獏でありジンマ・・
父は力を持たないアヤカシでもなく、孤独な死を選ぶどころか……神仕えの母と。
鵺を好きになってしまったのは。その気持ちは。間違っているのかな。
「告美、あなたの母親は生きている時に幸せそうだった?」
視線を落としていた私は、猫塚先生の質問に顔を上げる。
「私の記憶は操作されているのかな。母は、幸せそうに見えた。私の思い出も。」
「ほんなら、えぇんちゃうんかなぁ。しゃぁないやろ。」
仕方のない事。
アヤカシも好きになってしまった気持ちは、どうしようもない。
本当に?
それは引き留めることが出来る時期があるのなら。
結局、私は自分の事ばかり。
一翔に会いたい。
手に握る球体。
自分の体温なのか、冷たいはずなのに熱を感じる。
「告美、それが何なのか知っているみたいね。」
何故か、手にしている物について後ろめたさのような感情。不安に似ている。
確かに不吉を含んだ悪夢なのだろうから、当然の事。
内心の焦りは、自分が理解できない他の感情を生み出していた。
「これは悪夢。……一翔と初めて会った日、私は不吉の萌しを夢で視ていた。その萌しが私にとって悪夢だったと、獏の一翔は奪い……同じ球体に封じて私に見せた事がある。」
自分なりに要約してみたけど、彼女たちの知りたい事が他にあるなら、更に質問してくれるだろう。
「それって、告美が前に、私に見えるか訊いたやつなん?」
私は頷く。
一翔の周りを浮遊していたのと同じだとすれば。獏の能力。
母はこれを、一翔か同じ能力のアヤカシから受け取った事になる。
「一翔は悪夢を喰み、風船ガムを膨らませるようにコレを作った。」
彼に会いたい気持ちが抑えられない。それが、この悪夢を知るためではないのだと自覚する。
私は不純な動機で。違う。逃げ道を探しているのかもしれない。
思考は複雑な感情にかき乱され、何を口走るのか。
「私から奪った悪夢を、一翔も視たのだと言って……喰んだ残りを私に返した。」
偽る事の出来ない想い。きっと、二人には隠せない。
「教えて欲しい。父の事より、私は一翔の事が気になっているの。一翔は。」
感情に任せて涙が溢れ、言葉が連なっていたのに。一気に冷めるような感覚。
彼は獏であり、ジンマだと名乗っていた。それが何を意味するのか。
私は口元を押さえ、手に持っていた球体を机の上に落としてしまった。
それは転がって、中央部で止まる。
「告美、気分でも悪いん?」
「ヒカギリ。空気読まないのは、あなたの方が酷いわね。察してあげなさいよ。」
猫塚先生は立ち上がり、私に近づいて、頭を胸元に引き寄せた。
「今は、その気持ちを大事になさい。貴重な想いというのは、状況で変わるものではないから。」
“死神”と言われても、不吉を告げる鵺であったとしても。優しさを持つアヤカシ。
まだ知らない一翔の全て、父の真意。
信じてみよう。
「一翔が奪った悪夢は、私が視た萌しと実際の事が変わったと言っていた。これが、どれ程の未知数なのかは分からないけれど。母から預かった悪夢を知るには、彼の獏としての能力が必要だと思う。」
先生は、私から離れて頭を優しく撫でた。
冷静になれた気がする。
ゆっくり立ち上がって、私は机の上に転がった悪夢に手を伸ばして掴んだ。
「空馬先輩に会って、どうするか。告美は考えとん?」
会ってどうするか。
光莉の声は穏やかで、心配してくれているのが分かる。
「何も考えていない。素直に、これを見せるだけでいいような気がするの。安易よね。」
会いたい願望に、都合の良い事ばかり。
これが私たちを引き合わせてくれるような予感、そんな甘い事を。
「私の神域に近づいて来たくらいだもの。向こうは、告美に用があるでしょう?」
保健室から出て、一翔は私に近づいてきた。それも心配を装って。
私に何らかの用件があるのは確か。
「空馬先輩は天邪鬼でええんちゃうか。」
不機嫌な光莉。
それに対して猫塚先生は、ため息。
「拗ねるとか止めてよね。面倒くさいのが増えるから。」
問題は何も解決していない。寧ろ疑問が増えていく。不安も。
それなのに想いが私を急かすのは。
「光莉、告美……私が手伝ってあげるんだから、邪魔しないでよね。」
ツンデレな大人って、何だか可愛く思える。
それだけ“死神”は孤独に生きてきたのかな。
「猫塚先生、何か考えがあるんですか?」
「幾つかね。だけど覚えておいて。あなたを利用して、私はあなたから大事な物を奪う。」
それは父と母に関する事。
父はいつから眠っていたんだろうか。
日常生活に、父が係わった記憶がない。一緒に生活していたと思っていたはずなのに。
亡くなった母に、アヤカシの姿とは言え会えただけで嬉しかった。
「先生は猫又としての役目があるのなら、それを全うしてください。」
父の真意は分からないけれど、誰にも渡さないと言ってくれて……ん?それって、家族としてだよね。
あれ?何だろう、このスッキリしない感情は。
「告美は、本当に色んなもんに好かれるなぁ。」
光莉は無表情で首を傾げた。
彼女の感情が読めなくて、ますます複雑な思い。
「告美。私と光莉は、あなたとは異なる方法で先を視ている。それは減退によって覆る可能性が高く、萌しより曖昧なの。」
猫塚先生の小さな声が、不安を煽る様で弱気になってしまいそう。
周りに頼ってばかりでは駄目だよね。もっと自分に出来る事を探そう。
「囮に、彼を使おうと思っとんやけど。」
私の決意を口にする前に、光莉は立ち上がって、携帯で連絡を取り始める。
囮?私の代わりになるような“彼”って、まさか。
「近くに居るやろ。知っとんじょ。私の神域やけん、入れる。早う来な。」
光莉の神域に入れる様な仲。
まさか。
数分もせず、涙目の彼が登場した。
予想通りの屈狸 茅草くん。また草を探していたのかな。
「光莉さん、本当は僕の事……下僕にしか思ってないんですよね?」
涙が溢れて、零れ続けるのに可愛いなんて。男の子にしておくのが惜しいな。
だけど、私の囮には無理があるよね。ある意味、修羅場なのに冷静な自分がいる。
「くだらないわぁ。配下に、こんな愚痴を言わせるなんて。」
「化け猫は黙っとき。……茅草、私はあんたが好きなんじょ。何で、信じてくれへんの?」
屈狸くんを囮にしようとしている時点で、私なら疑ってもしょうがないかと。
光莉は不器用なのかな。私も恋愛面では、言える立場じゃないけれど。
周りから見ているから、冷静なのかもしれない。
「本当ですか?僕だって、噛まれたから好きな訳じゃないです。配下だからでもないし。」
最初に光莉が屈狸くんを噛んだ時は、私も驚いたけど。
二人の想いは主従関係に左右されず、少し安心した。
光莉は屈狸くんを慰めるように抱き寄せ、首元にガブリ。
……え?
「何で、噛むんですか?」
だよね、本人が驚くんだもん。ビックリしたのは私だけじゃない。
そう思い、先生に目を向けると。
「愛情表現を下僕が理解してないなんて、まだまだよ。」
ため息交じりに答える。
アヤカシの愛情って難しい。
父の愛情も量れない。自分の想いは普通なんだろうか。
そして、彼は。
獏でありジンマ・・




