9.あの時の姉ちゃん?
「それにしてもユキノ様、先ほどは橋から落ちてしまったのかと思いました……」
イリアは不安げな表情で雪乃を見て言った。
「橋の側面にね、ちょうど掴める窪みがあって、そこに掴まってたの。咄嗟に思いついた作戦にしては中々だったでしょ――って……あ、れ?」
雪乃はそう言い掛けて、止まる。
「どうかしたんですか?」
「いや、私は確かに行動する前に……作戦を考えてた。落ちたフリをするって作戦。で、でも……具体的にどうするかとか、そういうのは考えてなかった。そこに窪みがあることは知らなかった。でも、どうしてか作戦が上手くいくことだけは確信できてた。そこに違和感……というか……」
「単に運が良かった……というわけではなさそうですね」
「うん、私は確かに"落ちないことだけは絶対"だって思えた……なんでだろう」
そうしてかすかに感じた違和感について考えを廻らせていた時だった。
「お、おいっ! あんた……」
雪乃がその声に振り向くと、そこには中年の、しかし大柄で戦闘経験も豊富そうな男が立っていた。
おそらく今回の作戦に参加している兵の一人なのだろう。
「あの、私達は別の地区担当なんですけど、こっちの戦況が気になって――」
「あんたっ! さっきの戦い方、誰に教わったんだ!?」
雪乃の言葉を遮り、男が言った。随分慌てた様子だった。
「えっ? 戦い方って……え?」
「おまえ、"ガーネット"って男を知っているんじゃあないのか?」
「ガーネットさんのこと、ご存知なんですか!?」
まさか、この場でその名前を耳にするとは思っていなかった雪乃は、逆に質問で返した。
「やっぱり知り合いだったか。俺はあいつとは古い付き合いなんだ。――と、作戦中に突っ立ってるわけにはいかねえな。あっちで動き出したメテオラを始末するから、手伝ってくれるか?」
ガーネットの知り合いなる男にそう持ちかけられた雪乃は、勝手に行動するわけにもいかないと判断し、「ちょっと待っててください」とその場を離れアイリスに連絡を取った。
「ねえアイリス」
「聞こえてたわ。そっちにはもう動き出したメテオラがいるようね。こっちはまだ大丈夫だから、まずはそっちを片付けてきて!」
「うん、わかった」
雪乃はアイリスに指示されるまま、まずは動き出したメテオラと戦うことに決めた。
「あの、私もそっちを手伝います」
「お、そうか。ありがてぇ。じゃあ早速援護に向かうぞ!」
そうして雪乃、イリアの二人は男の後に続き、活動を始めたメテオラの元へと向かった――。
***
「ガーネットの奴が死んだ……だと?」
メテオラへと向かう最中、三人は簡単な自己紹介と身の上話をしていた。
ラルフ・ジョンソンと名乗った男は、雪乃からガーネットの死を聞かされると、ショックを隠しきれない様子だった。
「そうか……あいつがやられたのか……クソッ」
「あ、あの……ところで」
「ん? あぁ、なんだ?」
「さっき戦い方がどうのこうのって言ってたのは……?」
「ああ、お前の戦法が昔俺とガーネットが喧嘩した時にやられたのと同じだったからよ。ガーネットに戦い方を教わったんだろ?」
あいつは作戦を考えることについては一級品だったからな、とラルフが懐かしむように言った。
「いえ、ガーネットさんにはこの世界に来てから生活のことについてはお世話になりました。でも、戦いの仕方なんて……」
「おいおい……そんなはずはないだろう。なんせ――うん?」
ラルフは急に言葉を止めた。
「なあ、お前どっかで会ったことあるか? ガーネットのこと思い出してたら、お前の顔が見た覚えのあるような――」
そんなラルフの言葉は突如として鳴り響いた地響き、そして爆発音によってかき消された。
「な、なにが起こったのっ!?」
「メテオラが攻撃を始めたようです! それにこの方向は……ルルリノやお母さんがっ……!」
「分かった! イリアちゃん!」
走っていては間に合わない。そう判断した雪乃はイリアを抱きかかえ、Eコムを使わせるように指示した。
「お、おいお前達!」
「ごめんなさいラルフさん! 私達、先に行きます!」
雪乃はそう言うと、Eコムに引っ張られるまま、移動を開始した。
その速さに生身で追いつけるはずも無く、ラルフはその場に一人残されたのだった。
「お、おいおい……待てよ。よく考えてみたらよ、あの子は、あの時の姉ちゃんじゃないのか。そうだ、思い出してきたぞ。なんでまるっきり姿が同じなんだ? その娘、とか? いや、でもさっき異世界から来たって言ってたよな……」
ラルフはぼそぼそと呟くも、もうその場に雪乃は居なかった。