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無音な奏曲の囚われ人  作者: 邑 紫貴
奏でる曲
3/20

逃場を見つけ


音楽に耳を傾け、イスに座って机に腕枕で頭を横にする。机にも響く音の振動。

心地よい、癒される時間に目を閉じた。


「あら?あなた、大丈夫?」

保健室の先生が私の肩に触れながら、心配そうに覗き込む。

「先生、これは?」

体を起こし、視線をパソコンに向けた。

「ふふっ。生徒から教えてもらったのよ、癒しのサイト。」


音楽と画像の『独創サイト』に出逢い、私は保健室を後にした。


教室には戻らず、音楽室へと足を向けた。

防音設備の整った部屋は、鍵が開いている。中に入ると、暖房の設備も充実しているのか暖かかった。

窓際に向かうと、一階のそこは、校庭が良く見えた。あの日、見た光景を思い出す様な。

視線を逸らし、窓から離れる。

教室を見渡すと、壁には色彩豊かな絵画が並んでいた。

さっき見た画像と同じ感覚。何だろう、この既視感。

不思議な音楽第一教室。授業では、一度も使用したことはない。特別な部屋なのだろうか。


終業のチャイムが響き、単位を意識して教室に戻ることにした。

時間は過ぎて行くのに、取り残されたような孤独を味わう。寂しい。


帰り道を歩きながら、はるとの思い出が幾つも浮かんでは消えていく。

涙が零れ、霞む視界に足を止めた。涙を拭って、ため息。

空を見上げ、曇り空に苦笑した。自分の心と同じ、スッキリしない天気。

自分の力を出し切るように、思いっきり走って家に着く。息が切れ、苦しさの中、汗か涙か分からないものが流れ落ちる。


自分の部屋は、カーテンが閉じていて暗い。

パソコンの電源を入れ、その明るさを頼りにイスに座った。

イスに片足を乗せ、抱えるように両手で引き寄せた。膝の上に頬を乗せ、『独創サイト』を検索する。

先生が登録するぐらいだから、問題はないだろう。

登録を終え、アバターの選択の画面で手が止まる。世界に溶け込む像。

見たくない現実からの逃場に、自分の身を置きたくない。髪の長さ、背の高さ、すべての選択項目で自分の外見とは正反対に設定した。

別人が目の前に、画面上で微笑む。空虚。

名前も同じ、自分の名前の未來みらいと反対の『カコ』で入力した。

世界イメージの画像を選択し、矢印キーでアバターを移動させる。湖のある草原。


バイオリンの高音が、保健室で聴いたのとは違うメロディで響く。

湖の水際までアバターを移動させ、画面を見つめた。選択した画像は、湖のある景色。

このまま進めば、どうなるのだろうか。アバターは、湖の深みにまで進み続け、沈むのだろうか。そのまま浮かぶこともなく、どうなるのだろう?

矢印を湖の方へと押し続けた。


アバターは恐怖もなく、湖に入っていく。

パソコンからは水音が響いて、バイオリンの演奏が止まった。

そうだろう、そんな行動をするなんて、予測していなかったかもしれない。プログラムにエラーが発生したのだろうか。

それでも、アバターが水に入った音はリアルで、水の深みを表す画像も鮮明に映し出す。味わう感覚。


アバターは慌てる訳でもなく、目を閉じて、深みに落ちていく。

深さと比例して、光の無くなっていく暗闇を足元に見ていた。

矢印キーを上に押してみた。

アバターは目を開け、視線を上に向けた。視点の角度が変化して、湖上にある光が揺れるのが分かる。

口元から空気の泡が漏れ、小さな気泡の音が聴こえた。苦しみのない闇。


パソコンに触れないで、アバターを見続けていると、一定の時間での設定なのか、アバターは身を丸めた。

そして、バイオリンの悲しいような、切ないメロディが静かに流れる。

水の音が不定期に重なって、アバターは深い闇に落ちていく。私の心と同じ。

画像と音が引き込んだ感覚を味わう別世界。


私は逃げ場を見つけた……



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