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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第五章.暴かれた秘密の"プロムナード"
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1.過去よりの帰還

-第五章 暴かれた秘密の"プロムナード"-





「おかえりなさい、ユキノ様っ」


 元の時代に帰ってきた雪乃が気がつくと、目の前にイリアの姿があった。

 イリアは雪乃がいない間ずっと心配で堪らなかったのか、彼女の姿を見るなり抱きついたのだった。


「え、あ……あぁ。ただいま、イリアちゃん」


 イリアの様子からすると、どうやら雪乃が過去へ行っている間もこちらの時間は進んでいるようだった。

 心配をかけたのも無理はない。そう考えイリアの頭を撫でてやる雪乃だったが、ふと自分の姿に違和感を覚えた。その時だった。


「あら、裸で自分の従者を抱くなんて……ユキノってば大胆ね」


 イリアと同じく部屋で待機していたザクロが声を掛けた。そう、今の雪乃は時間転移後であったので衣服の類は何も身に着けていなかったのだ。


「なっ……違っ……! 私そんなんじゃ……!」


 慌ててイリアを引き離そうとする雪乃だったが、イリアがぎゅっと雪乃の身体を抱いたままだったので、思うようにはいかない。


「あ、あの……イリアちゃん?」


「……心配、してたんですから……」とイリアはそのままの体制で、小さな声で言った。


「う……心配かけてごめんね」


 若干涙声になるイリアを見ると、本当に心配を掛けてしまっていたんだと雪乃は再認識した。

 その気持ちを無下に扱うことは出来なかったので、イリアが落ち着くまでそのままの体制でいてやることにした。


 しばらくしてイリアが落ち着いた頃、雪乃は異界での私服に着替えようやく一息つくことが出来たのだった。



「それで、過去はどうなったの? 父さんは助けられたの?」


 興味津々で尋ねるザクロの言葉を聞いて、雪乃は一瞬口を閉ざしてしまう。

 しかし、これは伝えなければならないことだ。そう思った雪乃はありのままの事実を伝えることにした。


「ガーネットさんは……助けられなかった。……ごめん」


 雪乃の言葉に、期待に満ちていたザクロの表情は崩れていった。

 元々、過去に行って結果を変えることなど半信半疑であった彼女も、落ち込まずにはいられなかった。


「なにがあったのか教えてくれる……?」


「うん……わかった」


 そうして雪乃は過去へ行って起こったこと。知ったこと。その全てを語り始めた――。




***




「矛盾……事象?」ザクロは聞いたことの無い言葉に首を傾げた。


「そう、ガーネットさんを助けるために私は過去へ行った。でも、もし助けてしまったらその時間軸の私が過去へ行く動機がなくなってしまう。未来が変わるってこと。そうしたらガーネットさんを助けた"私"が帰る世界が無くなって、その存在が消えてしまうの」


「父さんを助けると……あなたが消える……?」


「そういう、ことになる」


 雪乃は非常に言いづらそうに、そう返事した。

 これは捉え方によっては、自分の命が惜しくて助けるのを諦めた。そう思われても仕方が無いことだと雪乃は感じたからである。


「いや、ユキノは気にしなくていい。正しい未来はあなたが生きることなんだから。それが普通、それが当たり前……」


 それについてはザクロも理解しているのか、できるだけ雪乃に気にかけないように心がけた。

 しかしどうしても割り切れずにはいられないのか、表情は沈んだままだった。


「代わり……と言っては何だけど、ガーネットさんの遺書……みたいなものがあるんだ」


「遺書?」


 そう、雪乃はただ帰ってきたわけではなかったのだ。

 出来るだけ未来に影響がない範囲で、ザクロの為になるような策を考えてきていたのだ。


 雪乃は早速自分の荷物から携帯電話を取り出すと、ムービーフォルダを開いた。

 普段、元の世界の生活の中でもムービーを撮ったことなどない雪乃だったが、フォルダ内には一つのファイルが存在していた。


「じゃあ……再生するよ」と雪乃は言い、件のムービーの再生を始めた。


 未知の機器内にガーネットの姿が映し出されたことに驚愕したザクロだったが、そこにいるのは本人ではなく、記録媒体を復元しているということに気づくまでさほど時間は掛からなかった。

 ガーネットの言葉はしばらく続いた。

 始めは照れくさそうに、次第に慣れてきたのか、話の内容も深刻なものになり始めた。 



「俺は多分明日……生誕祭の日に死ぬだろう。無駄に命をくれてやるようなことはしない。だが、運命ってやつなのか。既に確定したことを個人の行動一つでは変えられないことはザクロ、お前には良く分かるはずだ」


 画面の中のガーネットは至極真面目な話をしていた。

 無駄に死を選んだわけではないこと。現段階の時間移動理論には欠陥があること。


 色んな話をしていた。その間、ザクロは一口も開かず、黙ってガーネットの言葉を聞いていた。


「……あー。ここからは何だ、親子の話になる。もしザクロ以外に見てるやつがいるなら、ちょっと席を外してくれ」と画面内のガーネットから忠告が入った。


「行こう、イリアちゃん」


 その忠告が入ることを事前に知っていた雪乃は、早速イリアの腕を引きザクロの部屋を出て行った。


「終わった頃に、また来るから」


 そう言い残し、雪乃はザクロの部屋を後にした。




***



「……正直に言うと、イリアはユキノ様が過去を変えなくてよかったと思っているんです」


 外に出ると、イリアは唐突にそう言った。「どうして?」と雪乃は尋ねた。


「過去を変えることで、未来にどんな影響を与えるか分からなかったからです。それが心配で……」とイリアは言った。


 雪乃は珍しいな、と思った。

 なぜなら、この世界の人々はタイムスリップすることで何が起きるか、などということは誰も知らない。

 頭が良く回るアイリスすらも「助けられる手段があるなら助けたほうがいい」と過去を変えたことによる結果のことまで考えていなかったからだ。


 その点、雪乃は元の世界でフィクションとは言え、タイムスリップすることで取り返しのつかない事態になることは何度も見てきた。

 だから、この世界の住人よりもタイムスリップに関する不安はあった。


「イリアちゃんは、偉いね。そんなところまで頭が回るなんて、普通気が向かないよ」


 雪乃は純粋にイリアを凄いと思った。

 もし自分がこの世界に生まれて、時間移動のことを何も知らずに育ったなら、確実にそこまで気が向かないだろうと思ったからだった。


「い、いえ……そんな……」雪乃に褒められて嬉しいのか、イリアは顔を若干紅潮させた。


「なんにせよ、こうしてまた未来に戻ってもイリアちゃんが居てくれてよかった」雪乃は心からそう思った。


「イリアも、ユキノ様が無事に戻ってきてくれて、嬉しいです」


 イリアは笑顔で答えた。

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