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⑤【9作集約】無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
吉凶は夢に萌す

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奪還を試みて・・


学校生活に慣れ、奇妙な雰囲気に誘われて光莉と友達になってみれば、彼女もアヤカシだったとかいうオチ。

どうやら私たちだけではなく、この学校にはかなりの数が潜んでいる様だ。


「恋でもしたん?いつもと違うけん、どうしたらええか分からんわ。」


光莉は徳島県のアヤカシらしい。

どこか関西弁に近く、広島風にも聞こえる方言。


心配そうに私の周りをグルグル回って、無表情に近いのに愛らしさを振りまく。

光莉に、夢を奪われたなどと言えばヤツは一噛みされてしまうかもしれない。

いや、手っ取り早くていいかな。待て待て、下手にアヤカシの力を表沙汰にしない方が……


チラリと光莉に目を向けると、首を傾げて私の反応を待っている。

可愛いなあ。


「恋じゃないよ。彼も仲間みたいなんだよね。私には、彼の周りをフヨフヨと飛ぶ小さなボールみたいなのが見えたから、光莉にも見えるのか知りたかったんだ。」


私の答えに一瞬の間を置き、視線を机の上に落として無言。

ん?不満気な御様子ですか。


「噛んだら一日は思い通りに出来るけん、試そか?」


私の心はお見通しなの?


「光莉、あの人は好みなの?」


ちゃう。」


ニッコリ笑顔の即答なのね。

始業のチャイム音が鳴り響き、光莉は自分の席に向かう。


気まぐれな性格なのか、どこか冷めているのかな。

何か一言あってもいいんじゃないかと、寂しさが少しだけ生じた。


何というか、得なのか損なのか分からない。

愛着を抱いてしまえば、心を奪われる。


ヒカギリと言うアヤカシ……

彼女の首には黒い輪があって、それは仲間のアヤカシにしか見えないのだけど、何とも言い難い妖艶さを醸し出す。


言伝えでは『山の神か水神の変化で、小柄な蛇。それに噛まれたら、 命はその日限り』。

現代では、そこまでの力があるわけではない。彼女に噛まれれば、“その日限り”の隷属状態だ。



授業中、黒板に向かっている先生の後姿で文字は見えず、教室内に視線を巡らせる。

この中に、どれだけのアヤカシが居るのだろうか。


“彼”の姿はない。

名前もクラスも知らないのに、私の思い描く人物像に最も近い人。


たった一度だけ言葉を交わし、遠目に見つめて片想い。

淡い。声をかける勇気もなく、近づく事も恐れて。


もしかすると“彼”もアヤカシなのかもしれない。

どこかで期待を膨らませ、あまり知らないはずの“彼”を思い描いて更なる理想を抱く。


自分の役目なら、接点を見つけられるかもしれないと浅はかだった。

あの時、何らかの感情が生じた事だけを記憶している。


絶対に取り返すべきだ。

萌した吉凶は、近い未来を示す物だから。



アイツは、学校では人気があるのか周りが華やかだった。

愛敬を振りまいてまで、イメージを保っているのなら邪魔するわけにはいかないかな。


確かに夢を奪われ、私にあんな……

胸を触りやがって、ちくしょう!


むしろ周りに人が居た方が無難な対応をするに違いない。

この考えが甘かったと思うのは、自分に害が及んだ後の事。



お昼休みに人だかりを探し、中心に居る人物に話しかけた。


「あぁ、君か。待っていたよ。」


待っていた?


意味深な言葉と、これまた見たことのない戸惑いの表情を見せる。

そして、周りに小さな声で人払いの言葉。


「ごめん、二人で話がしたいんだ。」


……あれ?自分に突き刺さる女子の視線が痛くて、冷や汗が出る。

ま・さ・か?


遠巻きに去って行く集団から、私に対する不満が聞こえる。


こいつへの怒りと、今後を考えての恐怖が重なり、言い難い悔しさ。

視線を上げて彼を睨みつけると、満足げな笑み。


「二重人格なんて、最低。さっさと私の夢を返してよ!」


奴の周りを浮遊する球体に手を伸ばして触れようとした瞬間に、手首を捕らえられてしまった。

必死で振り払おうとしても力では敵わず、周りから私たちがどう見えるのかも気になる。


私はただ、自分の物を取り戻したい……違う、私のじゃない……

抵抗していたのを止め、滲み出てくる涙を隠そうと、下を向いて声を殺した。


取り乱すのを観察して楽しんでいたのに、私の変化が予測していたものと異なったのだろうか。


「泣くなよ。」


見なくても分かるほど、気遣うような優しい声だ。


「……っ……泣いて、ない。」


誰のせいだと思っているのかな。

捕らわれていた手が解放され、両手で顔を拭うけれど涙が止まらない。


「なぁ、本当に返して欲しいのか?」


今更、その確認をするのは……その夢は吉ではなく凶だから……

なら尚更。


「返して下さい。」


泣き崩れた見っともない顔を上げ、真剣にお願いしたつもりだった。

なのに。


「嫌だね。コレを返すわけにはいかないんだ。」


意地悪ではなく、何か理由があるのだと気付く。

彼の表情は悲しみを伴い、視線が何度かさ迷っては私に戻る。


名乗らなくていいとか、酷い事を言ってしまったな。

今後の女子に対応するにも困るか。


「私は吉凶を萌す鵺。鳥生とりゅう 告美つぐみ。あなたは?」


「俺は、空馬からうま 一翔かずと。……ジンマ……」


あまり聞かないアヤカシ。

人の夢を奪う“”……ジンマ?


「空馬さん、私の視た夢は“私の物”じゃない。アヤカシなら分かるはず。役目の為に……不吉を告げる鳥であるが故、返して欲しい。」


私の願いに彼は口を閉ざして、手を浮遊する球体に近づける。

ほっとしたのも束の間、彼はそれをつぶす様に握り締めた。


信じられない光景に唖然。


「告美、俺の事は一翔で良いよ。また夜に会おうぜ。」


表情は読み取れない程に冷静で、声の低さに静かな怒りを感じる。

彼の広げた手には何もなかった。


きっと球体を吸収したのね。

安堵した私に視線は冷たいまま、流し目で方向を変えて去って行く。


奪還を試み失敗した。

謎は深まるだけ。


空馬一翔……朝は気づかなかったけれど、学年を示す襟のラインの色は2年生。

私より年上。取り巻きの女の子は知らないから、好意を抱けるのだろう。


……一翔で良いって言われても、呼んだ日には血の雨が降りそうだ。

そうね。知らないのに好意を抱ける。恋は盲目……


私は“彼”に不吉を告げなければいけない。

それが鵺としての役目。


吉凶を萌した時点で私は…………この恋を終わらせたかったのかもしれない。

私の理想。淡い想い。


全うするため、一翔から夢を奪還する。

夜、私の視た吉凶の萌しは手に入るだろうか。


彼は……ジンマ…………





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