減退を拒み理に反して・・
未来は変わった。それでも私の死を回避できたわけじゃない。
その鍵を握るのは一翔。彼は獏であり、ジンマ。
「忘れとった。茅草ら、大丈夫やろか。」
え?そう言えば、お父さんの攻撃を受けて、傷を負っていたような。
すぐに二人がここに来たし、父と母の件が落ち着いたから、終わった感があって今更なんだけど。
「皆は、どこにいるの?すぐに行って手当とかしなきゃ。」
「そんなに、俺達は軟じゃねぇ。忘れられているのにはガッカリだけどな。」
額に大きな絆創膏の大鷹くんは苦笑した。
痛々しくも、動けるぐらいの軽傷だったのだと少しホッとする。
背には白に近い灰色の翼。服装は山伏。
「あんたの心配なんか、しとらんわ。茅草と鏡のアヤカシは?」
二人が一緒に居ない事に対して不機嫌だけど、明らかに安堵してからのツン。
素直じゃないな。
「話があるって言っていたぞ。後から来るんじゃね?……ふ。お前の配下が嫌で、逃走してたりしてな。」
大鷹くんも素直じゃない。
わざわざ喧嘩を売るような真似を。
「もうえぇわ。探しに行くけん。……告美、あんたは待っといて。ここで。」
視線を私に向けた後、少し声のトーンが低くなった光莉。
何かを伝えようとするような視線。ここで。大鷹くんと二人。
光莉は屋上の出入り口に向かった。
その後姿を見つめながら小さく呟く。
「ありがとう。」
聞こえなくていい。
その一言では、まとまらない感情が渦巻いているから。
弱い風を感じ、大鷹くんの方に目を向けた。
彼は葉団扇を右手首だけで何度か回して、小さな円を描く。前にも見た光景。
風が大鷹くんを包んで変化が解けていく。
「今回、俺は少しでも告美の助けになれたかな?」
今回は。
大鷹くんの悲しそうな苦笑が、私の胸を痛くする。
『告美に何があったのかも見たけど、助けには行けなかった』
彼は、心変わりが私への裏切りだと感じていた。
私は……。うぅん、今は大鷹くんにきちんと答えなければいけない。
「父の背に乗って、闇の中に傷ついた皆が見えた時……諦めた。だけど、あなたが……大鷹くんが名を呼んでくれて、現実に戻れたの。」
一時的とはいえ、父の配下の影響なのか、流れに身を任せるしかないと。
皆が私の為に、傷ついたというのに。
「ありがとう。逃げない覚悟が出来たのは、あなたの額を流れる血を見たから……何て、酷いよね。ごめんなさい。」
うつむいた私に近づき、大鷹くんは覗き込んで笑顔を見せる。
「もう俺は告美を抱き寄せたりしないし、好意も薄れてしまった。そんな配下が心地いい。……ごめん告美、ありがとう。」
顔を上げて首を振った。
私の方こそ、ごめんなさい。
そして言い尽くせない感謝が声にならず、情けなさで泣きそうになる。
私と目が合うと、大鷹くんは口元だけの寂しそうな笑みで、体の方向を変えた。
屋上から校舎の中に向かう後姿。
そんな大鷹くんと入れ違いで、屈狸くんが屋上に登場した。
「鳥生さん、光莉さんは?僕、ここに居るって聞いたんですけど。」
何もない見通しのいい屋上で、私の周りを探しながら涙ぐんだ。
「光莉は、あなた達を心配して捜しに行ったよ。私は、ここで待っていてと言われたけど。……どうする?」
落ち着きを取り戻したのか、屈狸くんは私を見つめて無言。
考えていることを見透かされそうなほど、真っ直ぐな眼。
そうだ。
まだ私は、お礼を言ってない。
「屈狸くん。あの、ありがとう。……巻き込んでしまったのなら、ごめんなさい。お父さんの攻撃で、どこか痛みとかないかな。大丈夫?」
光莉が呼んだとはいえ、配下だからだとしても。私が原因で怪我したのなら。
今更、大鷹くんの怪我に対して、自分の感謝や色々な物が欠けているような気がしてきた。
自分の未熟さに、どれだけ失望すればいいのかな。
「……鳥生さんが気を失った時、空馬先輩は心配していたけど。今回、助けにも来ないで何をしているのかな。」
突き刺さる言葉。
私は視線を落とし、胸元の服を握った。
「ごめんなさい。君を苦しめると光莉さんに怒られちゃう。」
いつもの雰囲気に戻った彼に安堵し、引っ掛かる何か。
「ねぇ。その日限りの隷属状態と、配下は違うの?」
今も鮮明に、光莉の牙が彼の首に刺さった状況を思い出す。
私には光莉の恋心を応援する気持ちと、配下に対する戸惑いがあった。
「僕にも分かりません。それは大鷹くんだって同じだと思いますよ。いや……違うかな、僕には彼の様な自信がない。」
大鷹くんと、どんな話をしたのか分からないけれど。
配下が『心地いい』と言った大鷹くんの言葉は、どんなアヤカシであっても、共通して本当の事だと思う。
「私は真剣な光莉の眼、狙った獲物を『逃がさない』と言った声色にドキドキした。そんな恋に本気な女の子に、自信がないなんて言ったら悲しむと思う。屈狸くん、自信を持って。」
可愛い外見だけど、男の子なんだから。
配下にあっても、光莉を守る側でいて欲しい。
「鳥生さん。途中から僕の事を『屈狸くん』呼びなのは、光莉さんに遠慮してるからですか?」
無意識で、言われるまで気づかなかった。
多分、遠慮と……区別の線引きだったのかもしれない。
「出会ったすぐは、あなたの泣き顔や隷属姿に、弟みたいな愛着で『茅草くん』呼びだったのかな。だけど今は、私があなたを同級生の異性として認識していると思ってね、変な意味じゃなく。それが自信に繋がるならだけど。」
きちんと伝わるだろうか。
「同級生の異性か。ありがとう、嬉しいよ。……だけど、暎磨は。」
まただ。
姫鏡 暎磨、鏡のアヤカシ。彼の話題に、何故か敏感になってしまう。
気にしては駄目だ。今は。
「彼にも、今回のお礼を伝えたいんだけど。どこにいるのかな?」
彼の会話を続けるような心の余裕もない。
話題を逸らしたけれど、不自然ではないはず。
「僕たちが出会った場所です。そこを光莉さんが家を建てる為に選んだのは……暎磨の由来、鏡が神仕えした聖地。そして白狐も神仕えとして居た所だからです。」
小高い丘で緑も多いのに、一画が整備されて更地になっていたけど。
父は住む土地を安易に選んだんじゃない。出て行くことなど出来ない、縁の地だったなんて。
『鏡のアヤカシは良い奴だよ』
父の配下から、いきなり突き放されたような感覚。
「鳥生さん。僕は、ここで光莉さんを待ちます。あなたは暎磨に会いに行ってください。」
足が震える。不安定な足取り。
それでも私は行かなければならない。
神仕えが、同じ役目を持ったアヤカシを選んできたように、私も。
頭では分かっている。
だけど父は。
許されるなら、例え許されないとしても。
私は一翔を選びたい。
減退を拒み理に反して・・




