2.思い出を消去せよ
しばらくイリアと他愛ない話で時間を潰した雪乃はザクロの部屋へ戻ることにした。
ドアをノックすると中に居るザクロから「入っていいわよ」と返事を貰った雪乃は早速部屋の中へと入った。
「どうだった? ちゃんと最後まで聞けた?」途中で録音ミスなどが無かっただろうか? 雪乃は気になったがザクロの様子からするとどうやら無事再生は終わったらしい。
「聞けたよ。だからもうそれは消して」
「えっ? 消すって……わざわざそんなことしなくても。もう見れなくなっちゃうよ?」
「いいの、見れなくて。それって時間移動のこと結構詳しく話してるでしょ。あまり公にしたくないから、だから消して」
ザクロは頑なだった。確かに、時間移動について外部へ知れ渡ってしまえば下手をすればその鍵である雪乃を狙う輩も現れるかもしれない。
しかしそのリスクと引き換えに、親子との思い出を消すというのは雪乃にはどうも不自然に感じられた。
「ああ、父さんとの思い出に関することなら大丈夫。何故なら――」とザクロが言いかけた時だった。
「おーい、ザクロちゃんはいるかー? って、あれ? 雪乃ちゃん戻ってきてたんだ」
陽気な声と共に現れたのはタジだった。
どうやら走ってきたのか、息を切らした様子だった。
「タジさん、ただいまです。そんなに急いでどうしたんですか?」
「それがさ、村から持ってきた荷物の中にこんな手紙が混じってたんだ。大事なもののはずなのに、なんで今になって見つかったんだろう」
そう言ってタジが差し出したのは一通の手紙だった。
「えっと……あて先はザクロさん。送り主は……えっ? ガーネット様?」
手紙の表面に書かれた文字を読んだイリアは驚いた。ガーネットからザクロへの遺書は一度届いているはずであったからだ。
まさか二通目があるとは思いにも見なかっただろう。
「あ、ザクロちゃんもしかして――」
二通目の手紙の意味。それに気づいた雪乃はザクロの方を見た。
「そう。そっちが形として残る私と父さんの思い出。さっきのムービーって奴の中で父さんが言ってたの」
タジから手紙を受け取ったザクロはそれを大事そうに抱え言った。
その中身は恐らく父親であるガーネットの言葉が綴られているのだろう。
「だから、そっちは消して。これは研究の秘密保持のためでもあるの」
先ほどより幾分、神妙な表情でザクロが言った。
「う、うん……分かった。ほんとに、消しちゃうからね?」
念のため雪乃はもう一度確認を取り、ムービーを消去することにした。
その消去する工程を、ザクロは画面を凝視して確認していた。
「これで消えたの?」
「うん、ほら……ここに入ってたんだけど、押しても何も出てこないでしょ?」
携帯電話のことなどザクロに伝わるはずもないと分かってはいたが、雪乃は空っぽになったフォルダを選択してムービーを消去したことをとりあえず証明してみせた。
「(この疑いよう……さっき言ってた理由以外にも、何か訳があるのかな……?)」
雪乃は直感でそう考えていた。
無論、消した振りをしてザクロの目をごまかすことなど造作も無かったが、それはあえてしなかった。
この場合騙す、騙さないといったことではなく、モラルの問題だった。
「……ユキノ、ありがとね。色々無理言っちゃってさ。父さんを助けるのは無理だったけど、最後に顔が見れて、声が聞けて嬉しかった。ほんと、ありがと」
ザクロは雪乃の手をとり、笑顔で言った。
「ううん、ちょっとでも役に立ててよかった。どういたしまして」
雪乃もそれに笑顔で答えた。
「(私でも、この世界で人の役に立つことが出来るんだ)」
自分の行動で人を笑顔にすることが出来たことで、雪乃は少し自信がついたのだった――。
***
「良かったですね、ユキノ様。ザクロ様、笑っていました」
ザクロの部屋を後にし、家に帰る途中イリアが言った。
「うん、私今まで自信なかったんだ。体質がちょっと特別なだけで、周りの人に迷惑掛けてばかりなんじゃないかって。でも、ああやって人を笑顔にできるんだって」
「ええ、ユキノ様はもっと自信を持っても良いかと思いますよ」
「あはは……そうかなぁ」
イリアの言葉に、雪乃は照れ笑いしながら言った。
「そうですよ。ルリのこともユキノ様がいなければ、今頃どうしていたか」全部ユキノ様のおかげです。とイリアは言った。
「イリアちゃんはおおげさだなぁ」
「もう、そんなことはありません。――あ、そういえば」とイリアは不意に何かを思い出したように声をあげた。
「ユキノ様が向こうへ行っている間は実家で過ごしていたんですけれど、どうやらルリに友達が出来たらしいですね」とイリアが言った。
「そうなんだ? 学校とか行ってたんだっけ?」
「いえ、復学するには体調がまだ――。外でよく散歩するらしいのですが、どうやらそこで気の会うお友達と知り合ったらしくて」とイリアは嬉しそうに言った。
「そっか、学校行けない間でも自分で友達を作れたのは良かったね」
「ええ、イリアもそこは気にかけていたところなんです。でも安心しました。最近は晩御飯の席の度に「ミーちゃんがね、ミーちゃんがね」って、いつもは静かなルリがうるさいくらいなんですよ」とくすっと笑いながらイリアは言った。
「へぇ、仲良しなんだねぇ。その"ミーちゃん"ってどんな子なんだろうね? どういう経緯でルリちゃんと知り合ったんだろう」
「さぁ……ミーちゃんについて尋ねるといつも内緒だと言ってはぐらかされてしまうんです」
「内緒って……なんでだろうね」
「その辺りはイリアにもよく分からないのです。でも、ルリが話してくれる内容を聞いていると別に危険なことをしているわけではないようなので、あの子が話してくれるまで詮索はしないようにしようかと」
「そっか。それがいいかもね」
それにしてもあの大人しそうなルリちゃんに友達かぁ……と、雪乃は感慨深く思った。
「(年相応に無邪気だし、同年代の子とは感覚で付き合えるものなのかな)」
元の世界ではあまり友人関係が芳しくない雪乃からしてみれば、少し羨ましくもあったのだった――。




