13.それは飲み込むモノ
「図体だけデカいだけじゃ話にならねェよ!」
ミンドラはそのスピードを活かし、早速メテオラの身体に張り付いた。
メテオラは手を振り回しミンドラを振り払おうとするが、ミンドラはそれを軽々と回避する。
「人間様の知恵も大したモンだぜ。この強化魔法ってやつはエーテルで出来た俺の身体には相性がいいらしい」
ミンドラはメテオラの攻撃を回避しつつ、その身体をどんどん昇り、頭の部分を目指していく。
「ゴアァァァァァァッ!!」
メテオラは雄叫びと共にミンドラに攻撃を振るうが、それらはことごとく命中することはなかった。
「"学習"したぜ……テメェのリーチとスピードはよォ。知性の欠片も感じねェ攻撃だ。もっと実力を隠すとかよォ、できねェのか?」
とうとうメテオラの頭に張り付いたミンドラは、そう語りかける。
しかしメテオラはその言葉に対しなんの反応も示さない。
「(んだァこいつは? 意識がねェのか? 同属の俺に何の反応もしやがらねェ)」
ミンドラは心の中で悪態をつくと、メテオラの目にエーテルの槍を突き立てる。
「お嬢を危険に晒すわけにはいかねェんだ。俺はもう同属だろうと容赦はしねェ。お前はここで死ね」
そう言うと、ミンドラはメテオラの目を目掛けてエーテルの槍を勢い良く突き刺した。
「ゴォォォォォッ!! ギ……ギギ……!!」
メテオラは痛みのためか、激しくのた打ち回った。巨体が揺れ、その振動は大地をも揺るがした。
「へっ、ざまあねェぜ……あン?」
突き刺した槍を引き抜き、にやりと笑いを浮かべるミンドラだったが、ふと違和感を感じた。
「なんだこれ……血でもねェ、エーテルでもねェ。こいつァ……?」
突き刺した目から溢れ出たのは水のように透明な液体だった。
それはどろりとした粘性を帯びており、無論ただの水とは思えなかった。その証拠に、エーテルの槍の先端が溶けるようにして消失していた。
自身が魔物であるミンドラも、相手から漏れ出る液体の正体がなんなのか、分からなかった。
「ちっ、不気味なヤローだ……さっさと殺すか。おい、人間ッ! 聞こえるか!?」
得体の知れない物をこれ以上放置しておくわけにはいかない。そう考えたミンドラは大きな声で叫んだ。
「うん! 聞こえてるよっ!」
と雪乃が返事をした。
「とっととコイツを殺すことにする! 俺を殺しかけた"アレ"は使えるか!? あれくらいのエーテル質量なら、こいつの身体くらい貫通できるはずだッ!!」
ミンドラが言っているのは、恐らくエメラルドの剣のことだろう。
確信した雪乃は、イリアに目配せをした。イリアは無言で頷き、雪乃の考えを汲み取った。
握る手に、ぐっと力を込める。
「(左手はイリアちゃんと繋いでいる。右手さっきの怪我で重い剣を握っていられない。……今できる最良のこと、それは――)」
雪乃は首から提げたエメラルドを、右手に握る。
すると、右手が翡翠色に発光し、光は線状となって拡散しはじめた。
やがて光は一本に収束し、高周波の甲高い音を響かせながら、さながら剣のような形状へと変化する。
「(エーテルソード――)」
雪乃はふと、そんな単語が頭に浮かんだ。剣が重いならば、重さのないエーテルを直接剣とすればいい。そう考えて取った行動だった。
何故か出来ると確信していた。試みは始めてのはずだったが、"いつかどこかで"やったことのある気がしていた。
奇妙な感覚だった。自分が体験したことのない記憶が、混濁しているかのようだった。
「ルリちゃんは建物の影に隠れてて。いい?」
「う、うん……お姉ちゃんたちは?」
「私達はあいつをやっつけにいってくるから、待ってて。すぐ帰るから。行くよ……イリアちゃん!」
「はい、ユキノ様っ!」
その瞬間、雪乃とイリアの身体はぐん、と急加速をした。
Eコムの力で地面を滑るように移動し、二人はどんどんメテオラに近づいていく。ブーツの底を保護するために張ったエーテルが削れ、砂埃と共に霧散していく。
メテオラは雪乃の存在を感じ取ったのか、足を横方向に振り払おうとしていた。
「イリアちゃん! 戦略軌道・縦回転!」
「はいっ!」
雪乃の掛け声を聞くと、イリアはポインタを上方向に投げた。
すると二人の身体はそのポインタに引っ張られるようにして上へと浮き上がる。そのまま慣性にしたがって、まるで鉄棒の逆上がりのように空中で一回転した。
そのすぐ真下を、メテオラの足が通過していった。
雪乃が発した言葉は、戦略軌道と呼ばれる対魔物用の戦闘方法だった。
元はワイヤーを利用した立体的戦術を得意とした特殊部隊が考案していたもので、数は少ないなれど、アルコスタの騎士団の中にもその心得を持つものがいた。
Eコムならばその戦闘方法を表現できるのではないか、と雪乃は考えたのだ。
いつでも好きな時に移動方向を決められるEコムはただのワイヤーよりも自由な移動方法を獲得していた。
先人が編み出したいくつかの戦略軌道は、Eコムならばすぐに会得することが出来たのだった。
先ほどの戦略軌道は戦略軌道・縦回転と呼ばれるもので、移動方向に対して垂直にワイヤーを引っ掛ける(今回の場合ポインタを投げる)ことで身体を縦回転させながら上空へ投げ出すことのできるものだった。
これは主に巨大な魔物の横振りの攻撃を避けるために使われていたという。先ほどの攻撃を避けるのに適した動きだった。
「イリアちゃん! このまま地面に降りて! 次は戦略軌道・円運動!」
「了解です!」
イリアは落下が急角度にならないようにポインタで調整しつつ、着地の補助をする。
そしてポインタをメテオラに向かい一つ、もう一つをメテオラの真横、少し離れた位置へ投げる。
一つ目のポインタは支える程度の力で、二つ目のポインタを引っ張る力を全力にした。
すると、二人の身体はメテオラの周りを回るように加速する。
「どんなに堅くたって、これなら耐え切れないでしょ!」
そう言うと、雪乃は右手のエーテルソードを伸ばした。こうすることで雪乃が円運動を続ける限り、エーテルソードによってメテオラの身体が削り取られていくという算段だった。
地面をも削り取るそのスピードは、大きな砂埃を巻き上げた。それは回転によって更に上空へ巻き上げられ、砂塵の竜巻を思わせた。
「へっ、おもしれェこと考えるじゃねェか」
その様子をメテオラの頭の上から見ていたミンドラは、くっくっく、と笑った。
そうしている間に、メテオラの身体はどんどん削れていた。一部分のみ、完全に岩肌が消滅していた。
「ユキノ様、あれだけ外殻が薄くなれば――!」
「うん、わかった! トドメを刺すよ!」
イリアがポインタによりブレーキをかけると、二人の身体は円運動をやめた。
そして雪乃はメテオラへ駆け寄り――。
「やあぁぁぁぁッ!!」
エーテルソードをその大きな身体に突き刺し、更にエーテル量を込めて伸ばした。エーテルソードは、堅い外殻に反して柔らかな中身を簡単に貫通していった。
そして雪乃が思い切り右手を横に凪ぐと、メテオラの身体はほぼ真っ二つに裂けた。
「やりやがったぜあの人間……大したヤツになったモンだ」
あれだけのダメージを負えば、もうこの魔物も生きてはいられまい。そう考えたミンドラはふう、と一息をついた。
メテオラの身体は消滅しつつあった。ミンドラは飛び降りようとしたその時、あるものを発見した。
「……あン?」
下を見ると、なんとメテオラの身体……エーテルソードによって裂かれた部分から先ほどの"透明な液体"がゴポゴポと音を立て、今にも噴出しそうになっていた。
「お、おいおい……なんかヤベェぞ。おい人間! すぐそこを離れろ! すぐにだ!」
「どうして!? この魔物、まだ生きて――」
「そうじゃねェ! こいつ、身体ン中から何かヤベェもんブチ撒ける気だぞッ!!」
雪乃ははっとメテオラの身体に視線を向けた。するとその中身にあった液体は蒸発、あるいは沸騰でもしているのか、ぶくぶくと泡と気体を増加させていった。
さすがの雪乃もこれは直感で危険だと判断できた。
「離れるよ、イリアちゃん!」
「は、はい――!」
雪乃とイリアはEコムによってすぐさまその場から離れ、ルルリノと合流した。
後にメテオラの身体から離れてきたミンドラとも合流した。
「あ、あれは一体何なんでしょう……?」
「硫酸……とか、毒とかなのかな。もしかしたらアイツは倒しちゃいけなかったのかも――」
雪乃の言葉を遮り、メテオラの身体が突如"爆ぜた"。
ぱぁん、と大きな音を響かせ、その身体は爆発した。そして中に入っていた謎の液体が洪水のように押し寄せてきた――!
「う、うわぁぁぁぁぁッッ!?」
最後に聞こえたのは誰の悲鳴だったか。
町を飲みつくさんとするほどの液体が、雪乃たちを襲った。
***
「(うぅっ……んっ……私、生きてる……?)」
液体はどうやら酸や毒といった危険なものではなかったらしい。身体が完全に飲み込まれたものの、雪乃はまだ生きていた。
「(なんだろう……これ、ドロっとしてて……でも、なんか知らない感じじゃない……)」
手足を動かしてみるが、かなり動かしにくい。
「(あ、あれ? なんか、感覚が……どんどん……ぐるぐる回る――?)」
そうこうしている内に、液体の効果なのか、雪乃の感覚はどんどん失われていく。否、"上下左右に揺さぶられ"平衡感覚が分からなくなっていた。
「(この感覚……って――まさかこれ!?)」
雪乃が考えた一つの結論。
それは――。
「(これ、全部"時の水"――!?)」
視界は、そこでぶつりと真っ暗になった。