8.添い寝るメイド
『それで、こんな時間に一体何の用だ?』
ガーネットはそう言いながら雪乃の対面へと座った。
『娘さんのこと、話にきたの』
ホットミルクを啜りながらまだまだぎこちない言葉で、雪乃は言った。
『私は、会いに行ったほうがいいと思うの』
『……イリアから聞いたか』
『うん』
ガーネットはふう、と息を吐きながら立ち上がった。
『……俺はあいつに会いに行くこたぁできねえ』
『どうして?』
『どうしても、行けない理由がある。今だけは、まだ行けない』
少し難しいガーネットの言い回しに、イリアは耳打ちで雪乃へ翻訳する。
「意味が分からないよ。どうして? いつならいいの?」
少し長い言葉が、イリアを中継してガーネットへと伝えられる。
『生誕祭が終われば。明日を無事に終えることができたら、その時やっと俺にはあいつに会う資格が持てる』
いつになく神妙な表情で、ガーネットは言った。
そこには何かの決意、強い意志があるようにイリアには見えた。
『明日を無事に……?』
ガーネットの言葉にイリアは首を傾げつつも、雪乃へ翻訳し伝える。
「よく分からないけど、生誕祭が終わったらちゃんと会いに行くってことだよね?」
「そういう……ことだと思いますが」
「そっか、ガーネットさんも会いたいって気持ちはあったんだね」
思っていたよりは険悪な仲ではないらしいことが分かり安心したのか、雪乃は小さな欠伸をした。
『なんだ、もう眠いのか?』
『な、違っ……今のは気が抜けただけっ』
『はっはっは! そうかそうか』
雪乃をからかい豪快に笑うガーネットから、先ほどまでの真剣な表情は消えていた。
『もう、馬鹿にしてっ!』
『おいおいイリアよ、早くこの騒がしいご主人様を家に連れて帰ってやれよ』
『了解しました。帰りますよ、ユキノ様』
イリアはガーネットの言葉に頷くと、雪乃の服の袖を摘み引っ張った。
「待ってよイリアちゃん。ガーネットさんが私のことっ……!」
「はいはい、良い子だから帰りましょう。明日は生誕祭でガーネットさんも仕事ではないですし、続きは明日にしたらいいじゃないですか」
「う……でも……」
雪乃は反論しかけて、また起こりそうだった欠伸をぐっと抑えた。
出かけた欠伸により、自然と出てきた涙を目を擦って拭う。
「ほら、もう眠いんでしょう? 今日はもう帰りましょう」
「う、うん……わかったよ」
『それではガーネット様、夜分遅くに申し訳ありません。また明日、ユキノ様とお話してあげてくださいね』
『ああ、そうだな……また明日、な』
最後にイリアは一礼すると、玄関のドアを閉め雪乃と共に家へと帰っていった。
ドアが閉まるその時まで、ガーネットは名残惜しそうに二人を見送っていた。
『……なあ、ユキノよ。俺はこれでよかったんだよなぁ』
誰に言うこともなく、ガーネットは一人呟いた。
見送る表情は今、この一時の別れに苦悩しているように見えた――。
***
「ほら、ユキノ様。早く寝てください」
「えっとー……なんで今日は添い寝なの?」
帰宅して早速、雪乃はベッドに促され寝かしつけられようとしていた。
何故か今日に限ってイリアは隣に寝そべり、とん、とん、とん、とリズム良く雪乃の背中を軽く叩いている。
黙っているとその心地よいリズムに意識が落ちそうになる雪乃だったが、疑問をぶつけることは忘れなかったらしい。
「今日はいつもより夜更かしさんなので、早く眠っていただこうかと」
「はぁ……そうなの……」
ただ、どうしても眠気には勝てないらしく、半分目は閉じたまま惰性で頷く雪乃。
「今日はもう、おやすみなさい」
そんな雪乃の髪を撫でながら、イリアは耳元で呟いた。
「うん……おやすみ」
眠気の限界に達した雪乃はその言葉を最後に、ゆっくりと目を閉じた。
やがて規則正しい静かな寝息を立て始める姿を確認したイリアは、雪乃を起こさないようにそっと立ち上がる。
「(ガーネット様の意味深な発言の数々……明日になにかあるということ……?)」
ガーネットは何か隠しているに違いない。
それも、もしかすると危険に繋がるような何かを。
そう確信していたイリアは雪乃を寝かしつけ、もう一度ガーネットの家を訪ねようと考えていたのだ。
「……えっ?」
しかし、寝ているはずの雪乃に引っ張られ、イリアはベッドに倒れこむ。
「まさか、まだ起きてっ……」
一人で調べてみようと言う自分の考えが見破られていたのか、と一瞬疑うもすぐにその猜疑心は晴れた。
「くー……ぅー……」
何しろ雪乃はイリアを引き寄せると、まるで抱き枕を扱うかのようにぎゅっと抱きしめたまま、やはり寝息を立て続けたままだったのだ。
「まさかこんなに寝相が悪いとは、失態です」
やれやれ、といった様子のイリアは雪乃にホールドされたまま動けずにいた。
「何か隠しているのは明確ですが、本人も言いたくないことなのでしょう。今日のところは保留にしましょうか」
ふう、とため息をつきながらイリアは自信を抱きしめる主に身体を預ける。
「決して、決して今の状態がとても心地良いからではありません。これは不可抗力なのです」
自分に言い聞かせるように、イリアは呟いた。
言っても仕方の無いことだったが、このままでは自分も子供ではないかと、ちょっとした反抗心からの行動だった。
しばらく素直に心地よさに身を任せるか、それとも反抗するかという悶々とした脳内でのせめぎ合いの後、そんな考え自体が馬鹿らしくなったイリアはさっさと選択をした。
無論、心地よさに身を任せるという方向で。
「おやすみなさい……ユキノ様」