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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
吉凶は夢に萌す

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『どんな神域でさえ、悪夢のある所なら』・・


変わらない未来を視て、父は何を考えたのだろうか。

責任を感じるのは、神落ちから生じた未来だと思っているからだよね。


「神落ちなど、本当に言葉だけだ。僕は本来、“神”ではないのだから。アヤカシは人が生み出してきたようなもの。人類の歩みに左右されて、アヤカシの理が形成された今がある。それに、未来が変わらないとは限らない。だから減退を選ぶ。」


父は歩を進め、何もない一画の中心に向かう。

揺らめく尻尾の炎が勢いを増して、飛び火が青白い社を形成していく。父の神域で見たのと同じ。

でも、今回は一瞬で消えてしまった。


神域も感じず、力の圧迫も無い。光莉の配下になって、制限を受けているのかな。

父は私の方に振り返り、その場に座る。私をじっと見つめたまま、言葉を紡いでいく。


「告美が見た社には昔、神に仕える人間が居たんだ。そこには神事に使用する鏡が飾ってあってね。やがて力を持ったかがみはアヤカシになる。それが姫鏡の由来だよ。この近辺には田畑が広がっていて、季節になると稲が金色に染まる。その間を駆け巡る獣も多くてね。この社に居た人間は狐に優しく、役目を与えた。害虫の駆除。ネズミを狩るだけ。それが人々の感謝に繋がり、信じ崇める対象になると狐の力は増した。」


人間の感情や思考が、アヤカシを生み出してきた。そして今、そのアヤカシを必要としない人々によって、粛清を受ける。

何て、私たちは脆い存在なのだろう。


ただの物にさえ命が吹き込まれ、獣が“神”にまで成り……結局は衰退して消えていく。

役目を担い、果たすことを喜びとしてきたのに。何て悲しい存在意義。


「同族の狐が神格化されても、僕は神仕えだと思っていたんだよ。自分はね。」


自分の認識と人々の意識の違い。


「お母さんは、お父さんが出会う前に、神落ちしていたと言っていたけど。」


お父さんは顔を上げ、空を見つめて昔を懐かしむように呟いた。


「僕たちが出会う前なのに、鵺の姿を見た記憶がある。引き継がれる能力と共に、残った知識。まだ僕達がただの獣だった時、鵺が現れて、社に住む人間に予言した。『この社が燃える』と。」


不吉を告げる鵺。

父の引き継ぐ能力と共に、記憶に刻まれた想いの強さ。時の流れも曖昧にするような、遥か昔の事なのかな。


「代替わりした人間は不吉を恐れ、社を捨てて逃げた。力を持った鏡は役目の為に、自ら消えて。そして残った狐を人々は奉った。豊穣ほうじょうを願い、繁栄をもたらしてくれると“神”に仕立て上げ。……身勝手な物さ。鵺の告げた通り、火災が起きれば“狐の祟り”と呆気ない神落ち。」


顔を真っ直ぐにし、視線を私に向けて首を振る。


「そんな結末と、鵺を見つける未来を視て、僕は自ら社に炎を放った。どうせ堕ちるなら、人間の身勝手に振り回されるより、自ら望む物を手に入れようとしたんだ。その結果、得た幸せを何倍も覆すような罰を身に受ける事になるなんて。……ごめんな、告美。僕の命に代えても、お前だけは護るから。」


そう言ってから私に背を向け、空に向かって唸り声を上げた。

さっき見上げたのとは違う方角。


視線を上空に向けると、黒い翼を羽ばたかせて宙に浮いた一翔の姿が目に入る。

翼は平行になり、下降を始めた。私たちの方に向かって来る。


父は機敏に動き、私の前まで駆け寄ってすぐ、間に立ち塞がる様にして、また背を向けた。

揺らめく炎が幾重にもなった尻尾が逆立ち、飛び火が小さな狐火を形成していく。


地面に足を付けた一翔。


父は燐火を集め、渦巻く炎の塊を一翔に向けて放った。

いくら神落ちで配下とはいえ、父の力を知っている。一翔に父の攻撃が当たれば。

恐怖に目を閉じる事も、叫ぶことも出来ず。ただ息を呑んだ。


一撃は、私や父の予想も超えた結果になる。

青白い炎は、一翔の片手が握りつぶすように掴んだかと思えば、広げた手の平からは黒煙が生じて儚く消えた。


「馬鹿な。」


一体、何が起きているのか理解が出来ない。

分かるのは、父より遥かに大きな力を一翔が持っている事。


「ふふっ。くくく……本当に俺はバカだよ。白狐が騙されなかった策略に引っ掛かるなんて。まさか、失敗した罠を俺に使うなんて、思いもしなかった。」




父が騙されなかった罠。それって。

私は父に視線を向ける。


「あいつらは無事なのか!」


まさか。また私の身代わりで、皆は囮作戦をして傷ついたのだろうか。


「邪魔できない程度には、攻撃させてもらったよ。あなたと同じだ。」


「お前と一緒にするな。」


私に背を向けた父の怒りと動揺が、声で伝わる。


「くすくすくす。一緒だよ。欲しい物は、どんな方法を使ってでも手に入れたでしょ。」


一翔は歩を進め、私たちに近づいて来る。

少し引き気味の体勢だけど、父は一歩も足を退けない。


「一翔、あなたの目的は何?未来は変わった。あなたは今、それを知っているよね。だって、ここには私が助けを求める姫鏡くんはいない。」


何を手に入れたいのか。私の命を奪ってまで手に入れたい物とは。

答えたくないなんて、言わせない。自分の命を懸けているのだから。


私は真っ直ぐに視線を向け、一翔を睨む。


「告美、俺が欲しいのは君だよ。手に入らないなら、あいつから告美を切り離せるのなら……君の視た悪夢と同様に、君の命を奪うつもりだった。未来が変わったのを知って、俺がどれだけ必死だったか君には分からないだろうね。」


一翔が必死に。

猫塚先生の神域を知っていながら、私を心配して近づいてきた。


『もう後戻りは出来ない』


そうだ、私たちは未来に向かって生きていく。

変えることのできる未来を視、不吉を避ける為に私は存在するのだから。


「私は一翔が好き。例えアヤカシの理に反しても、この命をあなたが奪うとしても想いは変わらない。この気持ちだけでは、満足できないかな。あなたは私を手に入れた。」


「俺自身、どうすればいいのか分からない。君の悪夢を奪った夜、獏として生きてきた俺は、自分がジンマだと自覚した。それと同時に。獏として告美の悪夢を吸収し、君が萌す未来にいる鵺本来の姿に惹かれた。綺麗な白い肌。青白い炎に混じる黒煙の翼に魅せられ……それを手に入れることも出来ない絶望を味わって。愛憎が俺を苦しめるんだ。知りたくなかった自分の父の事を、君は不吉として俺に告げる。」


一翔のお母さんは獏。知りたくなかった父親の事を、私が視た萌しで告げてしまった。

もしかすると私の母は一翔の未来を萌し、この事を知っていたのかもしれない。

一翔の母親は、彼の未来を萌して欲しいと依頼したのだから。そして私の生死も同時に知った。


ジンマとしての自覚が、私への憎しみに変わるほど……彼にとって知りたくなかった事。


私は自分を護る為に立ちはだかる父の背を見つめ、心が痛んだ。

自分が何も知らずに生きてきた事に対して、無性に腹が立つ。


視線を一翔に戻し、立ち向かう覚悟を決めた。

彼を少しでも理解して受け入れたい。


「話して。あなたの父親が、どんなアヤカシだったのか。」


「“この国”の理に反して犯した父の罪なんて比じゃない。俺は自らジンマになったんだ。そのおかげで君を手に入れられる。どんな方法でも、誰が邪魔をするとしても。」


視線が私から逸れ、両手を前に差し伸べる。

彼の手には、黒い柄が長く伸び、先端にくろがねの三つ分かれした刃。三叉槍さんさそうが現れた。


向けられた視線の先には、光莉と猫塚先生。

疲労の見える姿は、一翔がここに来る前に負わせた傷なのだと理解できる。


それぞれ攻撃態勢になるのが分かり、慌てて声を張り上げた。


「皆、もう止めて!」


私の声が届くことは無い。


光莉の水の大波と後追いする草木、猫塚先生の鎌による風の一撃。

それに加勢して、父は大きな火炎を吐いた。


“神”々の力が一斉に降り注ぐ光景に、言葉を失う。

この未来を避ける事は出来なかったのかと。


「無駄だよ、君たちは人間に左右される存在。そんな力で俺に勝てる訳がない。……俺は違うんだ。」


三叉槍を振りかざすと水や風は凪になり、草木は枯れた。

父の放った青白い炎は、上空に誘導されて一瞬で暗黒に染まる。それは分散されて舞い落ちた。

猫塚先生が全てなぎ払うけれど、力の差は歴然。


一翔は私に、優しい苦笑を見せた。

皆を傷つけるつもりはないのだと分かってホッとする。


「告美、また夢で会おう。誰にも邪魔されず話がしたい。」


そう言って、彼は姿を消した。


「会せはしない!」


父の叫びに、一翔の姿はないけれど声が響く。


『どんな神域でさえ、悪夢のある所なら』・・




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