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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第五章.暴かれた秘密の"プロムナード"
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7.開戦

「とは言え、俺の場合は個人の能力と言うよりも、こちらの世界に持ち込んだ武器によるものだがな」


 そう言ってアルフレドは背負った大剣を両手に持った。

 表面は黒光りしており、アイリス達の使う美麗な見た目をした滅びの剣とは対に、禍々しさが感じられた。


「この世界でエーテルと呼ばれているものは、俺の世界では"マナ"と呼ばれていた。それを断ち切る力が、この剣に宿っている」


「ということは、それで斬るだけで魔物を倒せちゃうってこと?」


 アイリスが大剣を見つめながら言った。


「残念ながら、そう便利なものではない。無論その力に応じて消費しなければならないものがある。それが――」


 アルフレドがそう言いながら剣を持つ手に力を込めた。すると剣は黒から紅色に発光し、唸りを上げるような音を生じさせた。


「出ろ、剣の精霊(ソードエイト)――」


 アルフレドが言葉にしたその瞬間、剣が大きく発光した。思わず目を覆いたくなるほどの光だった。

 やがでその光が落ち着いたところで、先ほどまではなかった"何か"がそこに立っていた。


「この剣に秘められた力を解放するには、こいつを使う必要がある。名はソードエイト、俺の世界では剣の精霊だと崇められている」


「お初にお目にかかります。この剣に取り憑いた精霊です。アルフレドがお世話になります」


 ソードエイトと呼ばれたそれは成人女性の姿をしており、空色の長髪と、飾り気のない純白のワンピース姿は神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「ちょ、ちょっと待って。何いきなり? 精霊ってなんなの?」


 突如目の前に現れた"精霊"の前にアイリスはうろたえた。


こちらの世界の住人(お前達)は知らないことだが、俺の世界ではマナ――エーテルの中に意志を持った霊が宿っていることはそれほど珍しくも無い常識だった。霊の宿ったエーテルに正しく語りかける手段を知り、適正のある者がそれを武器に取り憑かせることが出来る。このソードエイトはこの世界の霊の中でも上位に君する"精霊"というわけだ」


「私が意志を持つエーテルとなってから数百年が経ちましたが、語りかけてきたのはこのアルフレド一人でした」


 無表情のまま、ソードエイトは言った。


「つまり、今まで私たちが気づかなかっただけで、その……"精霊達"はすぐ側に居た、と……?」


 信じられない、という表情のままイリアが言った。


「でも、それならなんでこの世界の人たちにそれを教えないの? そうしたら魔物との戦いだってこっちの有利に――」と雪乃が言いかけた時だった。


「そうやって、何でも共有しようとする考えが俺には理解出来ない。自分の特殊性を曝け出すことがどれだけのリスクを背負うのか、分からないか」とアルフレドが言った。


 その言葉に雪乃は反論できなかった。何故なら、その言葉に思い当たる節があったからだ。

 自分が闘う力を持っていることを知られなければ、この世界において別の役割が与えられ、最低限の生活が送れているはずだった。

 しかし、力を持っていることを王都側に知られてしまったばかりに、雪乃は戦うことを強制され、そして今日それを断った。


 この戦いが終わり、そしてその後の生活がどうなるのか分からない。きっと国からの支給は止められてしまうだろう。

 場合によっては強制的に手を貸さざるを得ない状況になるかもしれない。


 つまるところ、アルフレドが言いたいことはこうなのだ。


「不用意に自分の存在価値を落としてはいけない……」ぽつりと、雪乃は呟いた。


「この世界の人類はもはや"戦力乞食"と言っていいほど、飢えている。無闇に餌を撒けば食われるぞ」


 雪乃は、気づくのが少し遅かったのかもしれない。しかし、アルフレドの考えには賛同できる部分もあったし、そうでない部分もあった。

 人の助かる確率を上げようと思えば、自分の立場が危うくなっていく。何故なら特別扱いを受けていられるのは、優れた特殊性を持っているからだ。それが特殊でなくなった時、世界で一般的になるとすれば、もう温厚を得ることは出来ない。


 また、一度情報を晒し、協力を拒めば当然その身体が狙われる可能性もあるだろう。


 だがそれでも――それでも、人の助けになるのならと。雪乃はどうしてもそう考えずにはいられなかった。それが恐らく"偽善"と呼ばれることだと、分かってもいた。



「――まあ、どこまで自分を晒すか……なんてことは個人の自由だ。好きに動けばいい。だが、俺は――」アルフレドは大剣を背中にしまいながら言った。


「俺は、元の世界に帰る。その為には、自由に動くためには何者にも縛られてはならない。だから俺は王都に情報を提供したりしない」


「そうだねぇ……私もアルフレド君と同じようなものかな。特殊性は全部喋っちゃったけど、不必要なことを喋って王都に縛られるようなことはしてないつもりだし」とリノンが言った。


 皆、それぞれの考えがあって、元の世界に帰ろうとしている。

 悩んでいるのは自分一人ではないことを雪乃は知った。


「あ、そういえばリノンさん。あなたの特殊性は一体なんなの?」少し話題が逸れていることに気づいたアイリスが、リノンに尋ねた。


「私? ああ、私の特殊性はね――」




***


「イリアちゃん、Eコムの制御は大丈夫?」


「はい、順調です。このままなら、私達が一番早く到着しそうですね」


 東C2組はメテオラの起動に備え、別々のルートを辿って走っていた。

 動き出すまでに時間を要するメテオラには、自衛手段として子を産む性質も持っているのだった。

 子は親よりも数段小さく、人間よりも少し大きい程度だが、すぐに動き出すので発見次第駆除する必要があったのだ。


 雪乃はイリアをお姫様抱っこで抱え、イリアはEコムを操作して走るよりも何倍も早い移動を可能としていた。

 空中を移動するにはまだイリアの経験が浅く、Eコムを制御しきれない上、雪乃が怖がってしまっていた。


 雪乃はブーツの底に薄いエーテルの膜を貼り、地上を滑るようにして移動していた。

 移動跡には削られ細かくなったエーテルの霧が舞っていた。



「みんな聞こえる!? こっちはもうすぐ一体目のメテオラと接触するよ!」


 そんな中、突如リノンの声が聞こえた。その声は雪乃やイリア他、アイリス、アルフレドの頭の中に響くように聞こえた。


「ええ、聞こえてるわ!」


「しかし見事な力だ……エーテルの使い方次第で、遠隔会話することが出来るとは……」アルフレドは呟いた。


 リノンは詳しい原理を話さなかったが、どうやらリノンという特別なエーテル使いをホスト、それ以外をクライアントとすることで遠方での会話が可能になるらしい。

 リノンというホストさえ失わなければ、クライアント同士……つまり、雪乃とアイリスでの遠方会話すら可能とした。それが彼女の特殊性であるらしい。


「東C-2地区に着いたよ! メテオラはまだ動かないみたい!」


 Eコムを利用した高速移動で、最も早くメテオラに接触したのは雪乃とイリアのペアだった。


「分かった! お前達はその場で待機! メテオラが動いてもまだ手を出すな!」


 雪乃とイリアはまだ戦闘において初心者であることをアルフレドは見抜いていた。ここはせめて直接戦闘の経験が豊富なアルフレド自身か、アイリスが到着するまでは二人に無茶をさせてはならない――アルフレドはそう考えた。


「はい! 分かりました!」


「で、そっちはいつ着くの? 私はもう視界には捉えたけど!?」息を荒くしながら、アイリスが言った。


「こちらも視界に捉えている。こちらもじきに――いや、待て」アルフレドは言いかけて止めた。


「……どうやら面倒なことになったらしい。まずはこいつを片付ける!」


 アルフレドの眼前には、小型のメテオラ――コメトラが迫っていた。どうやら現在メインターゲットとしているメテオラから生まれてきたらしかった。


「分かったわ! ユキノ達のところには私が行く! リノンさんは、そっちはどう!?」


 アルフレドが遅れるということは、自分が雪乃達のサポートをしなければならない。そう考えたアイリスは更に走る速度を上げながら言った。


「私は――っと、ちょっと待って! 女の子がいる! 逃げ遅れたのかな!?」


 リノンは走っている途中、無防備にも町の中に立ち尽くす少女を発見していたらしい。


「避難勧告はもう出ているはずだ! 状況を把握していないのかもしれん! 保護しておいてくれリノン!」


 大剣を構え、コメトラと対峙しながらアルフレドが言った。


「了解! そっちに着くまでちょっと時間が掛かる! 女の子を保護したらすぐ行くから!」


 そういってリノンは定められたルートを外れ、少女の元へと駆け寄った――。

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