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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第五章.暴かれた秘密の"プロムナード"
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10.ミーちゃん

「あれが……メテオラ!?」


 Eコムの移動効率を重視し、民家の屋根を伝い雪乃は移動していた。

 高所へ登れば、その姿はほぼ全形を確認することが出来た。


 活動停止状態であるメテオラは、一見するとただの巨大な岩の塊にしか見えない。

 しかし、一度活動開始すれば、その岩から頭、手、足を露出させ動き始めるのだ。


 生物として酷くバランスを伴っておらず、よたよたと揺れながら活動する。

 その様から"卵の殻をつけた雛の踊り"と呼称されたりしている。



 動きは鈍そうだ――。

 そう判断した雪乃は、接近するための加速力を、まずはそのままぶつけることにした。


「いっ……けぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 雪乃の構えは、もっとも貫通力のある刺突。強固そうな岩肌には、それが一番効果的に感じられた。


 結果。


 滅びの剣はその岩肌に突き刺さることはなかった。

 イリアを片腕で抱いたままの体制だった。力を出し切れなかったのかもしれない。


「(見通しが甘かった――!)」


 後悔するも、もう遅かった。

 驚異的な加速から剣を突いた。が、それが通ることはなく、逆に雪乃が右腕を負傷してしまっていた。


 腕は衝撃に耐えられなかった。やがてじんじんと痛む。動かそうとすれば、ずきりと鋭い痛みに変わった。


 雪乃は衝撃の逃がし方、そのタイミングを見誤ったのだ。

 普通、衝撃の伴う攻撃を行う際には、エーテルを用いた物理干渉を行い、自分の体に衝撃が移らないようにすることが戦いの基本中の基本とされていた。

 物理干渉自体はそう難しい技術ではなく、むしろ無意識的に行われる行為だった。


 しかし雪乃は剣で岩肌を貫く、そう過信していたからこそ、物理干渉のタイミングを間違えた。

 普段感じることもない絶大な衝撃が、ほぼダイレクトに雪乃の腕を襲った。


 戦闘経験の薄さが裏目に出たのだった。



「(こんな馬鹿なことでっ……!)」



 痛む腕に顔を歪ませながら、何とかメテオラから距離を取る。

 イリアは終始、心配そうな目で雪乃を見ていた。


「ユキノ様……腕を……?」


「だ、大丈夫……ちょっとずきずきするけど、何とか剣は持てる、から……」


 笑いかけるも、どうにも引きつった顔になってしまう。

 それを見たイリアはより一層不安になってしまう。


「女っ! 何してる下がれ!!」


 と、突如聞こえた遠くからの声に、雪乃はいち早く反応し、さらにメテオラから距離を取る。

 それと同時に地面の揺らぎ、そして爆発でもしたかのような音が耳を突き抜ける。


 先ほどまで雪乃がいた位置が、メテオラの大きな足で踏みつけられたのだ。

 そしてその足に素早く接近する影が見えた。

 その影はメテオラの足、その指と指の間を剣で突き刺した。骨格の存在しないであろうその部分は皮膚も柔らかいらしく、剣は簡単に肉を裂いた。


「岩の部分なんて堅いに決まってるだろ! 飛び出た手足、頭を狙うんだよッ!」


 影は、先ほど聞こえた忠告の声と同じ声で言った。よく見ると、それは影ではなく、黒い鎧に身を包んだ戦士だった。

 的確に部位を狙ったその攻撃から、場慣れしている人物に違いない。雪乃はそう判断した。


「そんでもって、傷を与えたらすぐ場を離れ様子を見る。ヒット&アウェイは戦いの基本だろうが」


 二、三度、バックステップを踏み、メテオラから離れつつ黒鎧の男が言った。

 訓練の中でも教わったその教訓を思い出した雪乃は、男と同じ距離まで下がった。


「大体、"滅びの剣"は相手に傷さえつければほぼ勝ち確だ。それが分からないくらいの素人なのか?」


 滅びの剣――。

 その特性については雪乃も理解はしていた。


 魔物はエーテルで出来ている。その身体は世界のエーテルを吸って修復されるが、滅びの剣でつけた傷は塞がるどころか、じわりじわりとその傷口を広げていく。

 まるで"毒"のように――。


 雪乃は以前、滅びの剣のことをイリアに尋ねたことがあったことを思い出していた。

 "人間にとっての脅威がエーテル毒なら、魔物にとっての脅威は滅びの剣だ"という話だった。

 確かにそうかもしれない。でも、ならば惨い攻撃を行っているのは存外、魔物だけではないのではないだろうか。そうぽつりと思ったこともあった。


 雪乃という少女は、どれだけ強い力を持っていようと、どれだけ戦闘訓練を積もうとも。

 所詮は戦う相手の痛みを想像してしまう"平和呆けした日本人"なのだ。一年そこいらでその意識を塗り替えることなど不可能なのだ。


 最初の一撃は、狙おうと思えばメテオラの顔……いや、それどころか、その気さえあれば柔らかいであろうその眼球に剣をつき立てることはできたはずだった。

 弱気な深層心理が、パッと見で痛みを感じなさそうな岩肌部分への攻撃へ、無意識に行ってしまう結果となってしまったのかもしれない。


「まあいい、これでやつもしばらくすれば――ッ!?」


 言葉の途中だった。黒鎧の男の身体が一瞬にして吹っ飛んだ。声を上げる間もなく。


 どうやら、メテオラが新たなコメトラを生んだようだった。それもただ生むだけではなく、まるで大砲のように、撃ち出すように。

 その第一射が男を捕らえたのだった。


 そして、メテオラはそれだけでは終わらない。


 二射、三射と、どんどんコメトラを量産していく。そしてその過程で、発射されたコメトラは街そのものや、民家を破壊していった。


「こ、こんなんじゃ守れっこないよ! ど、どうすればっ……」


 高速で打ち出されるコメトラから、民家を守る手段を、雪乃は持ち合わせていない。

 せめて、その弾丸とも呼べる隕石が自分の身に当たらないように祈ることくらいしか出来なかった。


 そしてその祈りも虚しく、発射されたコメトラの一部が雪乃たちへ向かっていった。

 避ける時間は愚か、それを認識する時間すらないほどの高速。そしてその巨大な質量は雪乃たちを確実に死へ追いやろうとしていた。


 その、矢先――。


 巨大な破裂音、次に濃いエーテルの霧散。その直前の形状は槍のように見えた。

 砕けて散弾のようになったコメトラが、町の道路に蜂の巣のような穴を空けていく。


「エーテルの……槍?」


 雪乃が認識できた中で、可能な限り思考を廻らせた。

 おそらく、コメトラがこちらに向かってきた瞬間、それはエーテルによって形成された槍により迎撃された……ようだった。


「ル……ルリちゃん!? なんでここに!?」


 そして雪乃は振り向くと、そこに立っていたのはなんとルルリノだった。

 まさかさっきの槍はルルリノが? ――いや、そんなはずはない、と雪乃は即座に判断する。


「ミーちゃんが……外に行くって聞かなくてっ……」


 ミーちゃん。

 それはいつかイリアから聞いた、ルルリノに最近出来たらしい友達の名前だった。


 そのミーちゃんがどこにいるのか、雪乃は辺りを見渡した。

 すると、いつか見た姿の影が、視線に入る――。



「――ミンドラ……ッ!!」


 悪夢の魔物。以前夢の世界で交戦したあのミンドラが、この現実世界にいた。

 そしてミンドラはかったるい、と言わんばかりの表情を浮かべ、こう言った。




「俺がミーちゃんだ。文句あるか?」

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