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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第五章.暴かれた秘密の"プロムナード"
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0.不鮮明な夢の中

 どうして私は一人ぼっちなんだろう。

 今になって私は不安になった。何故そうなったのか、まるで記憶にはなかったからだ。

 そのことについて考えると、どうしてだか途中で考えていたこと自体を忘れてしまう。

 まるで、強制的に誰かが記憶を横から掠め取るように。


 思えば、小さな頃は人見知りはしなかったし、今だってそんなに酷くはない。

 友達が出来なかったのは、多分そういうことが原因ではないんだ。


 だから私はたまに夢を見た。小さな頃の夢を。

 夢は鮮明に思い出すことはできないけど、誰にも邪魔をされることはなかった。

 昔の頃の夢は、寝ている時と、あのよく感じた"ふわふわした時間"の時によく見た。


 今回の夢は、いつもより鮮明だった。



「嘘つき! やっぱり何にも起きないじゃん!」


 小さな女の子が、私に向かって言った。

 私の家、私の部屋の鏡をどれだけじっと眺めても、何も起きはしなかった。


「嘘じゃないもんっ! ほんとに、絵本の世界に行けるんだもんっ!」


 小さな頃の私が言った。

 あの頃の私は幼年期特有の、幻想の世界への憧れがあった。それは記憶している。

 でも、鏡から絵本の世界へだって? いくらなんでもそんな嘘は良くない。

 とは言ってもそこは夢の中、小さな私の身体は私の思い通りには動かない。無論、言葉も私の自由にはならなかった。


 今の視点から考えると、どうやら私は鏡の中から部屋の中を見ているらしい。


「嘘をついたらごめんなさいって言うんだよ! そしたら仲直りできるんだから!」


 小さな女の子が言った。嘘をついた私に対して怒ってはいるが、謝罪をすれば許してくれるということらしい。

 しかし、小さな頃の私は頑なだった。


「嘘じゃないんだもん! ここから絵本の世界へ行けるんだもん! 絵本の世界の言葉も沢山覚えたんだから!」


 決して退くことはなかった。どうしてそこまで頑なになるのか。確信があるならまだしも、それは明らかに嘘ではないのか。

 私は私自身に呆れた。これでは友達が出来なくて当然だ。


「もういいよ! ゆきのちゃんのバカ! ごめんなさいするまで遊んであげないんだからっ!」


 そう言って小さな女の子は家を跳び出して行った。無理もない、今の私はまるでお話にならない。ただの嘘つきの女の子だ。


 女の子が飛び出した後、小さな私は泣き出してしまった。

 泣くくらいなら、ごめんなさい嘘でしたって謝ればいいのに。


「嘘じゃ……ないのに……」ぽつりと、小さな私は言った。何があなたをそこまで駆り立てるの? 何を維持になっているの? どうしてそこまで幻想を信じ込んでいるの?


 こんな光景は私の記憶にはまったくなかった。それは未知の体験なのか、単に忘れてしまっていたからかどうかは分からない。



ねえ(ニァー)



 ふいに。


 小さな私が誰かに声を掛けるように言った。

 それは、明らかに日本語の発音ではなかった。



嘘じゃないよね?(エル・ノゥ・イーァ?)



 それは、今の私がいる。必死に勉強してきた言語。



ユキお姉ちゃん?(スィス・ルルシェ?)



 小さな私が鏡を、こちらを覗き込んで言った。

 背筋がぞくりとした。


 私の言う絵本の世界が、私の知る異世界だというのならば。

 何故小さな私はその言葉を知っている?


 友達に嫌われるようになったのがこの"嘘"が原因なのだとしたら、この夢は夢ではなく私の昔、その記憶だ。

 なら、その頃から私は異界語を話せたというのだろうか?


 私はふいにイリアちゃんの言葉を思い出した。


「ユキノ様はイリアの知る限りでは、今までの異界人の方よりも幾分こちらの世界の言葉の飲み込みが早かったように思います」


 何気ない言葉だった。

 しかしそれは私の過去に繋がる重要な言葉でもあった。


 まだ、この世界に来て一年前後、その全てに言葉を覚える時間を費やしたわけではない。

 最近は全て異界語で会話をしていた。しかし"そんなことが可能"なのだろうか?


 もともと私は頭脳明晰でもなければ、努力家でもない。

 異国の言葉を話せるようになる期間が、あまりにも短すぎるのではないだろうか。


 ならば。

 こう考えた方がむしろ自然である。



 ――私は昔、異世界に来ていた。



 言葉は小さな頃から覚えていた。私は何故かそのことをすっかりと忘れてしまっていたけれど、その知識は記憶の深いところに蓄積されていた。

 再び異界語を学ぶことで、私はその深く眠っていた知識を呼び起こしたのだと。


 もしそうなのだとしたら、私はどうしてそんなに重要なことを覚えていないのだろう?


 いつも考えを掠め取る"アレ"が悪い影響を及ぼしているのだろうか?

 きっと、この夢の内容も目が覚めたらきっと覚えていないだろう。


 私は多分、小さな頃に重大な何かを経験した。でも私はそのことをまったく覚えてはいない――。



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