6.特殊性(エンチャント)
「騎士団諸君、聞いてくれ」
作戦室にヴィクトルが姿を現すと、部屋は即座に静まり返った。
「街に魔物が侵入した。種別はメテオラ。それも一匹や二匹ではない……その数は今なお増え続け、三十は下らない程だろう」
巨大な魔物が三十。その言葉に雪乃は物怖じした。今まで一匹を相手にするだけでも苦戦必死だったというのに、そんなものが三十匹もいればただでは済まない。
と、絶望的な雰囲気に苛まれるかと思いきや、兵士達の表情は戦いに向けた闘志を秘めており、そして勝利を疑わない目をしていた。
「(そうか――)」
雪乃は思いついた。今まで魔物一匹が脅威となっていたのは自分が戦いにおいて素人であることや、アイリスを含めても少人数であるからだった。
しかし、今回は違う。今、作戦室にいるだけでも屈強な兵士がざっと五十人いるのに加え、それらの半数は各小隊の隊長であるだけで、それに属する小隊員は作戦室外で大勢が待機中だった。
残りの半数は今回雇われた正規の兵士ではない傭兵……つまりは雪乃もその一人だった。
今回は雪乃が今まで経験した戦闘に比べ、圧倒的にこちらの戦力は豊富だった。
「各小隊は担当する地区を、傭兵部隊は今から点呼を取る。それに従い行動をして欲しい」
ヴィクトルがそう言うと、部屋にいる小隊長達はそれぞれ席を離れていった。
そして部屋には二十人余りの傭兵が残された。
「まずは南アルコスタA-1地区担当、デイビッド・ハッキネン! フォーキンス! エルロット! エナ・フォン・ディン! 以上四名は一部隊とし、南アルコスタA-1地区のメテオラを殲滅して欲しい!」
ヴィクトルの言葉に、四人の男女が立ち上がった。
「デイビッド・ハッキネンですって?」
そこで突如、アイリスが怪訝な表情をして言った。
「どうしたのアイリス?」
「彼はユキノと同じく異界人なの。異界人はその特殊性から戦いに駆り出されることが多いけど、彼はその中でも腕利きの魔物狩りなのよ。私も名前を聞いたことあるんだから」
「そんなに凄い人なんだ……」
雪乃にはデイビッドという男がどれほどの実力を持つのか推し量ることが出来なかったが、幾数といる異界人の中で名が知れ渡っているということから、実力の高さを認めざるを得なかった。
「デイビッドだけではない。フォーキンス、エルロット、そしてエナ。あの三人も傭兵組の中でも相当な実力を持っている」
腕を組んだまま、雪乃達へ視線を向けたアルフレドが静かに言った。
「あんたも傭兵だったのね。確かに、チームプレイが出来なさそうね」
横から口を挟まれたと感じたアイリスは、むっと口を尖らせ言った。
どうやら雪乃の知らない時に、この二人には良からぬ縁があるらしかった。
そうしている間にもヴィクトルの点呼は続いていた。そして気づけば、部屋に残された人間はもうあと一部隊分だけだった。
「残りの者。アルフレド・フレイマン、アイリス・アンダーソン、リノン・リゴール、ユキノ・ハツセ、イリア! 以上の五名は東アルコスタC-2地区のメテオラの殲滅に当たって欲しい!」
名前を呼ばれた五名が立ち上がった。点呼の中に知らない名前の人物が居た。リノン・リゴールという人物はどうやら女性のようだった。
雪乃がリノンの方へと視線を移すと、彼女も雪乃へ視線を向け軽く笑顔を作った。
「(良かった……気難しそうな人じゃなさそう……)」
リノンという人物像に安堵している雪乃の隣で、アイリスは少し不機嫌な様子だった。
「よりによってアルフレド、あんたと組むことになるなんてね。統率を乱さないでよね」
「いかなるパーティにおいても最高のコンディションを保ち、仕事をする。それだけだ」
アイリスとアルフレド、二人はお互い顔を合わせることは無かったが、強さを認め合っているような、そんな密かな信頼関係があるように見えた。
「ユキノ様、東アルコスタC-2と言えば……」
そんな中、雪乃の袖をくいっっと摘んでいたのはイリアだった。
「東アルコスタC-2は、ユキノ様のお家に近いですよ」
「あぁ、そうなんだ? それだとイリアちゃんの実家にも近いよね。……じゃあ家を守るためにも頑張らないとね?」
「はいっ」
イリアは笑顔で答えた。
こちらはアイリスとアルフレドとは違い、固く結ばれた絆が確かにあった。
***
「……ではまずリノン、ユキノ。お前達の特殊性を教えてくれ。弱点があるのならそれも先に言っておいてくれ」
ヴィクトルも去り、東アルコスタC-2担当部隊――東C2部隊が作戦室に残された。
その中でまず最初に口を開いたのは以外にもアルフレドだった。
「特殊性――って?」
聞きなれない言葉に雪乃は首を傾げた。
「特殊性とは、異界人が持つ特別な体質や、こちらの世界に持ち込んだ武器のことを言います。異界人の強さや利便性を象徴するものです」
咄嗟にイリアが雪乃に分かるように説明をした。
「つまり、ユキノ様で言うと魔宝石の力を一般的な力を大きく超えて引き出すことができるとか――あと、エーテル毒が効かないといった点ですね」
「えぇっ!? エーテル毒が効かないって?」
イリアの言葉にいち早く声を上げたのは長い黒髪に青い目が特徴的な女性、リノン・リゴールだった。
「はい、ユキノ様にはエーテル毒が効かないんです。それというのも、ユキノ様の身体にはエーテルがまったく無いので、そもそも毒によって抜かれるエーテルが存在しないのです。だから魔物のエーテル毒で死に至ることがありません」
淡々と、イリアが説明をした。
「待ってくれ。身体にエーテルがないということは、さっき言っていた魔宝石の力を大きく引き出すことができるとは、どういうことだ? 今の説明では、ユキノにエーテルは使えないのではないのか」
アルフレドは疑問を口にした。かつてのアイリスと同じような反応をするのだな、と雪乃はぼんやりと考えていた。
「ええ、ですから私が代わりにエーテルを操作するのです。私がユキノ様に触れている間のみ、魔宝石の力を引き出すことができます」
「なるほど、双共鳴という奴か。二人が同時にエーテルを操作することでより大量のエーテルを使用することができる技法だと聞いていたが、そういう使い方があるとはな」
アルフレドは静かに頷いた。そう、今の雪乃とイリアの戦闘方法は双共鳴と呼ばれる戦闘技法として、別の用途で実践投入されていたのだ。
「えーっと、つまり。ユキノちゃんとイリアちゃんが常にくっついていられるように、私たちで援護すればいいってことだよね。それで、魔宝石の力を大きく引き出すって、どの程度の規模なの? 魔物の核を一発で破壊できるとか?」
側で話を聞いていたリノンが尋ねた。しかし彼女自身、自分の言葉がさすがに誇張表現と感じたのか「いや、まさか核を一発なんてことは無いよねー……」と苦笑を浮かべていた。
「いえ、違いますよ」
イリアが即答した。
「あはは、やっぱそうだよね。とすると、甲殻型の魔物の外装を破壊できるとか、そんな感じ?」
「いえ、そうではなく……。正しくは"魔物の核を一撃"ではなく"魔物そのものを一撃"で倒したことがあるんです」
イリアは主人の力を公表することが、何故か自分のことのように誇らしく感じていた。
当の本人というと、乾いた笑いを浮かべているだけだった。
「え、えぇ!? 魔物そのものを一撃って……震感魔法無しでってこと!?」
「そういうことになります」
「ほぇー……そりゃ凄い力だね。私の特殊性とは比べ物にならないじゃない」
リノンは純粋に驚き、そして雪乃という少女の評価を変えた。彼女が知る特殊性の中でも一際強力なものだったのだろう。
「それでそれで、アルフレド君も異界人だったよね? 君はどんな特殊性なの?」
リノンは興味津々、といった様子でアルフレドに尋ねた。
「……俺と同じだ」
「えっ?」
「俺もユキノと同じように、震感魔法無しで魔物を屠ることができる」
アルフレドは静かに言った。
「なん――ですって……?」
その場に居た皆……特にアイリスが驚愕の表情を浮かべていた――。