18.初瀬雪乃の秘密
「おかしいとは思わなかったの? ただの学生だった自分が、どうしてここまで生き延びられたのか」
ルルシェは淡々と、口を開く。
「虫の知らせってやつ? 私達は――"あんた"は、死の危険を回避するように、正解の選択肢を拾ってきた。無意識に」
「平行世界の自分との――記憶の継承」
戦いを見守っていたミナセが、そう言った。
「……やっぱり知っていたのね」ルルシェはミナセを軽蔑するような眼差しで、見つめた。
「沢山の世界を廻ったイリアちゃんから聞いていた。別次元へ移動することで、複数の世界との接点が出来るって」
「複数の世界との……接点?」
雪乃には、二人が何の話をしているのか、分からなかった。
ただ一つ分かったのは、別次元への移動――つまり、時の水を使用することが何らかの変異をもたらすということくらいだった。
「例えば、雪乃ちゃんは夢を見たことあるよね」とミナセが言った。
「う、うん」
「その夢って、現実に起こりそうなことばかりだった?」
「えっと……どちらも、です。ありそうなことを見ることもあれば、絶対ありえないような夢を見ることもありました」
ミナセの質問の意図は分からなかったが、雪乃は正直にそう答えた。
「それが記憶の継承。夢っていうのは、別次元――並行世界の自分の記憶を覗き見ているの」
「そんな突飛な……。夢を見た人は他の世界の自分に起こったことを知っていて、その記憶を頼りに――例えば、急な事故を回避できるとでも?」
ルルシェとミナセの言葉から推理すれば、つまりはこういうことだった。
とんでもない話だ、と雪乃は思った。確かに夢は謎の多い現象だと言われているが、そんな話は聞いたことが無い。
「(そもそも、時間移動とか、平行世界について分かったのは時の水を使ったおかげだし……)」
スケールの大きな話に、雪乃はあまりイメージが湧かなかった。
「それは無理。知ることが出来るのは"同じ時間軸の平行世界"での出来事だけ。未来に起こる出来事について知れるわけじゃあないの。普通の人はね」とミナセが言った。
「それじゃあ私はどうやって――」と雪乃が口を開けかけた時、ルルシェが口を開いた。
「さっき聞いたでしょ? 別次元へ移動することで、複数の世界との接点が出来るって。まあ詳しい原理はの究明はそこの研究者さんに任せるわ」
「分かりやすく説明すると……こういうこと」
ミナセがパソコンの画面を壁に投射し、説明のための図を作成する。
「まず、普通の人が知ることが出来るのは"現在軸"にいる次元の記憶だけ。つまり0-Aという世界にいる雪乃ちゃんは0-B,0-Cと続いて0-Z……という雪乃ちゃんの記憶を共有することが出来る。これは他の人も一緒なの。でも……」
ミナセが画面を操作して、表示を切り替える。
「なんらかの方法によって、0-Aの世界にいた雪乃ちゃんが1-Aという未来世界へ行った場合、その瞬間に0-Aの雪乃ちゃんは1の世界と繋がりが出来、1-Aから1-Zまでの記憶を共有することが出来るようになる。これが未来を予知する方法」
「でも、私は過去にしか行ったことないよ? それなのに無意識に死の危険を回避してたっていうのは――?」
「それはね、雪乃ちゃん。未来に行った0-Aの雪乃ちゃんは0-Bから0-Zまでの雪乃ちゃんと記憶を共有しているってこと、わかる?」
ミナセは画面上の0-Aから0-Zと書かれた部分をカーソルでなぞる。
「つ、つまり……私が0-Bの初瀬雪乃だったとしても、0-Aの私が一度でも未来に行きさえすれば、未来に行ったことの無い私も未来の記憶を継承する……ってこと?」
「そう、誰か一人でも時間移動をしたその瞬間から、記憶の共有は爆発的にその数を増やす。まるで感染していくようにね」とミナセが言った。
「更に言えば、その状態で1-Aの雪乃が2-Aに飛んだりした場合――ふふ、後は分かるよね?」ルルシェがにやりと口角を吊り上げ言った。
「1の世界と記憶共有している0の世界の私は、2の世界についても知ることができるようになる……」
雪乃は何故か、それがおぞましく感じられた。何故だかは分からなかったが。
「そして未来を無意識に知ることで、本来取るべきだったはずの行動を変えてしまう雪乃も現れる。そしたら次は横方向への干渉が起きる……AからZしかいなかった雪乃が更に増えることになるの」とルルシェが言った。
「このメカニズムに気づいて、上手く利用してきたのがあの雪乃……ルルシェってわけ」ミナセはルルシェを指差して言った。
「で、でも……どうして今それを私に教えるようなことを? あなたにとって不利になるはずじゃ――」
「んー、言い忘れてたんだけど。共有した記憶を継承するのは、必ずしも夢を見なくちゃいけないってことはないの」
ルルシェは、にっこりと万遍の笑みで、言った。
「時間稼ぎ、なんだよねっ」
「しまっ――!?」
雪乃は気づいたが、遅かった。ルルシェの狙いはあくまでもイリアだということを、忘れていた。
ルルシェは高速で、そして的確に"イリアの隠された壁"を蹴り抜いた。
そう、ルルシェはずっと雪乃の記憶を探っていたのだ。イリアの居場所を知っている雪乃の記憶を。
「ふふ、これが噂のイリアちゃん? 記憶の中でしか知らなかったけど、小さくって可愛いわぁ……」
ルルシェは生気を失くした目で虚空を見つめるイリアを抱いて、愛おしそうに言った。
「……イリアちゃんから離れて」
「離れるわけないじゃない。せっかく廻り合えたのに。このイリアは私のものよ。大体あんたにはもういるじゃない。私に譲ってくれてもいいんじゃないの?」
「渡すわけにはいかない。あなたがイリアちゃんを利用して何かを企んでいることが、わかる」雪乃は滅びの剣をとエーテルソードを構え、言った。
「記憶の共有ってこういう時は面倒ね。隠し事なんて出来ないんだから」やれやれ、と言った様子でルルシェが言った。
「イリアちゃんを使ってどうしようって言うの? 今までエーテルを使ったことの無いあなたには」
「意味が無い……って? 本当にそう思う?」
ルルシェがくすりと笑った瞬間、その手からは蒼いエーテルソードが発現していた。
「これまでエーテルを使ったあなたが何人いると思ってるの? 記憶を探すまでも無いわ」
「(やっぱり……知識だけじゃなく、経験も知ることが出来るんだ。それに、あの蒼いエーテルは一体……?)」
雪乃は思考する。いくらエーテルの使い方、その経験を他の世界の自分から取り入れたとしても、あのエーテルソードをどのように発現させているのか。
雪乃は気づく。過去に自分がエメラルドを使ってそれを剣に漂着させた時、それは翠色に輝いていたことを。
そして、過去に自分が友人に貰い、大事にしまっておいた綺麗な石の色……それは――。
「じゃーんっ。綺麗な"サファイア"でしょ? 今日部屋で見つけたんだぁ……」
にやりと笑うルルシェの手に握られていたのは蒼く輝く宝石、サファイアだった。




