の……どちらか。たかが女一人に、何代もの不運。狂った男共の末裔』

俺達は片鱗。

「愛鷹も昨日、夢をみたのか?」

今、この会話の意味が理解できず、曖昧さに寒気がする。

「ふっ。それを聞いて、どうする?……俺には、関係ねぇ。狂わない。憎しみしか宿さず、同じ憎しみで染まった者にしか欲情しない。」

同じ、憎しみ?




「愛鷹、彼女は……」

言葉を途中で、口を閉ざした。

知られたくない。彼女も、この状況を恨んでいるんだ。

愛鷹が想いを寄せるなんて……ユルセナイ……

「白鷺、どうした?」

っ!……今、俺は何を考えた?

「おい、大丈夫か?しっかりしろ!顔色が悪い……誰か、呼ぶか?」

愛鷹の優しさが胸に刺さる。

今までに宿したことのない感情が、俺に芽生えた。それは、醜くも……甘く満ち足り、もっと欲しいと願う独占欲。

「大丈夫。それより……愛鷹、今日は何の用?」

年々、親類の集まりが少なくなっていく理由と、愛鷹の寄り付かなくなった理由を知った今。

何故、ここに来たのか。気になるのは、当然だろう。

愛鷹は、視線を逸らして言葉を探す。

「着替えて来いよ。俺だって、こんな朝早くに呼ばれたんだ。……理由を知りたいね。」

着替え終え、父の前に愛鷹と正座。

「白鷺、“悪夢”を見たのか?」

父の視線は、いつもと同じ。冷たくて真っ直ぐに見つめる。

「俺は、過去の惨劇を見ました。それでも……昔、震えるほど恐怖に怯えた悪夢と、同じだとは思えません。」

俺の返事に、父は戸惑いを示す。

「おじさん、“当たり”だね。狂っているよ。」

愛鷹の失笑に、父は目を閉じ、ため息を吐いた。

「愛鷹、お前は……見たのか?」

俺も気になる質問に、愛鷹は微笑む。

「聞いて、どうするの?末裔に……烏の片鱗に選ばれたのは白鷺だ。それは、変わらない事実。白鷺に隠したのが、裏に出たんじゃない?くすくすくす。すべて、消えちまえ!今更、覆らない未来なんて。」

愛鷹は、正座を崩して足を伸ばす。

「愛鷹、白鷺を……助けてくれないか。」

弱々しい声に、俺は父に視線を向けることは出来なかった。

「……約束は出来ない。」

愛鷹は、立ち上がって部屋を出て行った。

沈黙の続く部屋。重苦しい雰囲気に、息が詰まりそうになる。

今まで、感じたことのない胸を締め付けるような苦しさ。

「……白鷺。この家が、嫌いか?」

俺は、何から逃げようとしているんだろう?

自分を取り巻く環境。父の厳しさに、怯えた時期もある。この家が、重荷になることも……

「分からない。夢に見たカラスは、綺麗な人だった。皆、その人を愛して、多くの物を犠牲にした。それを間違っているとは、思えなかった。多分……」

俺は口を閉ざした。言ってはいけない。……言っても、理解してくれないだろう。

愛鷹は言った『狂っている』と。

父の願いは、そんな俺を助けてやって欲しいと、愛鷹に願うほどに。

「6つの御守が、何かは分からない。しかし、災いになった。すべてを失ったことはない。その一つと言え……残る物があったんだ。」

父の沈んだ表情に、どう答えて良いのか分からない。

自分が、これから……どうするのかも分からないのに。愛鷹と同じ、不確かな約束は出来ない。

「今日は、学校を休みます。」

その部屋を出たかった。一秒でも早く。

まとまらない思考と、不安に揺れる心。気を失いそうなほど、息詰まるような空気に耐えられなかった。


部屋を出て、長い廊下を歩く。

広い家。多くを失い、それでも保たれる家の何か。本家と分家の失った物……ある程度は、残っている。

影響力は無くなったとしても、名声や権力……残っているからこそ、俺は、この本家を……

「憎んでいるの?」

小さな声なのに、誰の発したものなのか理解する。

「……烏立。夢で、逃げたよね?」

烏立は、無表情で足元を指差した。

「今日は、敷地じゃないはずよね?ここ、門の前だし。」

自分が家から飛び出し、裸足だったのに気づく。

「ふ。敷地や全部、君が奪うんだろ?」

自分の表情なんか、分からない。ただ、笑いが出たけど、冷めていたと思う。

そんな俺に、何も言わず……烏立は、方向を変えて歩き出す。

黒紫色の髪が揺れ、漆黒の制服を身にまとい……静かに歩く後ろ姿。魅了される。

夢に見た大人とは違うけれど、美しく麗しい黒紫色の瞳に、自分が映ることを願い……無意識で追いかける。

確かに普通じゃない。

狂っている。きっと、これから……もっと…………

深みから抜け出せなくなる。


『烏よ 何故 啼くのか』




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