未来を変えたのは私が視た悪夢・・
姫鏡くんに会うために向かったのは、出逢った場所。
階段を上り切って、整備された一画を見つめ、父の神域にあった社を思い描く。
「懐かしい景色を見ているような気持ちになる。俺が実際に見た訳じゃないのに不思議な物だね。……君は俺の由来を、茅草から聞いたのかな。」
声はするのに姿が見えない。
警戒しているのだろうか、それとも怪我が酷いのかな。
「姫鏡くん、ごめんなさい。今回、父の件で迷惑をかけてしまって。」
小さな光を見つけ、駆け寄った。
何故か、そこに彼がいるような気がしたから。
「心配はいらないよ。君が気にする事じゃない。」
言葉だけでは感情が読み取れず、不安が過る。
足は止まって、宙に浮いた光の源、小さな鏡に手を伸ばしても届かない位置で留まる。
「俺が君を護りたかった。そうすることで、変わってしまった未来に、少しでも近づく事が出来るなら。」
未来を変えたのは、姫鏡くんだよね?
だって『君を護ろうとした空馬先輩が、俺に君の見た不吉を告げたんだよ。だから未来は変わった』そう言ったじゃない。
それなのに、変わった未来に近づけたいと願う理由は。
「お願い。姿を見せて、表情が見たい。感情が読み取れず、私はあなたの真意が分からない。」
人型の姿も保てない程、怪我を負ったのであれば。屈狸くんは、姫鏡くんに会いに行くようにとは勧めなかっただろうから。
鏡の発する光が強くなって、咄嗟に目を閉じた。
「告美。本当は……」
小さな声に目を開けて、自然と逸らしていた顔を戻す。
鏡のあった場所には、神主姿の姫鏡くんが立っていた。
彼も私と同じ、神仕え。
「君は俺を否定するかな。」
彼が何を言いたいのか、何となくだけど分かる気がする。
「否定しない。だから教えて欲しい。未来を変えたのは誰なのか。」
私が視た不吉。私の悪夢。
未来が変わったのだとしても、伝える役目を間接的に果たしたのだと告げられても。
納得できるはずがない。
「……少し、卑怯な言い回しだったかな。嘘じゃない。先を視る者達が、君を護りたくて動いた。増えた歯車は絡んで、違う動きを生み出していく。空馬先輩が君を護ろうとした時点で、未来の選択肢は増えていたんだ。」
一翔が私を守ろうとした時点で。
それはまるで、変わる前の未来には、そんな一翔が存在しないような言い方。
確かに、そんな一翔の一面を知っているけれど。
「君を傷付ける側の空馬先輩が、そんな未来を変えたくて。俺に君の見た不吉を告げたんだよ、無意識だろうけど。だから……未来は変わった。」
私を傷つける。
そう、彼が私を殺す。そんな未来が。
「でも、猫塚先生は私に『死臭』がすると言っていた。だから、まだ未来は変わっていないわ。」
姫鏡くんは視線を逸らし、苦笑した。
「そうだね、君がそう言うのなら。……ただ、俺には変わった未来しか視えない。」
先を視る“神”であるアヤカシ達が、私について悲観的な事を告げるのに。
神仕えのあなたが、どうしてそんな事を言うのだろうか。
「君に敵意を示した時点で、俺が不利だ。本当に、君が視た未来なんて存在したのかな。」
私が視た姫鏡くんに関する吉凶。
一翔が奪った私にとっての悪夢。
「私は吉凶を萌す鵺。夢で視たのなら、その未来は確かに存在する。」
だからこそ、私を心配して皆が動いてくれた。
「俺にとって不吉ではない萌しなら、本来告げられることが無い。君は空馬先輩から逃げる時、俺に助けを求めて手を伸ばしたんだ。でも……そんな未来は。」
姫鏡くんに、私が助けを求める未来。
「覚えているかな、俺が空馬先輩に言った言葉を。もう一度、今度は君に向けて言うね。伝わるかな。……“麗しい鵺。アヤカシ本来の、告美の姿を先に知っていた空馬先輩に俺は嫉妬した。そんな杞憂も少しの時間だけ。奪うのも一興。”そんな未来だと疑わなかった俺の未熟さを、君は笑うだろうか。」
そう言って、姫鏡くんは姿を消した。
彼の視線は逸れたままで、結局は彼の感情を読み取れなかった。
表情を見る為に、姿を現して欲しいと告げたのは私なのに。
でも、目を見て聴くことが出来ただろうか。
悲しみを伝えるような声に、感情は揺さ振られ、十分すぎるほどに彼の想いを知った。
『君が“僕”に惹かれたのは当然だよ。それは“僕”が君の理想の塊だから』
理想の塊。惹かれたのは当然。
彼の感情的な言葉が、次々と頭を過る。
『俺に重ねた『理想』は、白狐だったんだよ。俺の力が暴走するくらい、“僕”は恐怖を味わった。神落ちを目の当たりにして、彼の考えに嫌悪で吐き気がする』
全ての言葉が遠回しに、無くなった未来を告げるようで、胸に生じる痛みを増していく。
そう、彼が言ったように未来は完全に変わってしまった。
例え、一翔から命を奪われるとしても……
姫鏡くんに、私が手を伸ばすことは絶対に無い。
当時の私はアヤカシであることを、父に明かさず生きると誓った。
父はアヤカシではないと思っていたから。母の正体も知らず、不吉を告げる妻を信じてきたのだと。
だから。母のように役目を背負い、人に不吉を告げて……父のように、受け入れてくれる人を望んできた。
そんな私の思い描く人物像に最も近い人。
たった一度だけ言葉を交わし、遠目に見つめて片想い。淡い。声をかける勇気もなく、近づく事も恐れて。
『鳥生 告美さん。鵺なんだ。綺麗だね、もっと見せて』
姫鏡くんの目が、何を視ているのか不思議だった。
不自由さに抗いながら顔を上げて、見たはずのあなたの表情を思い出せない。
『オレが視ている君は儚い鳥、思わず壊してしまいそうだ』
『俺は鏡のアヤカシ。俺に映したのは、君の理想の姿だよね』
私の理想、私が彼に望んだ姿……
父の配下にある私の考えを見通して、白狐の力を目の当たりに。彼の感情は激しく揺らいだのかもしれない。
そんな姫鏡くんに気圧されたのか、私には身動きが取れないような重みが増して、体が硬直した。
配下じゃないのに、あの圧力。言葉に誘発されて、現実で変化をした程の力。
私は惹かれる時期を過ぎているのだと、自分に言い聞かせたのかもしれない。
そう、“彼”に映した父への思いとは異なるものだと。
『惹かれたのは当然』だったのに。
心変わり。
『“彼”も告美を、配下に置けんのだけは覚えておいて欲しい』
光莉の言った“彼”は、果たして姫鏡くんの事だったのか。それとも……。
姫鏡くんの言葉を思い出し、愛しさが増すのに。もう未来を揺るがすことなど無い。
一翔への想いが変わらないから。積もったのは淡い気持ち。恋心。
例え、一翔が私を殺すとしても。
「彼との未来が変わったのは、“僕”の所為だね。」
足元の声に驚いて、視線を落とした。
小さな白い狐姿のお父さん。私を見上げて、獣姿なのに哀愁を伝える。
私は考えがまとまらず、無言で首を振った。
そうかもしれない。
だけど、それだけでは決してない。
「告美、変わっていく未来に変化はあっても、お前の死が覆らなかった。お前が初めて現実で鵺に変化した時、夢で待つ獏に会せるか、僕は悩んだよ。」
あの日の夜、一翔は私が寝ているのに、夢に居ないと言っていた。
光莉の言う通り、『原因と向き合うことで』答えを得る。
「お父さん、神落ちした頃から話が聞きたい。……誤解しないでね。私は未来を変えたのは、お父さんだと思っていない。」
きっと、未来を変えたのは私が視た悪夢・・




