外伝3(3).全ては作戦通り
「また軽く捻ってやるぜ……エーテル!」
開始直後、ジョンソンは早速エーテルをその拳に纏わせる。短期決戦を挑むようだ。
「そうはいくか、くらえッ!!」
対するガーネットは懐からスプレー缶のようなものを取り出すと、それをジョンソンへ向けて放射した。
ぷしゅうっという気体が勢い出る音と共に、白い煙がジョンソンを襲った。彼は反射的にエーテルを纏わせた腕で顔を覆った。
「な、なんだこれっ!? 冷ッ――」
思わず咳き込むジョンソンだが、彼は咄嗟に距離を開けると煙が散るのを待った。
「煙幕か? 小賢しいぞガーネット!」
ジョンソンはガーネットがこの煙を利用して身を隠し、隙を突いて不意打ちを仕掛けてくるに違いないと思った。
しかし彼の思惑とは違い、煙が晴れてもガーネットは目の前に居た。
「ちっ、不気味なヤローだぜ!」
ジョンソンはガーネットの不可解な行動に舌打ちし、こんな馬鹿げたことに付き合ってはいられないと思った。
だからエーテルを纏わせた拳でまた川へ突き落としてやろうと考え、不敵な笑みを浮かべこちらを見るガーネットの顔面へ拳を振りかぶった。
しかし――。
「な……こ、こいつ……俺の拳を!?」
「自慢のエーテルパンチの威力はこんなもんかよ? ジョンソン?」
ジョンソンのエーテルを纏わせた拳はガーネットにいとも簡単に受け止められていた。ジョンソンが驚くのも無理はなかった。
なぜなら、素手とエーテルを纏った手では単純に筋力量が比べ物にならないほど違ってくるからだ。
素手でエーテルに対抗しうるなど、普通ではありえない。
しかし、事実として目の前のガーネットはエーテルを纏った拳を受け止めていた。
いつもとは違うガーネットの様子に、ジョンソンは恐怖に似たものを感じ、一度距離を取った。
「な、なんだ……なにをしたガーネット!? 何故俺のパンチをお前なんかが……」
「へっ、そりゃお前のパンチがいつもより"鈍ってる"からじゃあねーのか? 腕をよく見てみろよッ!」
「なにィ……?」
ジョンソンは言われるがまま自身の腕を見た。その腕には当初纏っていたはずのエーテルはほとんど無く、その大部分がジョンソンの制御外となっていた。
エーテルは凝縮されず、ふわふわと辺りへ四散していった。
「エ、エーテルが制御出来ないだと……何故だ!?」
ジョンソンは何度も制御を試みるが、何故かエーテルを思うように扱うことが出来なかった。
「バカがッ! さっきの煙が何なのか、よーく思い出してみるんだなッ!!」
作戦が上手くいった、とばかりにガーネットはジョンソンを挑発した。
「さっきの煙……。ハッ!? 貴様まさか――」
「そうだ、この缶の中身はなんてことない氷と気化させたエーテルの詰まった"緊急冷却スプレー"さ。吹きかけた物を瞬時に低温にすることが出来る」
「……温度環境により、エーテル制御条件は変わる……だったか」
「その通り、最近の授業を覚えていたみたいだな! エーテル制御条件が変わるって事は、つまり平温状態のエーテルを扱うようにはいかねーってことだ。なにせ平温状態と低温状態では、エーテルを制御するために注ぎ込む第一制御量が三倍以上も変わるんだからな。操れっこないぜ!」
「(そういうことだったのね……でも、ガーネットさんはどうしてわざわざそれをジョンソン君に……?)」
二人の勝負を見守るユキは、密かに考えていた。
エーテルの制御が効かない"からくり"を教えなければ、ジョンソンはまだ困惑していただろう。原理を知ってしまえばジョンソンは――。
「ほー……そういうことか。でもよぉ、俺がそれを知っちまったら……」
不意に、ジョンソンの持つ魔水晶が輝いた。そしてそこから飛び出たエーテルは最初と同じように、右手に纏わされていた。エーテルは完全にジョンソンの制御下にあった。
「こんな風に、な。俺が低温状態のエーテルを操れないとでも思ったか?」とジョンソンは余裕の笑みを浮かべた。
「ちっ……やっぱそう簡単にはいかねーか」
温度だけではエーテルを封じ込めないと分かったガーネットは、舌打ちをした。
「せっかくの作戦も無駄になっちまったなぁ。ガーネットッ!!」
叫びと共に、ジョンソンはガーネットへと飛び掛った。
ガーネットには、ジョンソンがエーテルを纏った右手で攻撃してくることは分かっていた。
だが、彼はこれを避けようとはせず、むしろ立ち向かった。自らも右手に微量のエーテルを乗せ――。
「おらァッ!!」
ガッ、と二人の拳同士が激しく打ち合わされた。
二人は微動だにしなかった。互角かと思われたその打ち合いだったが、結果は目に見えていた。
「くっ……」
ガーネットの拳のエーテルは完全に消滅してしまっていたが、対するジョンソンはまったくエーテルを失っていなかった。
「終わりだな……ッ!!」
そしてガーネットが逃げることも適わない現在の距離を維持したまま、ジョンソンは右手を引っ込め、ガーネットの顎へ向けアッパーカットを放った。
「がはっ……!?」
ガーネットはあっさりと吹っ飛び、その身体は橋の手すりを越え、落ちていってしまった。
「ガーネットさんっ!?」
戦いを傍観していたユキは思わず声を張り上げた。この瞬間、ガーネットの敗北が決定してしまったのだから。
しかし、ユキは駆けつけようとした足を止めた。ある違和感に気づいたからだ。
「はっ、これに懲りたら二度と俺と決闘しようだなんて思わないことだな」
ジョンソンは吐き捨てるように言った。しかしその返事は返ってこない。ガーネットが水面から顔を出さないのだ。
「……ん? 奴が上がってこないな……。潜って逃げたのか?」
ジョンソンは手すりへ近寄り、川を見下ろした。どこにもガーネットの姿はない。それどころか、落ちた衝撃で発生するはずの、水面の波紋すらも――!
「かかったな、アホがぁーーッ!!」
「なにッ!?」
ガーネットは落ちてなどいなかった。橋の底に手を引っ掛けて待っていたのだ。ジョンソンが顔を出すことを。
ガーネットはすかさず逆上がりの要領でジョンソンの無防備な首へ足を引っ掛けると、そのまま橋の外へ引きずりこんだ!
「う、うわぁぁぁッ!?」
咄嗟のことに対応できなかったジョンソンはそのまま川へと落下していった。
大きな水しぶきと、大きな波紋が川を支配した。
ガーネットは橋の底へぶら下がったまま、その様子を観察していた。
「……全部作戦通りだ、ジョンソン」
ガーネットは片手でぶら下がったまま、もう片方の手でグッと拳を作った。
「俺は勝ったぞーーーッ!!」
念願の勝利を得たガーネットは、雄たけびを上げた。
絶対に適うはずのないと思っていた相手に、勝ったのだ。
ガーネットはその嬉しさを抑えきることはできなかった。
「……おめでとう。ガーネットさんはやっぱり凄いや」
そしてそれを見守るユキも、ぽつりとそう呟いたのだった。