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鏡のプロムナード  作者: 猫屋ナオト
第四章外伝.未来と過去の散歩道
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外伝2(2).アイリスの弱さ

「なかなかのスピードだが――」


 アイリスが陽漸の背後を取った。しかし、陽漸は身を低くし、地面に手を付くとその反動で思い切りアイリスを蹴り抜いた。


「くっ――!」


 咄嗟にアイリスは剣の平で蹴りを防ぐも、衝撃で後ろへ吹き飛ばされてしまう。


「(二重強化魔法(ダブルアペンド)でも駄目なの――!?)」


 今の攻撃はまぎれもない全力だった。しかしその自慢のスピードも陽漸には通用しなかった。


「お前の弱点――それはアイリス」と陽漸は悠々と歩き、地面に落ちた自身の剣を拾い上げると、その剣先をアイリスへと向けた。



戦略的(クレバー)過ぎる、ということだ」



「どういう……ことですか」アイリスには分からなかった。勝負に勝つ上で、戦略的になるのは必然ではないのか。むしろそれを教えてくれたのはかつての師――目の前に居る陽漸ではなかったのかとアイリスは思った。


「先ほどの三度の立ち回りで分かった。お前は相手の裏をかくことに"意識し過ぎている"。だからどの攻撃もひねくれた角度、そして半端な力となってしまう」


 アイリスは思い返してみた。一度目は真っ向から剣を振りぬくと見せかけてワイドニードルを利用した旋回攻撃。二度目は直線的攻撃は手加減をしたフェイク、本命は弾かせた剣を自由落下させての奇抜な攻撃が狙いだった。

 そして三度目は純粋な速さで勝負を仕掛けた。しかし速さを攻撃に使うのではなく、あくまでもかく乱目的に使用し、わざわざ安全と思われる背後を取ってから攻撃に移っていた。


 そう、そのどれもが相手の隙を突こうという攻撃。結果それらは全て見抜かれ、力でねじ伏せられていた。


「力で適うはずのない者に、作戦を使って勝つ。それは至極当然のことだ。だが、三度の立ち回り全てでそのような攻撃をするということはアイリス――お前は私に"真っ向勝負では絶対に勝てない"と思い込んでいるのではないか?」


「それは……」図星だった。正面から討ち合えば負ける。そう考えていたからこそ、三度に渡る攻撃には全て一工夫を設けていた。しかしそれは三度の攻撃全てが全力ではなかったということだった。


「どんな奇抜なアイデアも、見抜かれてしまっては意味がない。お前の戦法は、ある一定以上の魔物を出し抜けても、それを超える力に対応することは出来んぞ」


 陽漸の言葉に、アイリスには思い当たる節があった。それはこの間戦った精神世界の魔物――ミンドラのことだ。

 ミンドラにはかなりの知能があり、いつものように作戦勝ちをするつもりが、逆に罠にかけられていたことを思い出した。


 あの時は用意した作戦で勝てると確信していた為、それが破られた時の脆さが弱点となっていた。まさに今、陽漸が言っていることと繋がっていた。


「先ほどの攻撃――二重強化魔法(ダブルアペンド)か。あれが、あのスピードが正面きっての攻撃ならば、私も反撃しきれなかったかもしれぬ。自身を持つのだアイリス。お前の力ならば、戦いには"正攻法もありえる"のだ」


「そうですか……ならば」


 自分の弱さ……それはいつでも細工を用意し、自分の実力をぶつけないこと。戦略的になることは重要だ。しかしそればかりに捕らわれていてはすぐに強さは限界を迎えてしまう。

 もし陽漸の言った言葉が正しいのなら、自身の考えを改める必要がある――アイリスはそう思った。


「――次は本気で行きます」


 瞬間、アイリスの魔水晶からエーテルが放出された。

 エーテルはアイリスの両腕を包み込み、それらはジジジ……とノイズのようなものが走るほど濃く擦り合わさり、拳一点にエーテルが集められた。

 今までエーテルを足に纏わせたことはあるが、手は初めてだった。慣れない制御に戸惑いつつも、アイリスは手への強化魔法(アペンド)を成功させて見せた。


「力で勝負か……いいだろう」


 アイリスが素手で挑んでくることを読んだ陽漸は握った剣を床に突き刺し、グッと拳を構えた。


「――はッ!!」


 アイリスが前屈みの姿勢から陽漸へ飛び込むまで、それは一瞬の出来事だった。

 ぎりぎりで反応した陽漸はアイリスの両腕を押さえ込もうと、手を突き出した。対するアイリスも教え通りに、力で対抗するため手を突き出した。


 結果、二人はお互いの両手を握り合い、押し合う体制となった。


「くっ……さすがに強い……っ!」エーテルによる強化ならば押し切ることができる――そう考えていたアイリスだったが、陽漸の規格外の腕力に抵抗することで精一杯だった。


「私を力で追い詰めるとは……やはり、考えていた通りだ――!」陽漸も自慢の腕力でアイリスをねじ伏せようとしていたが、強化魔法(アペンド)を使ったアイリスの腕を押し切ることはできなかった。


 互いの押し合いは均衡していた。両者ともに全力で相手を押し切ろうと力を込めていた。


「む――っ?」


 しかし、突如アイリスが押し切られ背中から倒れこむ形となった。あまりにも突然力が抜けたので陽漸が一瞬戸惑うこととなってしまう。


「しまっ――!?」


 アイリスは口角を吊り上げ、笑っていた。陽漸がこれがアイリスによる策だと思った時にはもう遅かった。

 倒れこむ瞬間、アイリスの両足は折りたたまれていた。そしてアイリスが倒れ、陽漸が覆いかぶさる体制になった瞬間――。


「はぁッ!!」


「ガッ……ふっ……!?」


 アイリスは陽漸の腹を思い切り蹴り抜いた。陽漸の身体は衝撃で空中へ投げ出されようとするが、アイリスは手を握ったまま離さず、陽漸を逃がさない。


「ふっ!」


 アイリスは鋭く息を吐きながら、陽漸の身体を思い切り引き寄せ、地面に叩き付けた。このような芸当が出来るのも、手への強化魔法(アペンド)のおかげだった。

 そしてそのまま陽漸の身体に圧し掛かると、陽漸が先ほど地面に突き刺した剣を奪い、それを陽漸の頬をぎりぎり掠めるように床に突き刺した。


「私の……勝ちね」


 勝負は一瞬にして決した。


「……強くなったな、アイリス」


 陽漸は狐を模した仮面を脱ぎ、アイリスに笑いかけた。そこには雪乃とあまり変わらないであろう、年端もいかない少女の顔があった。


「こんなお子様剣士に教えられるなんて、私なんてまだまだだわ」


 陽漸の顔を改めて見たアイリスは、呆れた表情で言った。


「……で、教えてくれるの? 奥義」アイリスは陽漸から体を避け、床に座り込んで言った。


「ああ、教えてやってもいい……しかしな、アイリス」


 陽漸はむくりと起き上がり、アイリスを見つめていった。


「今の戦いで分かった。お前のその足――恐らく生涯に関わる傷を抱えているな?」


 陽漸の言葉に、アイリスは答えることが出来なかった――。

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