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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
吉凶は夢に萌す

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下心と覚悟を告げられて・・


私は、一翔がお湯を出したままの風呂場に戻っている間に家を出た。


話しはまた今度。


何かに駆られるように足は進む。

雨の音も、体の体温を奪うような冷たさも、すべての感覚は薄れていくようだ。


一翔は何を思っただろうか。私は、あの状況から逃げたかった。

訊いていいと言ってくれたけれど、答えたくない事に触れそうで怖い。



自分の家のお風呂で、浸かる温もりに安堵する。

きっと彼の家では落着けなかっただろう。


濡れた服を、軽く水洗いする洗濯機の音。

脱衣場には、乾いた自分の私服と下着が準備されている。


体を拭うのも家のバスタオル。気兼ねなど一切しない。

彼の家で直面したであろう状況が頭を過り、これで良かったのだと自己完結。



だけど。

一翔も、そう思っているとは限らない。


だって夜の夢にやって来て、仁王立ちの無言で睨んでいるのだから。



「ごめんなさい、一翔。私は怖くて逃げた。」


正直に伝えると、狼狽えるような反応が返ってくる。


「いや、いい。俺も悪かった。その……誰にも聞かれたくない話なら、ここでも出来たよな。風邪、ひいたりしてないか?」


視線がさ迷い、早口で、いつもと違う。


「一翔は何か、私に隠しているの?」


私の問いに過敏な驚きを見せた。


挙動不審。

隠し事が何なのか、あるのは確実だけど、触れてはならないような雰囲気。


肩を落として頭が項垂れる一翔。


「ごめん、少し下心があったんだ。最初の出逢いが最悪だったから、怖がらせたよな。」


下心?最初の出逢いが最悪……

あぁ、確かにあの時と今では、一翔の態度や言葉など全く異なる。


萌しの時には、今の状況が信じられない程だった。

疑問に思っていたのに、今は自然と受け入れて優しい彼に違和感もなく馴染んでいる。


「何故……最初の敵対心は何だったの?どうして、今は私に優しくなったの?」


私は答えを知りたい。

答えたくないことだったとしても、私が尋ねたい事だと分かって欲しい。それだけでいい。


私の願いに、一翔は笑顔を向けた。

その表情に嬉しさが込み上げ、満たされていく。


「俺は夢を喰らう獏。夢を見る相手を触れる体は、仮の姿。それが更に分離した初体験。俺を夢の中に引き込んだのは、告美だよ。君が初めてだったんだ。」


アヤカシとして役目を担って果たす際、通常とは違う不測の事態が生じたら、どれほど緊張するだろうか。

まして、そんな状況に引き込んだかもしれない相手を前にすれば、警戒心を示して当然の事。


それでも当時の彼は平静を装い、警戒して探る様な視線を向けた。

敵だと思ったのは私も同じ。萌しを取り戻すことに必死だった。


一翔の態度や言葉が和らいだのは……



「ふふ。くすくすくす……嬉しい。こんなに、人から受け入れられることが幸せだなんて知らなかった。ありがとう、一翔。私はあなたを信頼するよ、これからずっと。」


心の中、私が出した結論。

その口にしなかった結論までの推論など、あなたは知らずに頬を染める。


そして微笑んだ。


「俺の気持ちしたごころを本当に知っているのかな。」


「知らないわ。だから、教えて欲しい。」


嘘じゃない。感覚も言葉もすれ違うけれど、間違ってはいないと思える。

幸せと、満たされるような心は一翔が教えてくれたから。


信頼は変わらない。

私の全てを見透かすような視線に、気恥ずかしさが抜けないとしても。


この心は、気持ちは何だろうか。


「告美、触れても良いかな?」


感覚のない夢の中、あなたは私に許しを求め、私は何と答えて良いのか惑う。

触れるのなら、感覚のある現実が良かった。それなら逃げるんじゃなかったかな。


「まさか、また私の上に被さって触れるつもりなの?」


雰囲気が一気に崩れていく。

あ、何か不味い?


「確かに、触れるなら感覚は欲しいよな。よ~く分かった。今度は逃がさない。俺って馬鹿だなぁ。ははは。覚悟、しておけよ?」


地雷を踏んだ、無かった事に出来ない程の過ち。

墓穴に落ちた。


「一翔、触れても良い。感覚を共有することを……私も……」


口は勝手に何を言いだすのか、パニックなのは確かだけど偽りもない。


「くくっ。ごめん、意地悪すぎた。俺はこれからも告美に振り回されるな。分からないよ、俺の感情なんか。純粋な君にはね。下心に火を付けて、煽っておきながら逃げる事も他愛ない。」


声のトーンが低く、視線は私を見ているのに遠くを見つめるようだ。

味わうのは疎外感。


「もう、後戻りは出来ないと言ったのはあなたよ。」


視線を捉えるように睨むけれど、一翔は苦笑を返す。


「君の視た夢は覆った。それが俺の救い。俺は獏、そしてジンマ……」


夢の時間など、話し合いになどならない短さ。

やはり逃げるべきではなかった。


彼は言葉の途中で姿が薄れていく。


額には、優しく撫でる感覚が微かに。

込み上げる感情に引き上げられて目を覚ます。


夢の中と同様に霞んだ一翔の体。

手は私の頬を覆い、親指が唇を撫でるように移動する。


「君には感覚があるんだね。残念ながら俺にはないんだ。これは仮の姿だって言っただろ。だから覚悟しろ。俺が触れるのは、現実だ。アヤカシの役目の過程などではなく、俺の意志。夢を食んで、沁み込んだ君の一部が俺を狂わせ……」


途切れる言葉を逃したくなくて彼の手を捕らえたけれど、差し込む朝の光に掻き消されてしまった。

彼には感覚がないと言っていたから、きっと気づいていない。


残るのは寂しさと、どうすることも出来ない悔しさ。稚拙過ぎる。

追いつかない感情に生じる焦り。


身を抱き寄せ、声を殺して涙を零す。

彼に下心と覚悟を告げられて・・




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