外伝3(1).ガーネット少年とユキお姉さん
王都アルコスタ――その都内にある魔法学校に通じる大きな橋に、人だかりが出来ていた。
その中央にいるのは、学生と思わしき少年達だった。
「悔しかったら魔法を使ってみろよ、"ガーネット"!」
「なんだと? ……くそっ、バカにすんじゃねぇやッ!!」
ガーネットと呼ばれた少年が、相手の少年の挑発を受け、エーテルを制御しようと試みる。
しかし少年のエーテルは身体のどの部位にも纏うことは出来なかった。
「いいかぁ……エーテルの制御ってのは、こうすンだよッ!!」相手の少年はそう言うと、小さなエーテルの塊を拳に乗せ、ガーネットへ殴りかかった。
「がはっ……!?」
エーテル付きの拳をまともに受けたガーネットは橋の手すりまで吹っ飛び、激しく打ち付けた背中を押さえ悶絶した。
周りの観衆も、ざわざわと「可哀想」「誰か止めろよ」と言った言葉が飛び交うが、誰かが助けに入ることはなかった。
「……使えなくたって……」
「あ?」
「エーテルなんか……使えなくたって……」
殴られた頬と打ち付けた背中の痛みに耐えながら、ガーネットは立ち上がり構えを取った。まだ諦めてはいないらしい。
「エーテルなんか使えなくたって、お前なんかーッ!!」
ガーネットは叫びながら、エーテルを魔水晶から引き出し相手の少年へ向かっていった。しかしエーテルはあちこちに拡散してまともに制御できていなかった。
「うるせぇんだよ下手くそがぁッ!!」
「がふっ……!?」
ガーネットは再度頬にエーテル付きの拳で殴られてしまった。今度は先ほどよりも大きく吹っ飛び、ガーネットは橋の手すりを越え、橋の下の川まで落下してしまった。
大きな水しぶきが立ち、観衆の中には声をあげる者もいたが、橋はそれほど高くなく、程なくしてガーネットは水面から顔を出す。
「今度は負けねぇ!! 覚悟しとけ!!」ガーネットはそう言い残すと、そのまま川の流れに身を任せその場を去っていった。
***
「……で、今回も負けちゃったと」
「うるせえな、ユキ姉には関係ないだろ」
先ほどの争いの場から少し離れた、小奇麗に清掃された庭園のベンチにガーネットは座っていた。
その隣にはガーネットよりも少し年が上であろう少女が、痣だらけになったガーネットの顔を覗き込んでいた。
「なあ、本当に魔法を使えない奴が、魔法を使える奴に勝てるのか?」
ガーネットは痛む頬を押さえながら言った。
「勝てるよ」
迷い無く、間髪居れずにユキ姉と呼ばれた少女が答えた。その言葉にはどこか自身のようなものさえ感じられた。
「どういう根拠でそんなこと言えるんだよ」
「前にも言ったでしょ。力で劣るなら、作戦で勝てばいいんだよ」
ユキは頭を人差し指で突きながら言った。
「ユキ姉は冒険者だから、戦いに慣れてるんだよ。でも、俺には無理だ」
「私は戦いなんて出来ないよ」
「嘘ばっか。宝石持ってる冒険者は王都騎士団でも特一級クラスだって、俺知ってるんだから」
ガーネットはそう言うと、ユキが首から提げている翡翠の宝石――エメラルドを指差した。
「これは友達から譲り受けたものだから、私が強いってわけじゃないんだよ」
ユキは苦笑しながらエメラルドを握り締めた。
「ちぇ、いいよなユキ姉は。そんなのくれる友達がいてさ。俺なんかこんなのしか持ってないぜ」とガーネットは小さな魔水晶を懐から取り出した。
「あーあ、俺もでっかい魔水晶か魔宝石があればジョンソンの奴をボコボコにしてやれるのに」そう言ってガーネットは魔水晶を頭上へ放り投げて弄んだ。
「道具ばっかりが敗因じゃないと思うよ」
「え?」
呆気に取られるガーネットを他所に、ユキは放り投げられた魔水晶を掴むと、そのエーテルを解放した。
「ふっ!」
「う、うわあああああ!?」
ユキが鋭く息を吹く。すると魔水晶を掴んだ手からエーテルが剣状に形成されていた。
初めて見る光景に、ガーネットは腰を抜かしていた。
「これが、こんなことできるんだよ」
ユキは手ごろな大きさの石を拾うと、おもむろにそれを空中へ投げ出した。
そして剣状になったエーテルでそれらを捌くように動かすと、石は簡単に細切れになった。その後まもなくして、剣状のエーテルはだんだん短くなり、やがて消えた。
「ね、今みたいに小さな魔水晶でも使い方によっては強い力になるの」
「す、すっげー!? なに今の、どうやったの!?」とガーネットが興奮した様子で言った。
「さっきのは、えっと……こう、エーテルがふわぁってなった時にそれをぎゅうってして後は、それを剣になれー剣になれー……って念じるの」
「全然わかんないよ」
「だ、だよね……」
ユキからしてみれば一生懸命説明したつもりだったのだが、まったく要点を得ていない説明にガーネットからの視線は冷ややかだった。
「とにかく、魔水晶が小さいからって、それが役に立たないなんてことはないんだよっ」
「そうかなぁ……」
「それにキミ、大きな魔水晶があったって、扱えないでしょ」
「う……それは……」
ユキの言葉が図星だったのか、ガーネットはそれ以上何も言い返せなくなってしまった。
「とにかく、あのジョンソン君……だっけ? あの子を倒したいなら、今持ってる戦力の中で、どの道具や戦い方が有効なのかを考えなきゃ」
「考える……か」
ガーネットは今まで喧嘩は力さえ強ければそれで勝ち負けが決まると思っていた。
しかしユキの言葉を聞いていると、その"作戦を考える"ことも重要なのではないかと思い始めていた――。