外伝1.新たなる力
異世界/王都アルコスタ 時間軸/現在
「ユキノ様……大丈夫でしょうか……」
時の水を使って過去へと渡った雪乃を見送ったイリアはため息をついた。
以前見た、絵本の内容――それは過去を変えることで現在の世界が大きく変わってしまうというものだった。
ただの絵本だ。鵜呑みにしているわけではなかった。しかしイリアはどうしても不安を拭いきれなかった。
「時間を越える……なんて初の試みだからね。絶対に大丈夫……とは言えないよ、ごめん」
ザクロは不安げな表情を浮かべるイリアを見て言った。
自分が頼んだから、雪乃が危険を犯している……それはザクロも重々承知していた。
「あのさ、今私が言い出すのもどうかと思うけど……あなた達には精一杯のお礼をしたいと思う。もちろん、あなたにも」とザクロが言った。
「そんな、私は何もしていないです」
「いいからいいから、それじゃあ私の気がすまないの。何かない? 欲しいものとか、悩みとか」
遠慮するイリアだったが、ザクロはそれで納得できないらしい。
「急にそう言われても――」
イリアには個人的に欲しいものは特に無い。強いて言えば、妹のルルリノや雪乃にとって役に立つような、そんなものが欲しいと思った。
しかし二人にとって役立つもの、それは急には思い浮かばない。
だからイリアは悩みについて考えた。ここ最近、ずっと考えてきた悩みだった。それは――。
「……私も、皆と一緒に魔物と戦いたい。戦う力が欲しい」
そう、今までは守られてばかりだった。そんな自分に嫌気が差していた。
足手まといにならないような、戦う力が欲しかった。
「戦う力……か」とザクロは呟いた。
「ねえ、良かったらあなた達の話、よく聞かせてみてくれない?」
***
「二人が手を繋ぐと魔宝石の力を最大限に引き出せる――か」
ただ一概に戦う力と言っても、用途に応じた方向性がある。それを知るため、ザクロはイリアから普段の戦術について話を聞き、その上でイリアの力となりえるような何かを模索しようと考えたのだ。
ザクロが目をつけたのは、戦闘に勝利する時はいつも魔宝石の力によるものだ、という部分だった。
半年前に都外で起きたと言われる"光の柱"はザクロも目にしたことがある。あの光の柱が本当に雪乃とイリアが解放した魔宝石の力なのだとしたら、それは尋常ではないほどの戦力なのだろう。
ならばそれをより活用できるような方法が、イリアの為になるとザクロは考えた。
「まず弱点が、手を繋いでおかないと駄目ってところよね……」
そう、二人が手を少しでも離してしまえば、雪乃はたちまちエーテルのコントロールが出来なくなってしまう。ザクロはそこに着眼した。
雪乃とイリア、二人のうちどちらかが動けなくなってしまうと、力は発揮できなくなってしまう。
「そうね……こんなのどうかしら?」
ザクロはちらかった自室の隅から、埃まみれの指輪と、三つの石を取り出した。
「これは一体……?」イリアはそれらを見つめ、不思議そうに首を傾げた。
「これね、私が学校に入学して一年目の期間休暇に入ったときに、自由工房の科目で作ったものなの。こっちの指輪は"エーテル・コマンダー"、略してEコム。こっちの石は……特に名前はないけど、私は"ポインタ"って呼んでる」
ザクロの説明に、イリアは頷いた。
「それで何が出来るかって言うと……そうね、ちょっと表に出ましょうか」そう言うとザクロはそれらを持って、外に出た。イリアも後から付いていった。
「まずはEコムを指に装着、そしてエーテルを制御すると――」
ザクロはそう言いながら、体内にあるエーテルを制御し、Eコムと呼ばれた指輪へと流し込む。
すると、ポインタと呼ばれた三つの石がザクロを囲むように浮遊した。
「い、石が浮いてる……」
「ふふ、凄いでしょ。更にEコムにエーテルを込めると……」ザクロがそう言うと、Eコムがエーテルを纏い始めた。やがて黒い霧が凝縮されると、一本の線となって空に伸びた。
よく見てみると、空に伸びたエーテルの線は放物線を描き、途中で三叉に別れ浮遊したそれぞれのポインタへと繋がっていた。
「そしてこれがEコムの力、ポインタを好きな場所へ設置するっ!」ザクロはポインタの一つを掴み、それを自宅の屋根へと投げた。投げられたポインタは屋根を転がり、こちらへ落ちてくるかと思いきや、ぴたりと空中で浮遊し止まった。エーテルの線は変わらず、屋根の付近のポインタへ伸びていた。
「Eコム、"レイジームーブ"ッ!」ザクロがそう言うと、その身体は何かに引っ張られるように移動した。どうやら屋根に投げたポインタへと引っ張られているらしい。そしてザクロはあっという間に屋根の上へと登ってしまった。
「凄い……」イリアは思わず見とれてしまっていた。ザクロが作ったというEコムという指輪は、恐らく自分の好きな場所へ高速移動するというものなのだろう。
「更に、こんなことも出来るんだよっ!」
そう言うとザクロはポインタを三つ投げた。一つ目はイリアの目の前、二つ目と三つ目でイリアの前に三角形が出来る形になった。
そしてザクロがEコムにエーテルを込めると、その身体は一つ目のポインタ……つまり、イリアへと向かって引っ張られていく。
「わ、わっ……ぶつかる――!」
高速で突進してくるザクロにイリアは慌て、思わず目を閉じた。
しかしいつまでたっても衝撃はやってこない。
イリアは恐る恐る目を開けると、目の前にザクロがいた。
本来ならザクロが一つ目のポインタへと移動した時、慣性の働きによってそのままイリアにぶつかるはずだった。
しかしその左右に仕掛けておいた二つ目と三つ目のポインタで引っ張る力を使うことで、ぴたりと止まることが出来たのだった。
「これを使えば、どんなに離れててもユキノとくっつくことが出来るんじゃないかな? よかったらこれ、あげるよ」
任意の場所へ高速移動をする。
この力があれば、自分は今より少しは役に立つことが出来るのだろうか。
「――ありがとうございます」
イリアはこれでやっと雪乃やアイリス達と本当の信頼関係が築けると思うと、笑顔が綻んだ。