同じ道を辿るかもしれない・・
自分の手中にある球体。
それは一翔が歪ませたような柔らかさなど、全くなかった。
冷たくて、私には何も伝えて来ない。
「告美。移動ばっかりで悪いんやけど。人の目につくけん、ここは離れなあかん。」
手にある悪夢を見つめていたからか、光莉たちには私が落ち込んでいる様に見えたのかな。
そうだよね、本来なら。
「うん。これから、どうすればいい?」
家を失った。これからの未来が見えない。
私の視る夢が奪われ続けているとすれば、それは不吉を意味する。
光莉は苦笑して、私に手を差し伸べた。
「行こか。足掻いてみるんも、えぇかもしれん。猫又。あんたは、どうするん?」
私の手を引きながら、猫塚先生に視線を向けた光莉。
先生は。
「あら。私の神域に、ご招待してもいいのよ?」
どこまでも意地悪なんだね。
思わず笑みが漏れた。
「あほか。あんたの陰気くさいんがうつるわ。」
「くすす。残念。心配しなくても、紋葉は帰ったから居ないわよ?」
私の思考までお見通しなんだろうか。
二人って、以前から面識があったのかな。
「紋葉は、告美を裏切ったと罪悪感に浸っとったわ。あんた、ホンマに残酷な女やな。」
今は猫塚先生と接しても、自分が害を受けるような印象などない。
彼の言う裏切りとは。
「浸ればいいわ。逃がしはしないけど。数少ないアヤカシに、自分の好みを見つけて。そうね、紋葉の好意を抱く告美が神仕えでなかったなら。どうしたかしら。」
彼女の視線は、今までにない鋭さで真っ直ぐに私を貫く。
大鷹くんの言葉を、冗談だと思ってきたけれど。それは。
「あいつはアホじゃ。自分の目を過信して、肝心な事を見過ごした。それに比べて、空馬先輩は複雑やなぁ。告美が引き寄せたんか、守っている力がそうさせたんか知らんけど。……そうこう言うとる間に着いてしもたな。」
結局、学校の方に戻って来てしまった。
“彼”を初めて見た場所。
屈狸くんと、初めて会った場所でもある。
「さてと。どこまで通じるかは分からんわ。相手が神落ちなら、どこに居っても一緒やろし。」
面倒臭そうな表情で、ため息を吐きながら。光莉は繋いでいた手を離し、その場に屈む。
地面に両手の平をかざしながら、何か呪文の様な聞き取れない言葉。
手のかざした辺りから一気に水が広がり、後を追うように草が生えていく。
そして見慣れた一軒家が出現した。自分が住んでいた家。
「中に入ろか。」
立ち尽くす私を置いて、光莉と猫塚先生は家に入って行く。
彼女たちには理解できる状況だろうけど。本当に置いてきぼり感、半端ない。
自分の家のはずなのに。
ドアを開けて入り、おいでと促す光莉に違和感はないし。
流れに身を任せていては駄目だと、何度も思いながら。
私は。
足を一歩踏み出し、家に向かって進む。
家の中。
曖昧な記憶をつなぐように、それぞれの部屋が昔を物語る。
台所に立つ母の姿。リビングでくつろぐ父の姿。幼き日の幸せな日々。
涙が込み上げる。
ここも、あそこも幻影だったかもしれない。だけど。
「私の家だ。暮した日々は、幸せで一杯だったのに。どうしても思い出が霞む。」
壊れたのは、母を喪ってからだろうか。
父は。
「ヒカギリ、座って話す?説明の仕方によっては、外の方が良かったんじゃないの?」
「うるさいなぁ。今、考えとるところじゃ。ぼけぇ。」
……ふっ。
思わず笑ってしまう。
私とは異なるアヤカシ。
次元が違うからか、私は当事者のはずなのに仲間外れな気がする。
「告美、何がおかしん?」
「ごめ。ふふっ。何も知らな過ぎて、付いて行けなくて。」
知ろうとすればするほど、疑問が増えていく。
そんな状況で、情けなさを覆すような空気。
彼女たちの力を見たからか、信頼からくるのか、穏やかさが包んでくれるなんて。
「告美、とりあえず座ろ。話は長いし、どう説明してえぇんかも手探りやしな。」
椅子に座り、くつろぐ3人。
私は天井を見て驚く。
筒抜け。屋根はなく、自分の部屋があるはずの部分が。
「心配せんでもえぇ。階段を登れば、天井はないけど部屋はある。」
おやぁ?前の家は、ちゃんと天井があったはずなのに。
「それだけ、あなたの父親は力を落とさずに来たって事よ。だから神落ちなの。」
力を落とさずに。減退をせずに神落ちしたって。それは。
私は言葉が出ず、二人の説明を待つ。
「鳥生 潔。白狐じゃ。私は、ある社の眷属やと思ったんやけど。」
「狐のアヤカシは、最上位を“神”とする言伝えもあるくらいよ。それに本来、鵺が受け継ぐはずだった力は父方のはず。それなのに母親の能力を表す鳥生の氏姓なんて。」
確かに皆、名字にはアヤカシの能力に関する字が。
あれ?空馬って獏と関係あるのかな。
童話などでは、獏が空を飛んでいるイラストを見た気もする。獏は馬なのかな。
何故か、父に関する危機感も無く一翔の事ばかり。
私は一体、何を気にして。
「私らが減退したと言っても力は歴然。白狐は対峙する力を持っとったけんな。」
父が神仕え等ではないのは明らか。だとすれば。母との結婚も、私が産まれたのも。
アヤカシの理に反する。
父の役目は何?存在意義は。
しかも減退ではなく、力を保つような事をするなんて。
「そんなに母を好きだったのかな。」
アヤカシは減退を選んで、この人間社会に溶け込むことを願って来た。だけど。
役目を担い、それを果たして、減退に相応しいアヤカシを見つけて……理に反するなら、想いは。
大鷹くんは“神仕え”の私を好きになってくれたけど、その想いは。純粋だったはず。
配下にする事を、アヤカシの役目ゆえに否定しないと言ったけれど。
彼にとって心変わりは、私への裏切りだった。
私は。
頭に浮かぶのは一翔の事。あなたを信頼した私の心は。
父の気持ちに、毒されているのかもしれない。
一翔は悪夢を喰らう獏。神仕えでないなら。
私の気持ちが、“彼”に重ねたような淡い恋ではないなら。
「光莉は、父を……。父はどうなるの?」
幸せな過去の記憶さえ、塗り替えられてしまう。
それでも私は、同じ道を辿るかもしれない・・




