14.少女の考える世界の成り立ち
雪乃の頭の中には、沢山のイメージが流れていた。
イリアやガーネット、タジと出会った日のこと。ラ・トゥの村での暮らしのこと。
ガーネットの死に立ち会ったこと、アイリスに助けてもらったこと。
色々な記憶が、現れては消え、現れては消えた。
この間と同じく、この中の景色を掴み取れば、その時代へ行くことができるのだろう。
「(この記憶は――元の世界の……?)」
そして、その景色の中に、見慣れたものを見つけた。
それは元の世界。西洋の建物ではなく、整えられたコンクリートジャングルの景色。
意識は更に傾き、それは見慣れたいつもの自分の部屋へ――。
「(これを掴めば……私は――)」どうなるのだろう。
先のことを考えたわけではない。でも、雪乃は無意識にその景色を掴み取った――。
***
「うぅ……んっ……ここ、は……?」
雪乃が目を覚ます。視界は水中にいるかのようにぼやけていた。
瞬きを繰り返すとやがてそれも元通りとなって、雪乃は今自分がどこにいるのかを理解した。
「ここ……私の部屋!?」
ばっと雪乃は身体を起こし、辺りを見渡した。
そこは紛れも無く、雪乃が過ごしてきた元の世界の家、その自室だった。
「私は時の水に飲み込まれて……それで――」
そこまで呟いて、雪乃はあることに気づいた。
「服がある……それに、剣もガーネットもエメラルドも……」
時の水を使用して時間を飛んだ場合、自分の身体以外は持っていけないはずではなかっただろうか。量が膨大だったので、全ての物を持っていくことができたのだろうか。そこまでは分からない。
しかし、雪乃が一番疑問に思っていたのはそんなことではなかった。
何故、時間移動をしたのに"元の世界"へ帰ってきたのか。それが最大の疑問だった。
「異世界とこの世界はどっちかが過去で、どっちかが未来……? いや、まさかそんな……」
思考を廻らせるが、すぐに答えは出せない。今自分が見ているこの景色が、幻で無いなどと誰も証明できないのだから。
とにかく、現状を把握することが先だ、と雪乃は判断した。
まず今ここが自分の元いた世界なのか、もしそうだとしたら入れ替わりにこの世界にやってきた"自分"がいるはずだ。
異世界へ行って、もう一年ほど経ってしまっていた。今は何年の何月になっているだろう。
雪乃は自室の机の置いてあるデジタルの目覚まし時計を手に取った。
そこには時刻だけでなく、月日や曜日も表示されているのだ。
「2013年の7月25日……そっか、もう夏休みなんだ」
どうやら今は雪乃が高校生になって初めての夏休みシーズンのようだった。
時間の進み方は案の定と言うべきか違っていた。異世界には一年ほどいたが、こちらの世界では一ヵ月半程しか経っていなかった。
「いや……でも、もしこの世界と異世界が実は別世界じゃなくて、時間で繋がっているのだとしたら……私は単純に進んできたか、戻ってきたかのどっちかっていうことになる、よね」
雪乃の考えた世界の可能性とは、こうだ。
・この世界と異世界は、平行して二つ存在している。
・異世界は、この世界の未来の姿である。
・異世界は、この世界の過去の姿である。
雪乃が今まで異世界に抱いていた異世界のあり方は、一つ目に浮かんだ考えのものだった。
あたりまえのように"世界は複数存在する"ものだと決め付けていたのだ。
雪乃は異世界で見た、月を思い出していた。当たり前のように浮かんでいたそれは、この世界にあるものと同質のものではないのだろうか。
雪乃は軽い頭痛に襲われた。何かに気づこうとするたび、頭が痛んだ。
考えることを放棄するか。いや、してたまるものか。と、雪乃は痛みを跳ね除けるように思考を続ける。
そうだ、この世界と異世界が"時間的関係"にあることなど、異世界に来てすぐに、実は心の奥底で気づいていたんじゃないのだろうか。
「イリアちゃんが言ってた……"ガーネットは古代宝石の名前だ"って……」
ガーネットの名前の由来は、異世界に存在する宝石と同じ名前。それはこの世界での発音と同じ。"古代"宝石、ガーネット。
エメラルドも、この世界のものと発音も色も同じだった。それは果たして偶然なのだろうか。
「痛ッ……うぅっ……!!」
より激しく頭が痛んだ。まるで自分自身が答えを知ることを拒んでいるようだった。
本来の自分は何かを知っているのか? 何かを忘れてしまっている状態なのか? 本能は何を拒んでいるのか?
雪乃には分からない。頭が割れるように痛んだ。思わず床に伏せ歯を食いしばる。
「あ、れ……これは……?」
すると視界の隅、机の下に無造作に置かれた画用紙が見えた。おもむろにそれを引っ張り出す。
「これは確か……私が小さい頃に……」
画用紙には、クレヨンで描かれた子供らしい自由な発想の絵があった。
多種多彩な色で、何を表現しようとしていたのか、今の雪乃にはまるで分からない。
「懐かしいな……でも、なんでこんなところに?」
恐らくこれは雪乃が幼稚園児くらいの時に描いたものだ。それがなぜ机の下に、落ちていたのだろうか。
何気なく画用紙をめくっていると、あるページでその手は止まった。
「"つるぎのゆうしゃ"……?」
画用紙には稚拙な字でそう書かれていた。おそらくあまっていた画用紙のページに、小学校低学年ほどの雪乃が鉛筆で加筆したものだろう。
そんな記憶がおぼろげにあった。
クレヨンも使って、絵本を自作していたらしい。このことはあまり記憶に無かった。
ぱらぱらとページをめくると、どうやら物語が続いているようだった。
どんなものを書いたんだっけ、と雪乃は自分の今の状況を蔑ろに、物語の一ページ目を開いた。ほんの好奇心のつもりだった。
物語の始まりには、こう書かれてあった。
***
ゆきのはかがみの中に入って、まほうのくにへいきました。
そこでまほうのくにのおひめさまとであいました。
おひめさまはじこしょうかいをします。
「わたしは"あいりす"。よろしくねゆきのちゃん」
こうしてゆきのはおひめさまとおともだちになりました。