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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
吉凶は夢に萌す

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奪還できたのは・・


目の前が霞んでいく。

視る力が弱くなり、目の前に居た一翔の姿は儚く消えた。


体中の力も抜けて、その場に座り込む。

カーテンの隙間から差し込んだ眩しい光にも反応できず、視線は床の絨毯を見つめたまま。


この現実で変化した影響なのか、思考が働かない。


「告美、目を瞑りな。無理させてしもたけん、もたれてもええよ。」


私より背の低い光莉の身体に寄り掛かり、目を瞑るのも儘ならない。

やはり、慣れない現実での変化による影響なんだ。


意識が遠退いて、睡魔に誘われていく。

落ちる……まるで暗闇に吸い込まれていく様だ…………



『もう、後戻りは出来ないからね』


彼の声が頭に響く。

視たのは私の先を萌した吉凶。夢ではなく、この現実で。



「告美が、私の配下やったら良かったのに……そしたら手を出すことも出来たんじょ。どないも出来んわ。ごめんな。」


遠くから寂しそうな光莉の声が響いてくる。

伝わる温もり。


大丈夫、傍に居てくれるだけでいい。それだけで私は……幸せを得ているのだから。

役目を担い、不吉を告げ、恨みをこの身に受けて来たのだから。


夢現。さ迷う意識は、どちらにいるのだろう。

混濁するような感覚。何も見えない闇に不安を煽られ、体が一瞬だけ浮くような違和感。


目を開けたはずだった。


でもここは夢の中。

私が見たのは、不機嫌そうな表情の一翔が遠巻きに立って睨んでいる姿。


「寝ているのに夢に居ないとか、俺を待たせて何様なの。我慢の限界だよ?」


口元を引きつらせ、無理した笑顔を作って見せる一翔。

彼の手にある球体を歪ませて見せ、空中に放ってから握りつぶす様に掴んだ。


乱暴な、前と変わらない態度に寂しさが生じる。

一体、どれほど先を視たのだろうか。


私は出そうになった言葉を呑み込み、視線を逸らして答える。


「……ごめんなさい。其れは返して頂けませんか。」


夢の中なのに手が震え、自分に込み上げる複雑な感情を処理しきれずに胸元の服を握り締めた。


「告美、俺はこれが何なのか知りたい。」


奪っておいて、それが何なのかを問う一翔。

私こそ、その球体が何なのかを知りたい。だけど、彼は決して答えてはくれないだろう。


「それは、私の物ではありません。ある人の未来の萌し。」


目を上げ、出来るだけ気持ちが伝わる様にと隠し立てもせずに。

嘘など含まない簡潔な言葉。


「……ある人……ね。告美、コレが何なのか言ってやるよ。俺がお前に返せない理由だ。」


何かを悟ったような間と、苦笑に混じる感情が何かを知りたくて目が離せなくなった。

彼の抱える闇の心奥深くに触れたようで、何かが埋まる。


満たされたような感覚に、彼の真意も私の役目も二の次で。



「これはね、“君の”悪夢だよ。俺はばく……悪夢を喰らう。」


私の悪夢。私に生じた感情が一瞬にして奪われたのは、その為。

“彼”の未来に私がいる。


吉凶の萌しで見たものは、私の悪夢。

彼の不吉が、あまりにも残酷だった?そうだとしても……


「返して欲しい。」


悪夢を喰らう獏。

彼の役目ゆえ、絶対に取り戻せはしないと思っていたのに。


「……いいぜ、取り返せるものなら。覚悟を見せろよ。」


私の役目を知っているからなのか、探る様な言葉と視線が突き刺さる。

彼は私に歩を進め、目の前で止まった。


萌しと同じ位置。彼は口を動かして以前と同様、風船ガムのように膨らませた。

それを口の中に戻しては、膨らませてを繰り返す。


『覚悟を見せろ』


感情の見えない眼。


私の覚悟が、萌した未来を変えるかもしれない。

それは、“彼”の吉凶なのか私の未来なのか……それとも…………


私は迷わず突き進む。

一翔の頬に両手を当て、背伸びをして彼の口に唇を重ねた。


閉じ気味の視界に入るのは、見開いた目。

彼の口内は熱い。夢なのに、体温を感じるなんて。


違う。これは…………


一瞬だけ視えた映像と、音声。

『君が“僕”に惹かれたのは当然だよ。だって、それは……』


顔の部分が霞んで、“彼”の表情は視えない。

これだけの情報では、私の悪夢にはならなかったはずだ。


一翔から離れて私は目を大きく開き、更に距離を取った。


「ふ。くくく……不満気だね。俺は、十二分に楽しんだぜ?食んでいたら消化しちまったよ。お前の悪夢は、俺を虜にするほど美味い。……告美……。あいつには近づくな。頼むから。もう、俺と係わりたくなどないだろう?」


彼の感情の変化に胸が痛む。


「一翔、あなたは何を恐れているの?」


多分、その悪夢にあなたが居た。

私の見つめる視線に、彼は苦笑する。


「恐れは未来に対して生じるもの。そうだ、先を視るお前が怖い。」


私の知りたかった答えではないけれど、全く関係のない言葉ではない気がする。


「残念ね。私の初めてのキスを奪った罪は、償ってもらうわ。覚悟を決めた女から逃れられると思わない事よ。私は一翔の萌しも視たのだから。」


私の言葉に驚いた表情をしてから、一翔は視線を慌てて逸らした。


「この悪夢も、お前から奪えば済む話さ。」


言い逃げのように姿を消して、説得力などない。

もしこれが、私の中で“悪夢”だと言うなら記憶からは拭われるだろう。


けれど、私が萌したのは『後戻りできない』状況。

しかも一翔から奪還できたのは…………






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