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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
吉凶は夢に萌す

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手に入れたのは悪夢・・


分からない事に加えて、自分の信じてきた事や疑問にも思わなかった日常が崩れ去る。

私は一体、何を信じればいい?


辿り着いた自分の家。見慣れたはずの風景。

私は。


「今日、ここに来て気付いたんじょ。信じられんかった。情けないわ。ごめんな、告美。」


間近にある家の1階部分を、光莉は遠くにあるような視線で見つめながら呟く。


「光莉は前に、私が現実で変化した日、ここに送ってくれたよね?」


その日、目覚めて目に入ったのは自分の部屋の天井だった。

光莉が送ってくれたのだと思っていたんだけど。


「あの時の告美は、いつもと様子がちゃうかったけんど。変化の影響かと思とったわ。……覚えてないんかも知れんけど、告美は自分で帰ったんじょ。」


自分で帰った記憶が無い。


「光莉、あの日の夜。一翔は、私が寝ているのに夢に居ないと言っていた。変化の影響で私の意識が?」


光莉は首を振って、私に苦笑を見せた。


「それも今から、原因と向き合うことで分かるかもしれん。多分、告美の記憶にないなら……不吉の未来。」


光莉は視線を家の方に戻し、首元の黒い輪が色濃くなっていく。

張り詰める空気。


光莉の足元から水が滲み出て、徐々に勢いを増して湧き上がる。

水は波紋のように弧を描いて小さな波を生じさせながら、範囲を拡大。

それは私の足元に届き、目を上げると、見ていた景色が様変わりを始めた。


脳裏に浮かぶ日常の風景。普通に生活していた私の部屋。お風呂に入って、洗濯機も回していたのに。

だけど。あるのは部分的な記憶だけだ。


どんどん変わっていく様子に、息を呑む。

周りにあった住宅は消え、愛着のある家が歪んで霞み……現れたのは小さな社。


境内にある台座に、片膝を立てて、座って眠る男の人の姿。

見覚えがある。それは父と言うより、“彼”に重ねた理想に近い姿。


『君が“僕”に惹かれたのは当然だよ。だって、それは“僕”が君の理想の塊だから』


私が惹かれた?私の理想?それは。


母は幼い頃に亡くなった。

初めての変化は萌しに促され、先を視たのは夢の中。萌し。吉凶を視たいと願い。

その能力を自覚した時、父には明かさず生きると誓った。父はアヤカシではないから。

母の正体も知らず、 不吉を告げる妻を信じてきたのだと。


だから。母のように役目を背負い、人に不吉を告げて……

父のように、受け入れてくれる人を望んできた。


だけど。

操作されたとしても覆らないアヤカシの未来。


『引き継ぐ能力の減退』


それを願っているのは変わりなく。

今の私に理解できる事と、この瞬間に思い出せる限り。


目前に眠る父の時の止まった若い姿に、寒気がする。

その傍らには青白い火の玉が一つ。


揺らめいて、火力が増しているのか人型に変化していく。

目覚める前兆なのか、私たちに対する攻撃なのだろうか。


「告美。」


懐かしい声。

見慣れた翼。黒煙を含んだ青白い炎の翼が交差して、覆っている中に居るのは。


徐々に交えた翼が広がり、現れたのは予想した通り。

思い出のまま時の止まった若い母の、変化した姿。

まるで今の私が、大人になったような。


死んで、もう会えないと思っていたのに。


「お母さん。」



駆け寄ろうとした私の喉元に、冷たい風が吹いた。


「来たんか。そら管轄やけん、来るやろうと思っとったけど。空気読めや、猫又。」


猫又って。猫塚先生も、ここに来ているの?

首元を押さえながら、風の吹いてきた方向に視線を向けた。


鎌を回転させながら、近づいて来る彼女の表情から怒りを感じる。


地面を覆う水は彼女の足を付けた所から蒸発し、闇を拡げて。

光莉の神域に守られ、違う神域の力に怯えるなんて。


「ヒカギリ、いい度胸よね。神域に鵺を連れてきたから、私の意図は酌んでくれたと思っていたのに騙されたわ。まぁ、邪魔する訳ではなさそうだし許してあげるけど。」


言葉と似つかない態度と表情。

母との感動の再会も、ここまでなのかと諦める。


「告美、これを。」


母は周りの状況を、どれだけ把握しているのかな。


私の方に、小さな球体がゆっくりと流れてくる。

近づいて来るそれは、見覚えのある物。


飛んできた物体を両手で受けとめ、手元を見つめる。

何故、これを。


灰色と白色のマーブリング。少し私が知っているのとは違う。

一翔の持っていたのは、白が基調になった灰色のマーブリングだった。


湧き上がる疑問に目を上げると、母を後ろから抱き寄せる父の姿。


「騒がしいと思ったら、俺の寝ている間に邪魔しようとするなんて姑息だね。君たちには渡さないよ、宣江のぶえも告美も。」


社に満ちる燐火りんか

母や私の翼に宿る炎と同じ色。


父の変化を覆う様に、青白い炎が小さな狐の形になって続々と量産。

幾つも重なるような流れの一部が、光莉や猫塚先生に矛先を向けた。


波のように襲い掛かる狐火。


光莉は冷静に対応していく。

両手を地面の水に向けて差し伸べ、足元から両側に大波を作る。

真っ直ぐ飛んできた炎に、両側から大波の水を被せた。


光莉が助かった事に安堵し、猫塚先生の事が心配になって目を向ける。


すると彼女も冷静で。襲い掛かる炎を鎌で切り裂き、飛び散った火の粉は闇が喰らい尽くす。


力の差。

父は、どうなってしまうのだろう。


炎が消えたと同時で、景色が急に変わる。

父と母の姿はない。


周りには住宅。そして自分の家のあった場所は、草の生い茂る空き地と化した。

本来の姿なのか、そこには過去に自分の家があったのだろうか。



「ごめんなさい。」


込み上げる感情に涙が溢れ、私は謝罪を述べる。

アヤカシの理に反する父の行為。


何の力も無く、護られるだけの存在。

私は。


「告美、あんたが謝る事やないんよ。ごめんなぁ。居場所を奪ってもうたわ。」


私より背の低い光莉が、必死で私を抱き寄せようと背伸びする。

彼女の慰めに心は安らいで。


「彼は神落ちね。それが分かっただけでも、今後の対処は出来るわ。」


神落ち?


「猫又、あんた。どこまで空気読まんのんよ。本当ほんま、はがいたらしいわ。」


光莉は背伸びをやめ、私から離れて彼女を睨む。


「あら、あなたは満足でしょ。“神”と言われてきたアヤカシとして、頼られるのは存在意義。自己満足なのよ。」


その言葉に、光莉は今までに見せた事のない悲しい表情で振り返る。


「光莉、あなたの存在意義を否定しない。それに優しさも。」


顔を埋めるように、光莉は私に抱き着いてきた。

意地悪を言っている彼女も、本当は。


「猫塚先生、あなたの役目も否定しない。“死神”として受けてきた非難があるのなら、あなたの優しさゆえに私は苛立ちを覚える。」


きっと私が受けてきた恨みや非難の比ではない程。

憶測でしかないけれど。


父のした事、しようとしている事も分からない現状で、お礼を述べる事も躊躇するなら。

せめて。


「はぁ。一体、優しいのは誰なのかしらね。そんなのだから、変なのに好かれて付け込まれるのよ。」


現実に引き戻されて変化も解けたけど、猫塚先生の普段着は派手なままだから目立つよね。

先生のセリフと格好に、思わず苦笑。


手に在るのは母から託された、悪夢の詰まった球体。

白と灰色のマーブリング。


私は過去、一翔に悪夢を奪われた。

そして今、手に入れたのは悪夢・・





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