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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
吉凶は夢に萌す

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減退を拒み理に反して・・


未来は変わった。それでも私の死を回避できたわけじゃない。

その鍵を握るのは一翔。彼は獏であり、ジンマ。


「忘れとった。茅草ら、大丈夫やろか。」


え?そう言えば、お父さんの攻撃を受けて、傷を負っていたような。

すぐに二人がここに来たし、父と母の件が落ち着いたから、終わった感があって今更なんだけど。


「皆は、どこにいるの?すぐに行って手当とかしなきゃ。」



「そんなに、俺達はやわじゃねぇ。忘れられているのにはガッカリだけどな。」


額に大きな絆創膏の大鷹くんは苦笑した。

痛々しくも、動けるぐらいの軽傷だったのだと少しホッとする。


背には白に近い灰色の翼。服装は山伏。


「あんたの心配なんか、しとらんわ。茅草と鏡のアヤカシは?」


二人が一緒に居ない事に対して不機嫌だけど、明らかに安堵してからのツン。

素直じゃないな。


「話があるって言っていたぞ。後から来るんじゃね?……ふ。お前の配下が嫌で、逃走してたりしてな。」


大鷹くんも素直じゃない。

わざわざ喧嘩を売るような真似を。


「もうえぇわ。探しに行くけん。……告美、あんたは待っといて。ここで。」


視線を私に向けた後、少し声のトーンが低くなった光莉。

何かを伝えようとするような視線。ここで。大鷹くんと二人。


光莉は屋上の出入り口に向かった。

その後姿を見つめながら小さく呟く。


「ありがとう。」


聞こえなくていい。

その一言では、まとまらない感情が渦巻いているから。


弱い風を感じ、大鷹くんの方に目を向けた。

彼は葉団扇を右手首だけで何度か回して、小さな円を描く。前にも見た光景。

風が大鷹くんを包んで変化が解けていく。


「今回、俺は少しでも告美の助けになれたかな?」


今回は。

大鷹くんの悲しそうな苦笑が、私の胸を痛くする。


『告美に何があったのかも見たけど、助けには行けなかった』


彼は、心変わりが私への裏切りだと感じていた。

私は……。うぅん、今は大鷹くんにきちんと答えなければいけない。


「父の背に乗って、闇の中に傷ついた皆が見えた時……諦めた。だけど、あなたが……大鷹くんが名を呼んでくれて、現実に戻れたの。」


一時的とはいえ、父の配下の影響なのか、流れに身を任せるしかないと。

皆が私の為に、傷ついたというのに。


「ありがとう。逃げない覚悟が出来たのは、あなたの額を流れる血を見たから……何て、酷いよね。ごめんなさい。」


うつむいた私に近づき、大鷹くんは覗き込んで笑顔を見せる。


「もう俺は告美を抱き寄せたりしないし、好意も薄れてしまった。そんな配下が心地いい。……ごめん告美、ありがとう。」


顔を上げて首を振った。


私の方こそ、ごめんなさい。

そして言い尽くせない感謝が声にならず、情けなさで泣きそうになる。


私と目が合うと、大鷹くんは口元だけの寂しそうな笑みで、体の方向を変えた。

屋上から校舎の中に向かう後姿。


そんな大鷹くんと入れ違いで、屈狸くんが屋上に登場した。


「鳥生さん、光莉さんは?僕、ここに居るって聞いたんですけど。」


何もない見通しのいい屋上で、私の周りを探しながら涙ぐんだ。


「光莉は、あなた達を心配して捜しに行ったよ。私は、ここで待っていてと言われたけど。……どうする?」


落ち着きを取り戻したのか、屈狸くんは私を見つめて無言。

考えていることを見透かされそうなほど、真っ直ぐな眼。


そうだ。

まだ私は、お礼を言ってない。




「屈狸くん。あの、ありがとう。……巻き込んでしまったのなら、ごめんなさい。お父さんの攻撃で、どこか痛みとかないかな。大丈夫?」


光莉が呼んだとはいえ、配下だからだとしても。私が原因で怪我したのなら。

今更、大鷹くんの怪我に対して、自分の感謝や色々な物が欠けているような気がしてきた。

自分の未熟さに、どれだけ失望すればいいのかな。


「……鳥生さんが気を失った時、空馬先輩は心配していたけど。今回、助けにも来ないで何をしているのかな。」


突き刺さる言葉。

私は視線を落とし、胸元の服を握った。


「ごめんなさい。君を苦しめると光莉さんに怒られちゃう。」


いつもの雰囲気に戻った彼に安堵し、引っ掛かる何か。


「ねぇ。その日限りの隷属状態と、配下は違うの?」


今も鮮明に、光莉の牙が彼の首に刺さった状況を思い出す。

私には光莉の恋心を応援する気持ちと、配下に対する戸惑いがあった。


「僕にも分かりません。それは大鷹くんだって同じだと思いますよ。いや……違うかな、僕には彼の様な自信がない。」


大鷹くんと、どんな話をしたのか分からないけれど。

配下が『心地いい』と言った大鷹くんの言葉は、どんなアヤカシであっても、共通して本当の事だと思う。


「私は真剣な光莉の眼、狙った獲物を『逃がさない』と言った声色にドキドキした。そんな恋に本気な女の子に、自信がないなんて言ったら悲しむと思う。屈狸くん、自信を持って。」


可愛い外見だけど、男の子なんだから。

配下にあっても、光莉を守る側でいて欲しい。


「鳥生さん。途中から僕の事を『屈狸くん』呼びなのは、光莉さんに遠慮してるからですか?」


無意識で、言われるまで気づかなかった。

多分、遠慮と……区別の線引きだったのかもしれない。


「出会ったすぐは、あなたの泣き顔や隷属姿に、弟みたいな愛着で『茅草くん』呼びだったのかな。だけど今は、私があなたを同級生の異性として認識していると思ってね、変な意味じゃなく。それが自信に繋がるならだけど。」


きちんと伝わるだろうか。


「同級生の異性か。ありがとう、嬉しいよ。……だけど、暎磨はゆまは。」


まただ。


姫鏡ひめあき 暎磨はゆま、鏡のアヤカシ。彼の話題に、何故か敏感になってしまう。

気にしては駄目だ。今は。


「彼にも、今回のお礼を伝えたいんだけど。どこにいるのかな?」


彼の会話を続けるような心の余裕もない。

話題を逸らしたけれど、不自然ではないはず。


「僕たちが出会った場所です。そこを光莉さんが家を建てる為に選んだのは……暎磨の由来、鏡が神仕えした聖地。そして白狐も神仕えとして居た所だからです。」


小高い丘で緑も多いのに、一画が整備されて更地になっていたけど。

父は住む土地を安易に選んだんじゃない。出て行くことなど出来ない、縁の地だったなんて。



『鏡のアヤカシは良い奴だよ』


父の配下から、いきなり突き放されたような感覚。


「鳥生さん。僕は、ここで光莉さんを待ちます。あなたは暎磨に会いに行ってください。」


足が震える。不安定な足取り。

それでも私は行かなければならない。


神仕えが、同じ役目を持ったアヤカシを選んできたように、私も。

頭では分かっている。


だけど父は。

許されるなら、例え許されないとしても。

私は一翔を選びたい。


減退を拒み理に反して・・




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