それぞれの思惑は・・
囮作戦をするにしても、今日は屈狸くんが使い物にならないから無理だろうな。
「可愛いこと言うけん、思わず噛んでもたわ。私は悪ぅない。」
光莉は開き直ったような態度で、自分にベッタリの屈狸くんの頭を撫でながら、額や目元に口づける。
「私、帰ってもいいかしら。」
落ち着かない様子を隠さずに。
猫塚先生も大鷹くんと会いたいのかもしれない。
私だって。一翔の私に会う目的が、私とは違っていたとしても。
信じようと思ったから。私に見せた二面性。嘘はないと思う。どちらも本当なら。
「ヒカギリ。あなたは、どんな先を視ているの?」
「あんたの目的は役目を果たすことやろ。白狐を裁く立場のあんたと、奴から告美を守る私とでは視とるもんが違うかって当たり前じゃ。」
猫塚先生が白狐を、父を裁く立場。
「告美、白狐は鵺(母親)を自分の神域に留めている。墓守として、見逃すわけにはいかない。」
父の力の強さ。
母は、私に悪夢を託した。
父の愛情が本物だとしても、母はアヤカシの理を犯すことを望んでいない。
何か自分に出来る事。周りに、これ以上の迷惑は。
「猫塚先生、囮を使わずに私が父と会うのは駄目ですか。」
私の願いが通ることは無く、先生は厳しい表情で首を振った。
「白狐をやっと見つけたのに、逃がしたくない。このチャンスを失えば、二度と。」
眠っていた父は、力を温存していたのかな。
何故、私はこの学校に通っていたんだろう。
アヤカシとしての役目を担い、夢に視た吉凶。何度か不吉を告げ、役目を果たして受けた恨みや憎しみ。
曖昧な記憶。
「私が何も理解できないのは、父の配下にあるから?」
知りたいと願ってきたアヤカシの世界。それなのに。
「そうね。」
「そうじゃ。」
涙が溢れ、視界が霞む。
操作されている記憶。曖昧な時間の流れ。
前に光莉は言った。
『“彼”も告美を配下に置けんのだけは覚えておいて欲しいんよ』
それなら。
「私は父の配下から抜ける事は出来る?」
涙は零れて止め処なく流れ続けるけれど、視線を逸らさず二人の答えを待った。
「出来るわ。」
「可能じゃ。」
私は涙を拭い、背に力を集中させた。目を真っ直ぐに向け、見つめるのは未来。
この神域、光莉の配下にある場所でも、私は変化できるはず。誰の配下にもならない。まだ。
私もアヤカシの能力の減退を望む。
それは同じ神仕えを相手に選び、子孫を残して繰り返す。それ以外は認めない。
私が視るのは吉凶の萌し。そうだ、鵺は自分の未来を視ることは出来ない。
それなら。あなたについて知りたい。一翔の未来、吉凶の萌しを視たい。
白い肌。背には黒煙の混じる翼。
変化は出来るのに。吉凶の萌しは視えない。
「告美、確かに配下にない言うたけんど。しんどいじょ。視るんは夢の中にしい。焦らんでもえぇ。」
変化は呆気なく解けてしまう。
自分を制御する力に抗いたくて、それも思うようにいかず、情けなさに押し潰されそうだ。
「白狐の捕らえる鵺は変化した姿だったわよね。それなら囮は本来の姿、鵺の方がいいんじゃないかしら。」
「茅草の能力では、物真似が限界やけん。偽物じゃって、すぐ分かるやろなぁ。」
屈狸くん、どうやって私に化けるのかな。凄く気になる。
「それなら、僕の友達に手伝ってもらいませんか。彼なら、僕より力があります。」
私たちを見ることなく、光莉に甘えながら意見を述べる屈狸くんに慣れてきている。
そんな下僕状態に違和感がないのも、どうなのかな。
私は答えてくれるのか戸惑いながら、質問する。
「それって、他のアヤカシがいるってこと?」
「鳥生さんは知っているはずですよ。僕、二人が会っているのを見ました。姫鏡 暎磨、鏡のアヤカシです。」
“彼”と会ったのも、この場所だった。
『あなたの敵だと思った者がそうではなく、味方だと思った者も……』
光莉の言葉を思い出す。
“彼”は敵ではない。だけど。
目の前が暗くなり、足元がふらつく。
「神域での変化で、力を使ってしまったのね。」
遠退く声。
疲れた。目まぐるしい変化。
それに付いて行けないんじゃなく、操作された記憶と配下による影響。
少し眠りたい。
夢の中なら、視えるかもしれない。会えるかもしれない。
悪夢として奪われ、記憶に残らないとしても……
彼との接点が、今は。
神域なら、一翔は入って来られないかもしれない。
それなら。私の萌し、吉凶は記憶に残るだろう。
私の役目。鵺としての存在意義。
深く落ちた闇の中にいるのか、見上げても光は見当たらない。
足は地につかないような、漂う感覚。
それに反して目に入るのは白く、羽毛のような模様の入った腕と、天使のような服。
背中に力を集中すると、広がって羽ばたく翼。
無意識なのか、鵺の本来の姿になっているんだ。
「久しぶり。実際には、そんなに時間は経っていないんだけどね。」
会いたいと願った一翔の声。
「一翔、どこにいるの?それに光莉の神域なのに、どうして。」
翼を広げ、吉凶を視る事より彼を探した。
「神域だろうが、君と同様……夢は俺のテリトリー。今、姿は見せられないかな。仮の姿だからね。」
仮の姿。
それは。
「一翔、あなたは自分の事を獏だと、そしてジンマだと言った。それは。」
「言いたくない事には答えない。それだよ。」
それなら、どうして私に会いに来たんだろうか。
感じる矛盾に理解が出来るはずもなく、苛立ちと焦り。
せっかく会えたのに、姿も見えないなんて。
「君の手に入れた悪夢。その球体は俺の母、獏が生み出した物。……役目か、俺は偶然だとは思わないよ。どんな神域でさえ、悪夢のある所なら俺は。」
声は小さくなっていく。
不安に、声を荒げて一翔を呼んだ。
だけど、姿は見えないまま。声がすることも無く。
沈黙の闇に、これが記憶に残るという確信があった。
彼と少しの時間でも話が出来たことで満たされた心は、一瞬で貪欲な思いが膨らみ覆す。
足りない。
彼の姿を見、視線を合わせて、話をしたい。彼に触れて体温を感じ、私にも触れて。
生じた熱を伝えたい。
彼の残した言葉が、頭を巡る。
彼の母と私の母が残してくれた悪夢、それを一翔は知っていた。
彼の母が獏。私の母は鵺。
『本来、鵺が受け継ぐはずだった力は父方のはず。それなのに母親の能力を表す鳥生の氏姓』
猫塚先生の言葉を思い出した。
彼の氏姓は空馬。父親はジンマ……“ジン”馬なのだろうか。
私とは違って、両方の能力を持っているのだとすれば。
彼が偶然だと思わないと言ったのは、私との出逢いの事なのかな。
偏るかのように、同じ学校にいるアヤカシが繋がっていく。
鏡のアヤカシと、あんな事があったけれど。それも敵ではなかったのだとすれば。
現実で、強要されるような変化も、何らかの意味があったのかもしれない。
誰の本意も分からず、ただ信頼を重ね。
それぞれの思惑は・・




